第50話 日高誠と未来を知る者
「…………あ!?」
ガクンと頭が急降下し、反射的に目が開いた。
深夜三時。俺の部屋。
ベッドに座ったままの状態で目が覚めた。
志本と連絡先を交換した後から八時間が経過している。
水鞠からの連絡を待ち続けていたのたが、寝落ちしたらしい。
床に転がっていたスマホを拾い上げ、画面を確認。
「……!?」
メッセージが着信している。
ヤバい。完全にスルーしてた!
画面をタップしようとした瞬間、スマホが振動した。
今度は電話だ。こんな時間に?
「水鞠か?」
違う。
表示された名前に驚いた。
『***』
直ぐに通話ボタンをタップし、耳にあてた。
「もしもし!?」
声は聞こえない。
その代わりに激しいノイズ音が響いている。
「……っ!」
手が痺れる。
魔法電波を受信しているのか。
『……ダ。 ……カ……』
男の声か? ノイズが酷くてどうにもならん。
だったら像換獣を呼ぶまでだ。
ベッドから立ち上がり、左手に意識を集中させる。
魔力が発動。
術式が組み上がり、魔法は完成した。
光り輝く掌の上にビー玉サイズの球体が転がる。
『来い……! 電伝六蟹』
立体魔法陣が砕け散り、その破片は電気の粒に変化した。
左手首を中心に電気を纏った六匹の蟹が浮遊する。
「イテテテテ……!」
やっぱ痛え! 電撃が痛い!
反射的に両手の指先を確認し、鏡を見た。
生爪と服は無事の様だ。
『日高誠……』
魔法電波が安定して声がはっきり聞こえる。
「誰だ?」
その直後、激しいノイズが発生した。
しばらくの沈黙の後、男の声が混じる。
『私は未来を知る者だ』
はい?
今なんて言った? 未来を……何だって?
「知る者」って言ったのか?
おいおい。やっと聞こえたと思ったらこれかよ。
気味の悪い奴だ。何者だ?
「間違い電話だぞ。切っていいか?」
返事の代わりにノイズが繰り返された。
電伝六蟹が回転を開始。魔法電波を修復させてゆく。
するとまた、ノイズの奥から男の声が聞こえて来た。
『このままでは水鞠家が崩壊する。……私はそれを回避したい』
崩壊? 水鞠家が?
「イタズラ電話なら切るぞ。未来人」
コイツ、とんでもない事を言い出したぞ。
『君なら破滅の未来を回避させる事が出来る。
水鞠家の従者ではない、君ならば』
随分と俺の事に詳しいみたいだな。
「本気で言っているのか?」
激しいノイズ音が響き、そしてまた静寂に変わる。
『きっかけは志本紗英だ』
「志本?」
『そうだ。未来改変が起き、水鞠家の全てが失われる』
「未来改変……!?」
そこでまたノイズの波が押し寄せた。
『……が、……さ……』
「ちょ、おい!」
『は……、な……』
「もしもし?」
電伝六蟹が起動しているのに電波が安定しない。
ノイズが幾つも重なり合い、そしてまた静寂に切り替わった。
『この事を他の誰かに言ってはならない。
その瞬間、君の知る未来の情報と記憶は杭により消去される。
それでは誰も救う事が出来ない』
「何だって?」
杭……。魔法の杭が、俺の記憶を?
『その時が来たら、また……』
「ちょ……」
通話が終了した。
スマホを操作し、履歴を確認。
ダメだ。既にリストから消えている。
電伝六蟹は役目を終え、電気の球となって砕け散った。
俺はそれを眺めながら、呆然として立ち尽くす。
「未来を知る者?」
はは。ネーミングセンスがヤバ過ぎるだろ。
真面目なトーンで話をしてくる奴の思考回路じゃ無い。
イカれてるとしか思えない。
──だからこそマズいんだ。
俺が今まで出会って来た魔法使いはそんな奴ばっかりだった。
だから、未来人は「本物」の可能性が高い。
水鞠家の崩壊。
きっかけは志本紗英。
それを誰かに話そうとすれば記憶が消える……か。
わざわざ教えてくれてサンキューな未来人。
だからと言って、すぐに全てを信じろってのは無理なんだよ。
味方のフリして俺を騙しているのかも知れないからな。
杭が未来の記憶を消す理屈はまだ分かる。
未来改変によるダメージから杭を守るシステムと言われれば納得だ。
でもおかしいだろ。
未来の記憶が消えるのなら、なぜ未来人から記憶が消えない?
そしてそれを聞いた俺も記憶を保持したままだ。
誰かに話そうとする段階で消えるのは何故だ?
どう考えてもその前に記憶を消すべきだろ。
「そうだ……!」
メッセージが来ていたのを思い出した。
スマホのアプリを立ち上げ、確認する。
相手は「***」だ。
「やはり未来人か……」
着信は二回。十分前と十五分前。内容は……。
『水鞠コトリが戦闘を開始』
『従者のアバターが現れる』
『明日の科学部は休止』
……何だこれ?
『日高誠』
気付くと目の前に弓犬が立っていた。
「本当に来た!?」
いつの間にか窓が開けられ、侵入していた様だ。
相変わらず唐突過ぎるだろ。やりたい放題だな!
『本当に、とは?』
首を傾げる弓犬。
「いや、そんな気がしていて。それよりも水鞠は……?」
『コトリ様は現在、結晶体との戦闘中です』
「え!?」
本当に結晶体が出現しているのか。
弓犬は静かな口調で状況説明を始める。
『現在、水鞠家の管理地に魔法エラーが大量発生中。
緊急臨戦モードに移行。
従者専用の魔法アプリでのみ連絡が可能になっています』
「それで連絡が出来なかったのか……」
『現在は長らく沈静化していた魔法エラーが爆発している状態です』
「いくら何でも、いきなり過ぎませんか?」
『今までが異常だったのです。正常な状態に戻っただけ、ですよ』
「戻った……」
『沈静化するまでの間、化学部の活動は休止となります。
その事を伝えに来ました』
待て待て。全て未来人のメッセージ通りになってるぞ?
やっぱり本物なのか……?
「弓犬! ……あれ?」
気付くと弓犬の姿が消えていた。
ちょ、嘘だろ。
慌てて見渡すが、茶色のヌイグルミの姿は何処にも無い。
「帰ったのかよ……」
かなり緊迫した状況の様だ。
ここでの判断ミスは命取りになる。
まずは水鞠に送ったメッセージを消しておくべきだ。
志本紗英とのやりとりを書いたメールは危険過ぎる。
臨戦モードとやらが終了した直後に送信されるかも知れん。
水鞠なら僅かなヒントから未来人に行き着くだろう。
再度メッセージアプリを起動。メッセージを確認する。
送信済みリストを見て驚いた。
「消えてる……」
未来人の仕業なのか、又は未来に関わる情報だからかは分からない。
理由は何であれ、水鞠コトリへのメッセージは綺麗に消えている。
安心と同時に、何とも言えない恐怖を感じた。
「マジかよ……」
俺はまた、とんでもない奴に絡まれてしまったらしい。




