表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引力と猫の魔法使い 【リメイク版】  作者: sawateru
第三章 目覚める魔法と未来を知る者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/171

第48話 日高誠と解析結果

 放課後になると胸のシールの光が消えていた。

 魔法の解析が終わっているって事だろう。

 ようやくこの落ち着かない状況から解放される時が来た様だ。


 清々しい気分で科学室の扉を開く。

「あれ?」

 いつもの席に水鞠の姿は無かった。

 代わりに居たのは茶色の犬のヌイグルミ。

 水鞠家従者の魔法アバター、弓犬だ。

 読んでいた本をパタムと閉じ、眠そうな瞳を向けて来た。


『コトリ様は解析用魔法陣の準備中です。終わり次第こちらに来ます』

「そうですか……」

 鞄を床に置き、向かいの席に座った。


「あれ? そう言えば、今日は非番じゃなかったでしたっけ」

 そう言うと、弓犬が深い溜息を吐く。

『お休みは切り上げました。お気遣いなく』

 そしてまた、ホウ……と深い溜息を吐いた。

 

 何やら只事では無い雰囲気だな。

「何か問題でもあったんですか?」

 弓犬からの返事は無い。

 その代わりに読んでいた本を一冊渡して来た。

 これは……。

「少女漫画?」

 しかもちょっと低年齢向けっぽいな。

 背表紙がピンク色しているし。

 タイトルは「まかせて! トキメキガールズ」か……。

「これがどうかしましたか?」


『……急展開』

「はい?」

『次巻予告ページにそう記載されていたのです』

「急展開……。よくある煽り文ですよね」

『打ち切り目前、と言う事です』

「いや、まだ決まった訳じゃ……」


 突然、弓犬がダンッと机を叩く。

『人気が落ちてテコ入れが入ったのです! もう挽回は不可能!』

「はぁ……」

『応援していた作品の打ち切りは今年に入って六作品目です』

 弓犬は悔しそうに身体を震わせている。


 ちょっと待て。

 何で俺はこんな「どうでもいい話」を聞いているんだ?

 声とか仕草とかで中の人は大人の女性かと思っていたのだが。

 俺の認識が間違っていたのかも知れん。


「ちょ、ちょっと待って貰っていいですか?」

『何ですか!?』

 弓犬は興奮収まらない様子だ。

「あの……志本の事で相談と言うか……」

『聞きましょう……!』

 切り替え早っ!


 中の人は恋愛関係の話題に強い興味があるらしい。

 素早い動きでアイスティーを二つ用意し、スンッと席に着く。

 そしてストローに口を付けた。

 

 いや、飲めるんかーい。

 可愛いヌイグルミ姿が逆に恐怖だよ。

 もう呪いの人形にしか見えねーよ。

「実は……その……」

『分かっています』

 そこで弓犬が腕を前に出し、俺の言葉を遮った。

『貴方は志本紗英と一緒に居た男を疑っている』


 何だよ。全てお見通しだったのかよ。

 なら話は早い。

「そうなんですよ。怪しいと言うか……」

 そいつは改変したんじゃないのか?

 結晶体の力で。志本紗英の未来を。


 弓犬は手にしていたアイスティーを置き、一息吐く。

『魔法による改変はありません』


 改変は無い……。

 そんなにハッキリ分かるものなのかよ。

「すみません。その根拠を教えて下さい」

『改変が実行されると、像換獣に深刻なエラーが発生します。

 魔法で他人の感情を操るには、莫大な魔力が必要になるからです』


「あ……!」

 ……そう言う事かよ。

 デカい魔法エラーはゼロ。一ヵ月間その状態だ。

 確かに結晶体が出現している可能性は限りなく低いって話だ。


 待て待て。

 じゃあ、あの志本の変化はどう説明するんだよ。

 本当に魔法運命値の変動だけ……なのか?

