第38話 日高誠と結びつく点
地学準備室と視聴覚準備室。
それが無くなった罠の場所らしい。
俺はひとり文芸部部室から移動し、罠を確認する事にした。
ポイント獲得とは関係が無いかも知れない。
でも、俺の直感が「そう動け」と訴えている。
地学室は模型同好会が使用中だった。
ここで余計な時間を掛けたく無い。
俺は正直に「ダンボールを回収したい」と部員へ告げた。
すると不思議な事に、あっさりと準備室へ通して貰えた。
ここは角刈り男のナワバリだったらしく、部員が協力的だ。
どこか怯えた様な視線があったが、気にしない事にする。
準備室は狭く、デカい地球儀やら実験用の機材が並んでいる。
それらが薄暗い空間に押し込められている状態だ。
部員の話だと、三ノ宮が突然現れ棚の上段に罠を設置。
これで怪異を捕まえると説明し去って行ったらしい。
相変わらずやりたい放題星人だ。
棚の上段には罠は見当たらない。
だとしたら……。落下したか?
機材を退かしてみると、埃まみれのデカい箱を発見。
その中を覗くと、小さめの真新しいダンボールが紛れていた。
「これか……?」
俺はダンボールを引っ張り出し、目の前に置いた。
その前に正座し、一呼吸する。
「よし。行くか……」
落ち着いた後、おそるおそる手を伸ばす。
そして震える手でダンボールのフタを開けて覗き込んだ。
「…………ん?」
これは……金色の金属……?
え!? ちょっと待て。嘘だろ!?
衝撃的な映像に、そっとダンボールを閉じた。
「ヤカンが入ってる……」
いや、何かの見間違いだろ。そんな事ある訳が……。
──カタカタカタカタ。
突然、箱が小刻みに揺れ始めた。
そして「しくしくしくしく……」と、啜り泣く声が聞こえて来る。
あ、やっぱり入ってるよな。これ。
「何やってんだよ……」
思いっきり罠に掛かってるじゃねーか!
「ああ、面倒臭え!」
ダンボールを引き千切り、壁ヤカンの救出を開始。
「硬っ!?」
何だこれぇ!?
両面テープが強力過ぎてヤカンの表面から剥がれねぇ!
絶対に捕らえて逃がさない、という狂気が溢れている。
どんだけ本気なんだよ三ノ宮!
「……痛っ!?」
しかも手がビリビリと痺れて上手く力が入らない。
仮契約した「電気の蟹」のせいだ。邪魔過ぎる!
──数十分後。
どうにか全てのテープを剥がし切った。
俺は息を切らしながら金色のヤカンを床に置く。
その直後、蓋がカタカタと鳴り出した。
ヤカンから紐の手足が伸び、その先端が手袋とスニーカーに変化。
アニメ調の大きな蒼い目が開き、長いまつ毛が生え揃う。
従者アバター「壁ヤカン」の完成だ。
こんなワクワクしない変形シーンを初めて見たよ!
アニメなら即チャンネルを切り替えている所だ。
『キィ──ッ!』
突然奇声を発する壁ヤカン。
ガシャガシャと金属音を立てながら手足をバタバタと動かす。
『人としてやっていい事と悪い事があるし!
