第51話 日高誠と侵入者
睡眠時間は二時間。
実に眠い。眠過ぎる。
そんな俺の眠気は、登校と同時に一気に覚めてしまった。
学校内が志本紗英の噂で溢れていたからだ。
勿論、モールで見かけた「あの男」との関係の事だ。
「ナンパされて男とデートをしていた」
「親戚の男だ」
「父親の上司の息子だ」
「付き合って一ヵ月経っている」
「実は半年前から付き合っている」
……などなど。
どうしてこんな事になっているんだ?
全部ハズレ。
正解は「海外から戻って来た幼馴染。付き合ってはいない」だ。
だが俺は周りに真実を言う事が出来ない。
この件に関して、志本は何故かダンマリを決めているからだ。
母親同士のホットラインを持つのは俺だけ。
真実の情報が出た瞬間に俺が疑われる。
今は志本との関係を拗らせる訳にはいかない。
それに、俺の言う事が周りに正しく伝わるとは思えない状況だ。
悔しいが、ここは静観するのが正解だろう。
しかし、志本は何故本当の事を言わないんだ?
噂が噂を呼んで勘違いする奴も出て来る。
そっちの方が迷惑じゃ無いのか?
そんな状況を良く思わない奴がいる。
吉田玲二だ。
「やっぱ納得いかねーな」
吉田が鼻息を荒上げた。
放課後。部活へ向かう途中。
二人で廊下を歩いていると、吉田が肩を叩いて来た。
「ワザとデタラメな噂を流している奴がいると思わないか?」
「だよな。内容があまりにもバラバラ過ぎる」
吉田はしばらく無言になった後、
「またファンクラブの暴走ってヤツか……」
「いやぁ、決め付けは良く無いだろ」
そう言って宥めるが、吉田は腹立たしそうに息を吐く。
「大体よ。志本のファンクラブって何だ?」
「そこからかよ! いや、俺も吉田から聞いていただけなんだがな」
アイドルの追っかけみたいなものをイメージしていたのだが。
違うの?
「実は俺も噂だけで、実際の活動を見た事は無いんだよ」
「そうなのか……。いや、まあそうだよな」
部活みたいに見える場所で活動してたら恐怖でしか無い。
不思議ハンターみたいに浮く存在になるだけだ。
「なあ日高。そんな謎組織、誰が仕切っていると思う?」
「さあな。リーダーが居るか分からんし、居ても公言しないかもな」
弓犬の情報では、志本に告白した人数は百人以上になっていた。
今じゃフラれた者達が集まって出来た組織みたいなものだ。
多少歪んだ行動をする奴が居てもおかしくは無い。
吉田は鋭い目を更に細くさせ、
「ちょっと探ってみるか。見つけ出して話をしてみたい」
「本気か?」
「ふ、深い意味はねーからな。
志本が傷つく様な事になったらどうするよ。気持ち悪いだろ」
「確かにそうだな……」
「だろ?」
吉田は誰かの為に動ける奴だ。そういう所は嫌じゃない。
だが、ここは恨み辛みで魔法が暴走する世界だ。
あまり深入りして欲しくは無い。
「相手が分かったら教えてくれ。一緒に行くからな」
それを告げた所で昇降口に到着。
吉田とはそこで分かれ、それぞれの部室へ向かった。
化学部は休止中だが、化学室は開いているかも知れない。
部活の時間が終わるまで、そこで待機しようって考えだ。
状況が一気に変わり過ぎて、俺の頭はパンク状態になっている。
謎の未来人に志本の噂。
そして緊急臨戦モード。
ここで一回、状況を整理しておきたい。
……こういう時に限って上手く行かないものだ。
別棟へ続く通路を進む途中、足を止めた。
怪しい三人グループが視界の先に居る。
円陣を組んでいるのは、三ノ宮率いる不思議ハンターだ。
何かロクでも無い事をを企んでいるに決まっている。