 

『ムムッ?』

 弓犬がピクリと動き、耳を抑えた。

『今、コトリ様から連絡が入りました』

「水鞠から?」

『解析魔法の準備が出来ました。屋上へ来て欲しい、との事です』

「了解です」

 まさかの屋上か。一体何が始まるのやら。

『それから……』

 弓犬が何かを言いかけ、黙ってしまった。

「弓犬?」

 犬のヌイグルミは、つぶらな瞳でジッと俺の事を見ている。

 

『大丈夫ですか?』

 突然、弓犬が心配そうに訪ねて来た。

「え? 何がです?」

 俺の方が知りたいよ、といった顔をしていると、

『……いえ、こちらの話です。行ってらっしゃい』

「は、はあ……」

 何だったんだ? 今の……。



 * * *



 別棟屋上に到着。

 ここに来たのは二度目になる。

 前は結界によって空間が引き伸ばされていたが、今は違う。

 教室を縦に二つ並べた位の広さだろうか。

 その奥で水鞠コトリが仁王立ち状態で待ち構えていた。

「遅い! どこを寄り道して来たのさ!」

「はい?」


 何を言っているんだ?

 俺は連絡を受けてすぐに来たんだぞ。納得行かん。

「それよりも、何で屋上なんだ?」

 風が強いし、雨だって降っている。

 小雨だからいいが、しばらく居たらズブ濡れになるぞ。


「ここだと解析魔法が他の術式と干渉しなくて済むんだよ」

 そう言って水鞠が右手の指をパチンと鳴らした。

 それを合図に景色が暗転し、床から円形の魔法陣が浮かび上がる。


「これが……」

「魔法解析の魔法陣だよ。さあ、入って日高」

「お、おお」

 いきなりガチの魔法使いっぽくなって来たぞ。

「落差があり過ぎて戸惑うな……」

 俺は恐る恐る光り輝く文字の中に足を踏み入れる。

 

 するとどうだ。

 胸に貼り付けられたシールが制服から勝手に剥がされてゆく。

 そのまま空中で浮遊した。


 何とも珍妙な白猫のキャラクターシールは高速横回転を開始。

 フラッシュを焚きながら立体魔法陣に姿を変えた。

 そのまま質量を無視した複雑怪奇な変形を繰り返す。

 しばらくして元のシールに戻った。

 またムヒョーのシールになるパターンかよ!

 もう分かったよ!

 

『解析完了』

 水鞠の拡げた手に、シールが引き寄せられた。

 それを見て何やら「グムム……」と唸り始め、

「やっぱり、引力魔法以外は使えないみたいだね」

 ほっとした様な、がっかりした様な、複雑な表情を見せた。


「ねえ日高。像換獣(しょうかんじゅう)を召喚してみて」

「今!?」

「色々とおかしな部分があるんだよ。確かめたいんだ」

 いきなり召喚しろとか、本気か?

 この一ヵ月間は魔法トレーニングしか許可されていなかった。

 上手く出来るか微妙な所だぞ。

 恐る恐る右手に意識を集中させてみる。

 するとスムーズに魔力が注ぎ込まれ、掌の上に光が生まれた。


 光はビー玉程に凝縮され、球体の立体魔法陣となって転がる。

 何か上手くいった! 呆気なかったな。

 それを見た水鞠がフムフムと頷く。

「トレーニングの成果だね。さ、召喚してみて」

「了解」


 更に魔力を注ぎ込む。

 すると立体魔法陣に刻まれた複雑な紋様が青白く輝き出した。

 行ける……!


『来い。電伝六蟹(でんでんろっかい)


 立体魔法陣が砕け散り、破片は稲光となって手首を囲んだ。


 起動する魔法エンジン。

 六匹の蟹が俺の右手首を中心に輪となって浮遊する。

 それと同時に全身に電撃が放たれた。

 

「イテテテテ……!」

 やっぱりこうなったよ!