このエゲツない罠……オマエ最低だし!』
「お、俺じゃないですよ。俺はただ助けただけで……」
『あーしの情報収集能力を舐めるなし! 犯人はオマエだし!』
「それは何かの間違いで……」
『うるさいし! 本体が助けに来れない時を狙うとは最低だし!』
「だから、俺じゃなくて……」
『覚えとけよチクショ──!』
涙声で叫び、ガシャガシャと音を立てながら走り去るヤカン。
「話を聞いて無ぇ……!」
試験時間を消費して助けたのに、犯人扱いとか酷過ぎるだろ。
ポイントも入って無いし、最低だよ。
呆然としていると、背後から物音が聞こえた。
『まったく……うるさい人ですね』
背後から現れたのは茶色い犬のヌイグルミだ。
「弓犬! 無事で良かった!」
流れ的に、この人も罠に引っ掛かったと思ったよ。
弓犬はつぶらな瞳を横線一本にして、コクリと頷いた。
『私はあんな醜態は晒しません』
流石は水鞠家のエース。頼りになるな。
「言っておきますけど、罠を作ったのは俺じゃ無くてですね……」
『承知しています』
「話が早くて助かります。色々と大変な事になっていて……」
『何か異変でもありましたか?』
訳の分からない事ばかりだ。
とりあえず真っ先に訊いておきたい事がある。
「従者は俺と接触出来ない……。そう言ってましたよね」
『間違いありません』
「文芸部の笹木が魔法トレーニングの本を持ち帰ったらしいです」
どう考えてもおかしい。魔法使いと関係があるんじゃないか?
弓犬はフムフムと頷く。
『それは珍しい事ではありません』
「え……!?」
『素質がある人間は、マジックアイテムに惹かれる。
この世界には、微力な魔力を持つ人間が存在するのです』
「笹木は……魔法使いって事ですか?」
俺の問いに弓犬が首を横に振る。
『違います。まだ覚醒していません』
覚醒していない……?
「魔法使いの候補生みたいなものか……」
考えてみたら俺もそんな状態だった。
俺の場合は逆で、無意識に魔法的なモノを避けていた気がする。
『文芸部の笹木ですか。念の為、調査をしておきます』
弓犬は取り出したメモ帳に書き込み始めた。
「しかし何でまたこのタイミングで? おかしくないですか?」
まるで俺を妨害しているみたいじゃないか。
『この東谷高校ではよくある事です』
「そうなの!?」
『貴方は既に、何人かの未覚醒者と出会っているはず』
ちょっと待て。まさか……。
すぐに思い当たってしまった。
そんなの、あの二人以外ありえないだろ。
「岩田と清水か……」
考えてみたら雰囲気が水鞠コトリや金髪ギャルに近い。
キャラクターが思い切り魔法使い寄りだ。
……何だ。
あの二人、「本物」だったのかよ。
「だったら三ノ宮も同類だろう。違いますか?」
首を横に振る弓犬。
『三ノ宮菜々子の魔力は封印状態のままです』
「嘘だろ……」
弓犬は書き終えたメモ帳を懐に仕舞い、鋭い視線を向けて来た。
『そう言えば、壁ヤカンを仕留めた罠を作ったのも彼女でしたね』
「弓犬……?」
弓犬は怒りの表情で身体を震わせる。
仲間がやられた事に対し、怒りが込み上げている様だ。
普段は喧嘩ばかりしていたから意外だった。
二人はああ見えて、強い絆で結ばれているのかも知れない。
『三ノ宮菜々子……』
弓犬は俺に背を向け、出口の扉へと歩いてゆく。
足取りは重く、フラフラとして定まらない。
そして背中には両面テープとダンボールの破片が付着していた。
「ダンボール!?」
いやいや、どうなってんのコレぇ。
絶対この人も罠に掛かってたでしょ。
さっき壁ヤカンの事を醜態とか言ってなかった!?
ギリギリ逃げた感が満載だよ! 強がり見せてる場合かよ!
ヤバいのは三ノ宮菜々子だ。
魔法使いの従者のアバター二体を仕留めたって事だぞ。
不思議ハンター辞めてデビルハンターになれるレベルだろ。
……いやいや、関心している場合じゃない。
早く次の場所に移動しないと。
地学準備室から退室。
向かった場所は写真部の部室だ。
カメラはマジックアイテムじゃ無かった。
前に調査で訪れた時に、俺はそう判断している。
それは正解だと思う。
だが俺は、そこで大事な事を見落としていたんだ。
カメラはマジックアイテムじゃない。
だったら、魔法に関与していたのはカメラを使った人物の方だ。
従者のアバターを撮影したのは誰だ?
