第58話 日高誠と契約決闘
「契約決闘?」
またよく分からんワードが出て来たぞ。
それを聞いた黒い魔法使いは仮面の下部を右手で摩り頷く。
「水鞠家のエースとの契約決闘とは、またと無い機会……」
どうやら相手もまんざらでも無さそうだ。
そこで突然、謎のコール音が鳴った。
「……おっと失礼」
黒いヤツは魔法着の懐からスマホを取り出し耳にあてた。
どうやら電話が掛かって来ていたらしい。
「あ、はい。私です。定期連絡?
ああ、もうそんな時間でしたか。申し訳ありません。
実は水鞠家の『弓』に見つかっちゃいまして、ええ……。
こちらからかけ直しますので少々お時間を頂け……。
あ、はーい。はーい。では、失礼致しまーす」
何度もお辞儀してから電話を切る黒の魔法使い。
一息吐いてからいそいそとスマホを仕舞う。
そして胸に手を当て逆の手を差し伸べ、紳士の様な佇まいに戻った。
「では、どの様なルールで?」
切り替え凄いな! 魔法使いも生きるのが色々と大変そうだ。
黒いヤツの問いに、弓の魔法使いが応える。
「私が勝ったら貴方には水鞠家の従者になって貰います」
今何て言った? 従者になる?
「スカウトしたんですか!? 敵を!?」
すると、俺の肩に乗る弓犬が頷いた。
『人手不足の解消、情報漏洩の防止……これで同時に解決出来ます』
「いや、確かにそうかも知れないけど。
そんな事本当に出来るんですか?」
『契約決闘に勝利すれば可能です。相手が受ければ、の話ですが』
ククク……。と黒い魔法使いが笑う。
「私のアバターが『見てはいけないモノ』でも見ていましたか?」
そう言って優雅な動きで胸の辺りからスマホを取り出した。
「あ、私ですが。お忙しい中、度々申し訳ありません。
今お時間は宜しい……有難う御座います。
実は今、契約決闘を申し込まれまして。
ええ。水鞠家の従者になれと。
分かっています。その条件ではお断りしますよ。ええ……。
万が一私が組織を抜ける事があれば大変な事に……え!?
いや、ちょっと待って……ご冗談を……え?」
あ、待って! 切らないで……あ!!」
スマホを持つ手をダラリと下ろし、項垂れる黒の魔法使い。
ブツブツ言いながらスマホを仕舞うと、紳士の様な仕草で、
「受けて立ちましょう。組織は私の勝利を確信している様です」
痛々しい!
……理由はどうであれ、決闘の許可は降りた様だ。
黒の魔法使いが左腕を水平に伸ばす。
それを合図にオカメインコが空から舞い降り、腕に留まった。
「決闘に勝利したら、お二人には私の存在を忘れて頂きます」
小さな鳥はメキメキと音を立て膨れ上がってゆく。
数秒の内に巨大な鷹の姿に変形した。
「問題ありません」
弓の魔法使いが応えると、空に向かって円を描く様に腕を回した。
その直後、俺の周りには青白い光の粒が出現。
半径二メートル程の光のドームが形成された。
「何だこれ!?」
『決闘専用の小結界です』
「小結界?」
『貴方はこの安全な空間から見届人として決闘に参加して頂きます』
「見届け人……って。そんな事、俺に出来るんですか?」
頷く弓犬。
『今の貴方は高速で展開される魔法や体術を捉える事が可能です』
なるほどな。
弓犬と二人で解説役をするって訳か。緊張して来たぞ。
黒の魔法使いが右手を高く挙げる。
「では初めましょう。開始の掛け声を!」
声色が変わった。覇気に満ちた言葉が響き渡る。
「さあ、開始の掛け声を!」
弓の魔法使いも続く。
すると弓犬が俺の肩を叩き、
『では日高誠。掛け声をお願いします』
「え? 俺が言うの!? 掛け声……って、何て言うんです?」
弓犬が真剣な眼差しを向ける。
『マジカル結界バトル レディー ゴー! ゲッツ!
……と叫んで下さい』
「マ、マジカ……言えるか──!!」
言えねーよ!
何で俺がそんな恥ずかしいセリフを言わなきゃならんのだ。
あとゲッツって何だよ! 意味が分からんしダサ過ぎるだろ。
弓犬は溜息を吐いた後、
『ではこの魔法コインを打ち上げて地面に着いた瞬間から開始で』
「いや、最初からそれで良かったでしょ! 勘弁して下さいよ」
イチイチ俺の脳内を破壊して来るのは何なんだよ。全く。
俺は弓犬からコインを受け取り、親指で弾き飛ばした。
高く舞ったコインは高速回転を繰り返し、地面に到達。
それと同時に激しい圧力が俺を襲う。
「今、何かが起きた気が……」
『未来を賭けた契約決闘が承認され、杭が結界を展開しました』
「魔法の杭が……結界を?」
『該当魔法士を杭のシステムから隔離する為の特殊結界です』
結晶体の結界と違い、赤色に変化していない。
耳鳴りも無く、普段の世界と変わらない感覚だ。
本当に結界の中に居るのか?
