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引力と猫の魔法使い 【リメイク版】  作者: sawateru
第三章 目覚める魔法と未来を知る者

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第54話 日高誠と理想的な彼女

 俺は今、魔法運命ってヤツの怖さを改めて思い知っている。


 志本は上半身裸になっていた俺を見ても動揺していた様子は無い。

 同じベンチに座り、天使の様な笑顔を浮かべているのだ。


 いくら「引き合う力が強いから」と言っても不自然過ぎるだろ。

 俺がいきなりパンイチになったとしても許して貰えそうな勢いだ。


 俺はチラリと志本に視線を向け、

「悪かったな。休憩させてもらって」

「私は大丈夫だよ。ゆっくり休んでいて」

 謎の像換獣のせいで俺の魔力は空っぽだ。

 ベンチから立ち上がれない程の疲労に襲われている。

 かと言って、このまま座っているのも危険だ。

 また意識を失うかも知れない。


 ……今、何時なんだ?

 スマホを尻ポケットから引き抜き、画面を確認する。

 ん? メッセージを受信している……?


『***』


 未来人からだ。着信はたった今か。

 志本からスマホの画面が見えない様に身体で壁を作る。

 そっとメッセージアプリを開いた。

 ……何だ? 何て書いてある?


『志本紗英から目を離すな』


 またこれか。

 それは分かってるっての。


「どうしたの?」

「うお!?」

 志本が背後から覗き込む様にして顔を近付けて来ていた。

 慌ててスマホを手に取って隠す。


「い、いや、何でもないんだよ。本当」

「へぇ。そうなんだ」

 何故か志本は顔を突き出したまま体勢を元に戻さない。

 顔! 顔が近いよ!

「志本……?」


 いや、こう見ると本当に整っているなぁ。

 睫毛が長いし、瞳の色素が薄いらしくブラウンになっている。

 唇は艶やかで……って、マジマジと見ている場合かよ!

 「目を離すな」って、そう言う意味じゃ無いだろ。


「ちょ、志本少し離れ……」

 両手を前に揃えて押し返すポーズを取り、アピールをする。

 だが次の瞬間、俺はそのままの姿勢でベンチに押し倒されてしまった。


 いや、なんでそうなる!?

 つか、重っ!? 何だか色々とおかしい! 


 実際に「おかしな事」が起きていた。

 俺の上に乗っかっているのは志本紗英では無い。

 巨大な犬だった。


 おそらくゴールデンレトリバーの雑種だろう。

 とにかくデカい。

 ハアハアと荒い息を上げ、顔を付けたまま離れない。


「日高!? 大丈夫!?」

 ベンチの横で志本紗英が叫ぶ。

 無事で良かったよ。こいつに襲われたのは俺だけだったらしい。

 誰だよ飼い主! リードを離すなよ!


「ごめんなさぁい。大丈夫ですかぁ?」

 甲高い少女の声が聞こえて来た。

 視界の隅にベージュのショートパンツが映り込む。


「おいでアルク」

 名前を呼ばれると俺からすぐに離れ、大人しく主人の側に座った。

 かなり訓練されている様子が見て取れる。


 やれやれと上半身を起こし、少女の姿を確認した。

 中学生? いや、小学生か?

 動きやすそうなライトグリーンのブラウスを着た小柄な少女だ。


「この子ってぇ、遊んでくれそうな人が居ると突撃しちゃうのぉ」

「そ、そうなんだ……」

 幼い話し方なのに仕草は大人っぽい。アンバランスな印象だ。

「ああ!? 服が汚れちゃってるよぉ」

「いや大丈夫。元々汚れていたから。気にしないで」

 

「本当ですかぁ?」

「本当。本当だから」

 すると少女は微笑み、

「じゃあ私、これで失礼しますぅ」

 深くお辞儀をして早々に立ち去ってしまった。


 巨大な犬と小柄な少女が並び歩く後姿はどこか奇妙だ。

 騙し絵みたいに遠近感が狂わされている。

 どうでもいいが、あのデカい犬は俺の何処に惹かれたんだよ。


「訳が分からん……」

 突き抜けた珍ハプニングに、俺と志本は放心状態だ。

 無言のまま少女を見送る。

 

「今の娘……」

 志本が何かを言い掛けて黙ってしまった。

「知っている子なのか?」

「カサキさんだよね。五組の」

「カサキ? 東谷高の生徒なのか?」

 サイズ感から小学生かと思ったよ。高校生とは思わなかった。


「結構話題になってたよ? 可愛い子が突然転校して来たって」

「転校生……?」

「知らないの? 一週間前だよ」

「いや、全く……」

「変なの。私も間近で見たのは初めてだけどさ」

「そうなのか……」

 気付かない内に、また周りを拒絶していたのか?