……ここは気付かないフリをしてやり過ごそう。
「おお? 日高じゃないか」
いきなり見つかった……。
声を掛けて来たのは筋骨隆々の山岳部、岩田だ。
続けてジャージ姿の背の高い女、三年の清水が続く。
「フフッ。我々の特別チームに入る気になったのかい?」
「いえ、入りません」
「いいだろう。さあ、こちらに来たまえ」
「話を聞いてますか!?」
結局強引に引っ張られ、輪の中に入れられてしまった。
三ノ宮菜々子を前に、溜息を吐く。
「どうしたんだ? 今回は」
三ノ宮が不敵に笑う。
「最近、校舎の中に侵入者が居ると言うウワサがある」
「侵入者?」
いきなり物騒なワードだ。
「侵入者って、どんな奴なんだ?」
俺は三ノ宮菜々子に視線を向ける。
「オカメインコ」
「オカメインコ? って、あのトサカが生えた鳥か?」
「校舎の中で見たと言う証言が多数あり」
オカメインコ。
頬には丸い橙色の斑点が付いている、特徴的な鳥だ。
美希が飼いたいって母さんに相談していたのを思い出した。
「迷い鳥だろ。動物が校舎に入り込むのは学校あるあるだよな」
俺がそう言うと、岩田先輩は腕を組み、難しい表情で目を閉じた。
「我々は、新たに出現した怪異として行方を追っている」
「いや、無理があるでしょ!?」
すかさずツッコむ俺に対してジャージ女が人差し指を立てる。
「勿論、本物の鳥の可能性はある。それは承知しているさ」
「だからこそ、我々は怪異の罠を作り直す必要性があった」
そう言って三ノ宮菜々子が網状の物体を見せて来た。
長さは約五十センチ四方だろうか。所々が輪になっている。
どうやら仕掛けを踏むと絡まる仕組みらしい。
「ヤカンとヌイグルミの怪異にはこれで対抗する」
「上手く行くのか? こんなので……」
「避けた場合は第二、第三のえげつない罠が次々と襲う」
「オカメインコはどうするんだ?」
「これを使うのさ!」
清水が巨大な鳥籠を手にした。
「中に入ると自動で扉が閉まる鳥籠さ。餌を入れておく」
いや、作戦が雑過ぎだろ……。
自分から知らん鳥籠に入ってくれるとは思えんのだが。
相変わらずだな、この人達は。
呆れ顔の俺に、三ノ宮は自分のスマホを差し出して来た。
「日高君の連絡先を教えて」
「俺の?」
「我々も頼む。怪異を見たら知らせてくれ」
岩田と清水も続く。
このメンバーなら連絡先を知っておいた方がいいだろう。
三ノ宮は特殊能力者、先輩二人は魔法使いの候補生だ。
魔法現象に巻き込まれる可能性がある。
ある程度は行動を把握しておいた方がいい。
それに、いざとなった時に連絡する事があるかも知れない。
「そう言う事でしたら、了解です」
三人のアドレス登録を完了。
不思議ハンター達とはそこで分かれ、連絡通路を進んだ。
化学室の扉の前に立ち、ノックを三回。
それからドアノブに手を掛ける。
「開かねぇ……」
部室すら使えないとは思わなかった。
早く俺を正式な部員にしてくれよ。全く。
絶望に打ちひしがれている中、スマホが振動した。
メッセージを着信している?
きっと先輩達だな。
まさか、もうオカメインコを捕獲したのか?
『***』
違う。
相手は未来人だ。
二件のメッセージ。
『東谷駅へ急げ』
『志本紗英が男と会う。その未来を修正しろ』
「東谷駅!?」
何を言っているんだよ。
志本は部活中だ。東谷駅に居る訳が無いだろ。俺を騙すつもりか?
……いや、待てよ。
これで志本が東谷駅に居なければ、未来人は偽物確定って事になる。
この訳の分からない状況から抜け出すチャンスじゃないか。
「面白い。乗ってやんよ」