「馬鹿な……! 九対一!?」
黒の魔法使いがいきなり狼狽出した。
「何の話ですか? あれ」
『お互いの賭けた願い。
その実現難易度によりハンディキャップが課せられます』
「ハンデ? ちょっと待て。九対一……ってつまり……」
『私が一。相手が九。圧倒的不利の状態で決闘が開始されました』
「嘘だろ……!?」
『二十メートル四方が結界の壁によって囲まれていますね。
接近戦の強制。地形変化が無い分、まだ易しい方です』
黒い魔法使いがヤレヤレと首を振る。
「驚きました。まさかここまでこの私が優遇されるとは」
「ハンデが足りませんでしたか?」
弓の魔法使いが煽ると、黒い魔法使いが「クックック」と笑う。
「この状況は異常と言ってもいい。
貴方は全ての戦闘において圧倒的不利になる制約を受けている。
水鞠家の魔法の杭によって……。違いますか?」
圧倒的不利? 制約?
東谷公園での結晶体との戦闘も、確かにそうなっていた。
戦闘に割り込んだから、って言うのは嘘だったのか?
弓犬に視線を向けるが、何も話そうとはしない。
黒い魔法使いは左手に新たな立体魔法陣を出現させる。
「貴方には何か大きな秘密がある様ですね。……面白い!」
対峙する弓の魔法使いも弓の立体魔法陣を作り出している。
『炎環の弓』
炎が巻き起こり左腕が火炎に包まれた。
魔法使い相手にどんな戦いをするんだ?
しかも隠れる場所も無い平坦な地形だぞ。
普通に考えたら弓的には不利過ぎるだろ。
『炎錠』
『籠の鳥』
先に発動したのは弓の魔法使いだ。
炎の鎖が黒の魔法使いに襲い掛かる。
だがそれは敵を捕縛する前に弾け飛んでしてしまった。
「魔法が消滅している……!?」
そこに黒い魔法使いが放った魔法の鷹が鋭い爪を突き立てる。
弓の魔法使いは攻撃を躱しつつ、立体魔法陣で強引に祓い飛ばした。
「特殊結界魔法……ですか」
弓の魔法使いが素早く立体魔法陣を構え直す。
「私の結界魔法は魔法属性を一つだけ封印する事が出来ます。
この結界内での炎魔法は無効となりました」
黒い魔法使いが一礼し、言葉を続ける。
「結界内の全ての炎を支配する結晶器『炎環の弓』。
その強力な能力は、代償として使用者の魔法特性を制限する。
これは余りにも有名な話です」
何だ何だ? 混乱して来たぞ。
「弓犬。何を言っているんです? あのキザ男は」
『私は戦闘時、炎の魔法しか使用出来ません。
それを完璧に封じられました』
「は?」
まさか……それって。
『絶体絶命のピンチです』
魔法が使えない……?
予め相手の方が有利な魔法を持っていたんだぞ?
それでこっちがハンデを背負うって。無茶苦茶だろ。
黒の魔法使いが魔法着を翻し、一足飛びで一気に間合いを詰めた。
「私が侵入者として選ばれた理由が、お解り頂けましたかな?」
そのまま体重を乗せた手刀を振り下ろす。
弓の魔法使いはそれをバックステップで回避。
続けて放たれた右手フックを左腕で受け流しながら中段蹴りで反撃する。
だが無理な態勢からの攻撃は簡単に避けられてしまう。
その隙を突いて魔法の鷹が爪を立てて襲い掛かかる。
弓の魔法使いは弓型の立体魔法陣を盾にしてそれを凌ぐ。
そのまま横に移動し壁際から逃れた。
やや間合いが離れた所でお互いに動きが止まる。
次の一手を警戒する睨み合う展開だ。
すると黒の魔法使いが構えを解き、挑発的な態度で指を向ける。
「貴方には足りないものがあります。
それは魔法使いとの戦闘経験……。
私は十年以上、最強クラスの魔法士達と死闘を繰り拡げています」
魔法の鷹が巨大化し、凶々しい姿に変化してゆく。
先に動いたのは黒の魔法使いだ。
華麗な格闘術と鷹の爪が死角から狙う連続攻撃が繰り出される。
今迄のキザな立ち振る舞いから一転して泥臭い攻撃だ。
弓の魔法使いは防戦一方にされている。
「大怪我をする前に降参をお勧めしますよ。
それで決闘は終了になるルールですから」
リーチの長い手足から繰り出される重い一撃。
更に鷹の爪により魔法着が切り裂かれて行く。
弓の魔法使いは追い詰められ、攻撃を躱し切れなくなる。
強力な回し蹴りを喰らい後方に大きく吹っ飛ばされてしまった。
それでも空中で体勢を立て直し、着地と同時に弓を構える。
それを見た黒の魔法使いは余裕の拍手を始めた。
「素晴らしい! 貴方は我が組織に入るべきです!
……トップが横暴なのがやや残念ですが、人と社会のために働ける。
安定した職場環境、仕事もプライベートも大切に出来る。
女性も働きやすい環境です。何よりも安定した収入を約束される」
待遇良いな!
でもそんな風に説明されると夢も希望もファンタジーも台無しだよ!
弓の魔法使いは立ち上がり、構えていた弓を下ろした。
そして指先を黒の魔法使いに向ける。
「お断りします」