 だとしたら本当に進歩が無いな、俺……。


「そんな事より!」

 志本は俺の正面に立ち、俯いたまま両手を握り締めて震え出した。

 そして溜めていたエネルギーを放出する様に前に出る。

「と……っても可愛かった!」


 ……はい?

 二人の間に風が通り抜けて行く。

 俺と志本だけが時の流れに取り残された様に固まっていた。


「見てなかったの? カサキさんの事」

「ああ、そりゃぁまあ……」

 いや待てよ。着ていた服や雰囲気は思い出せる。

 だが、肝心な顔が思い出せない。

 嘘だろ? そんな事があるか?

 確かに俺は真正面から見ていたはずなのに。


「犬に飛び付かれたショックがデカ過ぎて記憶が飛んでいるかも……」

「勿体無い! 私服姿、凄く可愛かったのに! それに……」

「それに?」


「胸が凄く大きい……」

「はい? 今何て……」

「物凄い巨乳だった。本当に凄い。こうよ、こう!」

 そう言ってジェスチャーで胸の大きさを伝えようとする志本紗英。


 美少女から「巨乳」ってワードが出て来た事に驚いた。

 それと同時に実物を見ていなかった自分に激しい後悔が襲う。

 こう見ると志本もかなりの巨乳に見えるのだが。

 これを遥かに上を行くって想像が付かん。


 ……って、志本の胸をガン見しちゃってたよ!

 慌てて視線を逸らすがもう遅い。

 志本は俺が何を考えを見透かす様に、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 いや、さっきから何がしたいんだよコイツは。

 どう反応したらいいか分からん。

 とりあえずコホンと軽く咳をして間を落ち着かせた。

「それじゃ、そろそろ行くか」

「そうだね」



 * * *


 

 西村屋に到着。

 予算の問題もあり、俺は美希へのお土産だけを買う事にした。

 精算を済ませて店を出ると、外には行列が出来ている。

 駅から離れた場所なのに盛況だ。本当に人気の店だったらしい。


 団子屋の買物袋を手にした志本が、来た道と違う方向を指差した。

「近くに神社があるのよ。そっちから帰ろう」


 導かれるまま、見知らぬ道を歩く。

 この辺りは自然が豊かで坂道が多い。

 俺の住む二合市は川が多い平坦な場所だから、景色がまるで違う。

 神社を過ぎ、しばらく進んだ所で志本が足を停めた。

 俺も続いて立ち止まる。


「向日葵……?」

 目の前には向日葵畑が拡がっていた。

 広さはテニスコート二つ分位だろうか。

 花はまだ開いていない状態だ。


「七月になると一斉に花が咲くの。私、この場所が好きなんだ」

 志本紗英が振り返り、柔らかく微笑む。

 そしてスマホを手にして、俺に寄り添って来た。


「これ去年の写真。スマホの壁紙にしてるんだ。カワイイでしょ」

 ちょ、距離が近い! 

 反射的に一歩下がり、志本との距離を離した。

 何でわざわざ隣に?

 いくら何でも塩対応から変わり過ぎだろ。


「どうしたの日高」

「いや、悪い。ちょっと驚いただけだ」

 そう弁解すると、志本はイタズラっぽく笑った。

 もしかして俺、からかわれているのか?

