第60話 日高誠と本当の未来
田園地帯から住宅地に景色が変わる中、俺は一人走り続ける。
地鳴りが起き、風は異常な音を立て暴れ始めた。
そんな中、街行く人は変わらぬ様子でいる。
魔法使い以外には、この異変を感知する事が出来ないらしい。
魔法電子システムへのハッキングと志本紗英の不確定な未来。
同時に引き起こされたこの現象には繋がりがあるのか?
二人共助ける事が出来ないまま未来改変が起きる……。
それは俺にとって破滅の未来と言っていい。
そんな結末になってたまるか。絶対に回避してやる。
東谷駅は静寂に包まれていた。
朝の陽を浴びながら、路線バスがロータリーへと侵入して行く。
俺はその後を追って足を止め、辺りを見渡した。
「居ない……!」
いや、まだだ。反対側のロータリーかも知れない。
息を整える間も無く走り出す。
高架下を進み、改札口に来た所で足を止めた。
スマホが着信している……?
……志本か?
そうであって欲しいと願いながら、スマホを手に取った。
表示された画面の文字に、絶望の底へと叩き落とされる。
『***』
震える手でタップし、通話を開始した。
激しいノイズ音。
その中で未来人の声が途切れ途切れに聞こえて来る。
「聞こえねーよ! 何て言ってるんだ?」
願う様な叫びが通じたのか、ノイズがクリアになってゆく。
『……間に合わなかった様だ』
未来人の声だ。
「志本は何処にいる?」
『…………』
しばらくの沈黙が続く。
『志本紗英はここに居ない。君は選択を誤った』
「……!?」
突如一帯が灰色に覆われる。
人の姿は消え、俺一人を残して世界から切り取られた。
これは……結界なのか?
『日高誠……』
柱の陰から何かが現れた。
全身を覆う白い魔法着。深いフードに不気味な仮面。
「魔法使い……」
他の奴とはデザインが違う。
魔法着に紋様が無い。
仮面は半笑いした様に見える珍妙な造形だ。
俺は電話を切ると、スマホを手にしたまま正面から対峙した。
「アンタが未来人か?」
『そうだ』
電話の声そのものだ。本物で間違い無いだろう。
「志本は……」
『彼女は男の車に乗って行ってしまったよ。最悪な結末だ』
仮面の目玉から赤色の光が滲む。
『全てはあの男の願い通りになった。
志本紗英は従順な操り人形にされたのだ』
志本がそんな事に?
「助ける方法は無いのか?」
『一つだけある』
まだ間に合うのか?
「頼む。教えてくれ」
『それは……君と志本紗英の魔法運命の力を利用する事だ』
「魔法運命? いや、どうやってそんなものをどうやって……」
『キミが水鞠コトリを忘れ、志本紗英だけを受け入れればいい』
「…………?」
今、何て言った? 水鞠コトリを忘れる?
『本来なら、キミと志本紗英は結ばれる運命だった。
だが、君と水鞠コトリがその未来を改変したのだよ。
その影響で世界のバランスが狂い出した』
「未来改変……」
確かに俺は世界のルールに背いて水鞠コトリを引き寄せた。
一度は世界に存在を否定された。
だから俺は自力で魔法世界の扉を開いて水鞠と再会したんだ。
今まで魔法の杭に異常は無かったはずだ。何で今更……。
この状況は全部俺が原因なのか?
俺の身勝手な理由で志本紗英の未来が変わって……。
水鞠は一族当主の地位と従者達を失う事になるって言うのか?
そんなのは絶対に許されない。
許されるはずが無い。
未来人はユラリと歩きながら俺との距離を詰める。
『志本紗英を選べ。
そうすればキミと水鞠コトリとの魔法運命値は低下する。
本来の未来に戻る事が出来るのだ』
理屈は分かる。
だがそれで本当に世界は変わるのか?
……それに、この違和感は何だ。
考えろ。俺は何かを見落としている。
今まで起きた事を思い出せ。
志本紗英の異変。
イケメンの幼馴染。
ハッキングされた魔法電子システム。
ファンクラブの暴走。
未来を知る魔法使い。
運命の選択。
この現象を引き起こした人間は何かを願っているはずなんだ。
それは何だ?
何の為にこんな事を……。
……待てよ?