 地味に痛いんだよこれ。

 冬場の静電気のビリビリで連続攻撃されてる感覚だ。

 水鞠は興味深そうに猫の様な瞳を細める。

「おかしいんだけど」

「いきなりかよ……」


「基本が全く出来ていないよ。何で召喚出来ているのさ」

「知らねーよ。召喚出来ているならいいだろ?」

「日高がいいなら止めないけど」

「何か問題があるのか?」

「初心者が基本動作無しで召喚すると、両手の生爪が剥がれるよ」

「血生臭い!」

 時々シビアな設定入れるの止めてくれよ。

 頼むからファンシー路線で統一してくれ!


「もしくは……」

「まだあるのか?」

「服が破れてパンイチになる」

「パンイチに!?」

 大事件だよ! ただのハレンチ魔法使いだよ!

 召喚するのも命懸けじゃねーか!

 俺が何をしたって言うんだよ……。

 落差激し過ぎだろ。

 

「正しい召喚方法は後で確認しておいてよ。後は……」

「水鞠! 早く……してくれないか?」

 さっきからメチャクチャ痛いんだが。

「像換獣を召喚した時だけ、魔法耐久値が異常に高いね」

「どう言う事だよ、それ」

「電伝六蟹を召喚した今なら、電撃攻撃に強いって事だね」

 それな。やっぱり特性みたいなものだったんだな。

 普通なら死ぬからな。こんな状態は。


「あとは……」

「早よしてくれ!」

「魔法空間にスロットがやたらとあるんだよ」

「それがあるとまずいのか?」

「理論上は八体以上の像換獣を格納出来る。同時使用も可能かも」

「何だか……凄そうだな」

 俺の言葉に首を横に振る水鞠。

「それを実行するには魔法演算処理が間に合わない。

 人間には不可能だよ」


「意味が……分からねぇ……」

「そうなんだよ。こんな構造見た事ない」

 またもや水鞠が唸り出した。

 いや、もう限界だ。

 魔力の供給が完全にストップしてしまった。

 電伝六蟹は電気の光に包まれ、弾ける様にして消滅した。


 水鞠はそれを見届けてから手にしたシールに視線を向ける。

「日高は魔法空間に格納されている像換獣を引き寄せているんだね」

「普通は違うのか?」

「ま、解釈の違いみたいなものだけどね」

 言っている意味がまるで分からん。


「これで一応解析データは集まったけど……。ねえ日高」

「何だよ」

「アンタ、ダンプカーに轢かれたりした?」

「質問がおかしいだろ」

「じゃあ、野良魔法犬にでも襲われた?」

「残念ながら、それも無いな」

 何だよ野良魔法犬って。当たり前の様に言うなよ。


 水鞠はムヒョーのシールを困惑した俺に向ける。

「シールが一部破損しているから完全に解析出来ていないんだよ」

「破損?」

「もう一回始めから解析してみようかな」

 水鞠が制服のポケットから新たなシールを取り出した。

「ちょ、また?」

 また胸元ピカピカ状態かよ。勘弁してくれ。


『コトリ様』


 水鞠を呼んだのは弓犬だ。

 いつの間にやら水鞠の足元で跪いていた。

「あれ? 弓犬。どうしたの?」

『報告書の提出まで時間がありません。このまま進めるのが良いかと』

「え〜? まだ間に合うよ」

『解析はほぼ完了しているはず。報告書はそれで十分です』

「しょうがないなぁ」

 水鞠は不満げな様子で懐にシールを仕舞う。


「分かったよ弓犬。これを使って作成するよ」

 すると弓犬は深く頭を下げ、

『ならば、これで私は失礼致します』

 そう言って屋上から去って行った。

 さっきと雰囲気が違う……? 気のせいかな。


「どうしたの日高」

「いや、弓犬の中の人って、どんな人なんだ?」

「まだ会って無かったの?」

「……俺と居る時はいつもアバター姿だな」

「弓はプロフェッショナルだからね。あまり自分を出さないよ」

「壁ヤカンの人は異端だって事か」

 俺が吐き捨てる様に言うと、水鞠は苦笑した。


「きっと近い内に会えると思うよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