 さっきから反応を楽しんでいる様にも見える。どっちなんだよ。


 ふと、志本が空を見上げた。

「雨が降りそうだね。そろそろ駅に行こうか」

「そ、そうだな」

 いつの間にか空は燻んだ色になっていた。

 最近の天気の流れだと、これでも持ち堪えていた方だろう。


 俺と志本は向日葵畑を離れ、駅までの道を並び歩く。

 しばらく無言が続いていたが、志本から話を切り出して来た。


「日高って不思議だよね。どんな子がタイプなの?」

「タイプ?」

 いやいや、どうしてそんな事を言わなきゃならんのだ。

「特に無いな」

「そんな事ある訳無いでしょ」


 何故か怒られてしまった。

 俺だって思春期真っ盛りの健康な男子だ。気になる女子は何人か居た。

 しかしながら今思い返してみても外見に一貫性は無いのだ。

 好きなタイプは「無い」と言っていいのではないだろうか。


 志本は俺を睨んだまま、

「日高って女子に興味が無いでしょ。噂通りなんだね」

「噂って何だ!?」

「いつも吉田と居るからじゃない?」

「そんな理由で!?」

 吉田だけじゃ無い。最近じゃ水鞠と一緒にいたぞ。

 それに三ノ宮菜々子とも絡んでいた。何でそうなった?


「じゃあ答えて。身長は高い方がいい? 低い方がいい?」

 志本が歩きながら俺をビシッと指差す。

「低い方が……いいかな」

 俺の身長は高一男子の平均身長よりも五センチ低い。

 背の高い志本と同じ位の身長だったりする。

「目の大きさは? 大きい? 小さい? 普通?」

「目!? ええと……」



 そんな幾つかのやり取りを繰り返し、俺の理想のタイプ像が完成した。


 背は低く、髪はフワフワで茶色。

 目はクリクリとして大きく、鼻と口は小さい。

 胸は大きく、歳は同じか下。性格は人懐っこい。


 何だよこれ。

 理想のパーツを合体させたら非現実的なキャラクターになったよ。

 志本も同じビジョンになっているのだろう。

 納得がいかない様子で睨みを効かせて来た。


「……ふざけているの?」

「ふざけてねーよ! 訊かれたから答えただけだっつーの!」

「だって、それって……」

 志本が動揺している。

「……どうした?」



「カサキさんの外見『そのまま』じゃない」



 ……はい?

 何を言っているんだ?

 カサキ……。犬を連れていた少女の名前だ。

 そんな容姿だったって言うのか?

 志本の言う通りならば、確かに俺はふざけた事を言った事になる。


 いやいやいや。ちょっと待て。

 そんな濃いキャラクターが本当に実在しているのか?

 茶髪にフワフワの髪で巨乳って。あり得ないだろ。


 しかしながら俺は近い存在を既に知っている。

 猫目前髪パッツン少女と、金髪碧眼ツインテールギャルだ。


 もし志本の言う事が本当ならば……。

 きっとその少女は高い確率で「普通」の存在じゃ無い。そう……。


 魔法使いだ。


 担当者以外は立ち入り禁止の公園。

 あの場所に居たって事は、まさか……その少女の正体は……。


 弓犬の本体。

 水鞠家のエース 弓の魔法使い。


 思い出した……!

 俺は今まで彼女と二度会っていた。

 一度目は一組の教室から科学室へ向かう間。

 二度目は科学室から水鞠の待つ屋上へ向かう間。

 あの時、妙に時間が経っていた。

 それには理由があったんだ。

 これは錯覚なんかじゃ無い。

 確実に起きている事だ。


 ──俺は、記憶を消されている。


 


「日高? どうしたの? 急にボーッとして」

 立ち止まった志本紗英が怪訝そうな表情で視線を向ける。

 頭の中にかかる白いモヤが晴れた後、我に返って足を止めた。


 俺は一体何を思い付いたんだ?

 今、何かを分かりかけていた。

 そのはずなのに、そこだけが綺麗に抜け落ちている。


「いや……何だか頭が混乱しているみたいだ」

 公園で出会った少女はたまたま俺の好きなタイプの子だった。

 その話はそれで終わりだ。終わりでいいはずだ。

 なのに、何だこの違和感は。

 

 必死に思考を巡らせる。

 だがそれは、スマホの振動によって邪魔されてしまった。

 メッセージを受信している。

 誰だ? また未来人……!?


 画面には「水鞠コトリ」の名前が表示されていた。

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