頭の中で崩れていたパズルが組み上がる。
深く覆われていた霧が晴れて行く。
……そうか。そう言う事かよ。
答えは始めから出てるじゃねーか。
この現象は全て一人の人間によって引き起こされたものだ。
確信は無い。でも俺は、自分の直感を信じる。
……俺に力を貸してくれ。
念じながら左手に魔力を集中させ、立体魔法陣を作り出した。
掌を拡げると魔法のガラス玉が浮かび上がる。
『来い……! 電伝六蟹』
立体魔法陣が砕け散り、破片は電気の糸で結ばれてゆく。
現れたのは電気を纏った六匹の蟹だ。
それが俺の右手首を囲み、回転を開始。
魔法電波が増幅され、スマホが通話可能になった。
それを見た未来人が狼狽える。
『電話を……? そんな事をすれば……』
「記憶は消えねーよ。
未来の情報なんてのは、全部お前の嘘だからな」
『な……!?』
「最初から全てお前の計画だったんだろ?」
俺はスマホの画面をタップして電話を掛け、耳に当てた。
相手は水鞠コトリじゃ無い。
従者でも無い。
電話の先に、この状況を作り出した本人がいる。
未来を改変しようとした張本人だ。
「未来人。お前の正体は……志本紗英だ」
視界は光に包まれた。
世界を覆っていた灰色の壁が泡の様に消えていく。
重なる改札口の通過音。
そこを通る足音が、結界が解けた事を俺に伝えていた。
東谷駅改札口前。
俺の目の前には制服姿の少女が立っている。
スマホを耳にあてたポーズのまま。
そうだ……またあの時と同じだ。
──志本紗英。
東谷高のアイドルは恥ずかしそうに微笑む。
「えへへ……。バレちゃった」
そしてスマホを持つ腕を下ろした。
「バレたって、お前……」
これだけの事をしておいてそのセリフかよ。
志本紗英は「誰かの願い」で操作なんてされていなかった。
──操作されていたのは、俺の方だ。
「志本……何でこんな事をしたんだよ……」
「何でって、もう気付いているんでしょう?」
志本の笑顔を合図に、駅の風景が変化する。
周りに居た人間の動きが止まり、次々と消滅してゆく。
気付けば世界には二人だけが残されていた。
俺は今、幻の空間に囚われている。
視界いっぱいに拡がる青空。
太陽の日差しが降り注ぐ無限の大地。
そこには黄色い花が一面に咲いている。
「向日葵……」
その中で可憐に立つ志本紗英。
向日葵に負けない程の、力強い笑顔に変わった。
「あなたの事が好きなのよ。日高誠くん」
思わず見惚れてしまった。
いや、圧倒されてしまった。
彼女に告白されて断る男などいるのだろうか。
少なくとも俺には想像出来ない。
「志本……」
言葉を探していると、志本紗英は少し得意げな様子で微笑んだ。
「凄いでしょ。私、魔法使いになったんだよ。
この向日葵を見せているのも私の魔法の力なんだよ」
そう言って一枚のカードを見せて来た。
ガラスの様に透き通ったそれは、魔法使いの証……。
「立体魔法陣……。そんなものまでどうやって?」
すると志本が虚な目になり、
「日高にね。毎日手紙を書いていたの。
たくさんたくさん書いては捨てて、また書いて……。
どうやったらこの想いが日高に伝わるのか悩んでいた。
そうしたらね。いつの間にか自然に発現していたのよ」
何それ。普通に怖いんですけど!?
「それでね。日高が水鞠コトリとイチャイチャし出してね。
何か変だなって気付いたのよ。何かがおかしいって」
いやいや、おかしいのはそっちだ。言い方が怖い!
「初めから水鞠コトリが『普通』じゃ無いのは理解出来た。
だから徹底的に彼女の事を調べたの」
「調べた? 調べた……って、どうやって……?」
「スマホで」
「スマホで!?」
お手軽だな。そんなので魔法使いについて調べられるのかよ。
いや、そんな訳無いだろ!
「そうしたら『水鞠家の魔法電子システム』に辿り着いた。
そこから沢山の情報を手に入れた。
魔法使いの事、魔法世界の事、結晶体の事、水鞠一族の事。
日高の連絡先も」
連絡先……俺と交換する前に知ってたのかよ。
いや、そこに驚いている場合じゃ無かった。
「手に入れた……って、セキュリティとかどうなってんだ!?」
「普通に入れたよ」
おかしいだろ。絶対おかしい!
「詳しく調べてみたら分かった。
私は魔法でそれを可能にする力を持っているって事が」
「ハッキング能力……」
そのスキルだけじゃ無い。
結界やら幻覚やら、能力のバーゲンセールじゃねーか。
……ようやく分かった。
志本紗英は普通の魔法使いじゃない。
俺と水鞠コトリが引き合う事で生み出された存在なんだ。
世界のバランスを保つ為、必然的に。
俺と最高の魔法運命値を持つ、最強の「カウンター」として。
志本紗英から笑顔が消える。
「最初はね、ただ知りたかったの。
魔法の事、水鞠コトリの事を。
でも知れば知る程、欲が出て来ちゃって……私……こんな事まで……」
「志本……!?」
「もう、取り返しがつかない所まで来ちゃったよ……」
志本の身体がガクンと崩れ落ちる。
「志本……!?」
俺は素早く駆け寄り、身体を抱き支えた。
危ねぇ。
間一髪間に合った。これは現実なのか? それとも幻覚……!?
スマホが振動している。着信している様だ。
誰だ……? 水鞠か?
「非通知……!」
志本を抱えたまま通話に出る。
『日高誠! 聞こえるし? 大変だし!』
真壁スズカの声だ。
「聞こえます! 何かありましたか?」
『ハッカーの正体が分かったし。驚くなし? 志本紗英だったし!』
「それなら今本人から聞きました。志本はここに居ます!」
『え────!?』
「でも突然倒れて……意識を失っている様です……どうすれば?」
『落ち着くし! 今からアバターをそちらへ向かわすし!』
「お願いします!」
良かった。どうにかなりそうだぞ。
通話を切ろうと耳から離す。
その直後、スピーカーから微かに声が聞こえて来た。
『……! ……!』
叫び声?
慌ててスマホを耳に戻す。
「どうしました?」
『いや、まさか……!? そんな……!?』
「もしもし?」
通話が……切断されている。