写真部の扉を叩くと、前と同じ一年の男子生徒が姿を見せた。
俺の顔を見るなり、廊下へ出てきて扉を閉める。
これはかなり警戒されてるな……。
どうやら俺が不思議ハンターと関わっている事がバレているらしい。
「怪異の写真を撮った人物について訊きたいんだけど……」
「ああ……またその話か」
既に不思議ハンターから聴き取りがあったらしい。
かなり面倒臭そうにしている。
「実を言うと、ハッキリとは分からないんだ」
「どうしてだ?」
「写真部の部員には全員心当たりが無いからね」
「マジかよ……」
いきなり手掛かりが途切れたか。
「だから写真を撮ったのは笹木さんだと思うよ」
「笹木……!?」
また笹木の名前が出て来たぞ!?
「文芸部のか?」
「そうだよ」
それはあり得ない。
何で文芸部の笹木がカメラを? だってあれは……。
「カメラは写真部の部員しか使えないって聞いていたけど……」
「ああ。文芸部なら申請さえすればオッケーなんだよ」
「文芸部が?」
「ウチも文集に写真を提供したりして、色々と提携しているからさ」
「なるほど……。それでか」
「顧問も同じだしね」
「……え?」
写真部と文芸部の顧問の教師が同じ……。
そんな繋がりがあったのか。
「誰が顧問なんだ?」
「教頭の島村だよ」
「教頭…………!?」
点と点が結びついた。
頭がフル回転し、パチパチとパズルが組み上がってゆく。
だが、それを阻害するかの様にスマホが震えた。
「こんな時に……!」
震える手でスマホを確認。
魔法アプリからのメッセージが二件。
何だよ、これ。
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
『@#&#@@ マイナス二十ポイント』
マイナスが……二回連続で……。
こんな事は今までは無かった。
結晶体からのマイナスポイントは無効だ。
それなのに、この違和感は何だ?
俺は本当に今のポイントで試験をクリア出来るのか?
こんな戦いを挑んで来る敵だ。まだ終わりじゃ無いはず。
考えろ。
そうだ。俺にはまだ行くべき場所がある。
俺は写真部の部室から離れ、全速力で文芸部の部室に向かった。
文芸部の部室。
七不思議の資料があった場所だ。
残されたヒントはそこにあるんじゃないか?
『日高誠!』
階段を降りる途中、弓犬が道を塞いでいた。
「弓犬!?」
俺が足を止めると、小さな犬のヌイグルミが駆け寄って来た。
『良かった。ここで会えて』
「やはり笹木が関係しているみたいです。何か分かりましたか?」
首を横に振る弓犬。
『ルール上、貴方に教える事は出来ません』
「嘘だろ……」
また謎ルール発動かよ。
『ただ一つ、貴方に言える事があります』
「何です?」
『試験の妨害をしていたのは、水鞠家の従者ではありませんでした』
「は…………?」
『つまり、魔法アプリのマイナスポイントは全て有効になります』
「有効……? 全て……?」
スマホが震えた。
何だよこれ。着信している?
違う。全部通知だ。
振動が……止まらない……!
スマホ手に取り、画面を確認する。
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
マイナスが……マイナスが止まらない!
「何でだよ!」
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
『@#&#@@ マイナス三十ポイント』
「やめろ……! 止めてくれ!!」
『日高誠!!』
「…………!」
弓犬の声で我に返った。
ショックを受けている場合じゃない。
このマイナスが有効になれば、間違いなく俺は試験に失格する。
水鞠コトリと、二度と会えなくなる。
──そんなのは、絶対に嫌だ。
「くっそぉ!」
その場から走り出し、階段を駆け降りる。
現在の時刻は十七時三十二分。
時間は残り少ない。
試験終了の十八時までに結晶体を破壊する。
俺に残された方法はそれしか無い。
早く……行かないと。
でも何でだよ。
階段が……。階段が終わらない……!
視界は赤い光に塞がれ、世界が反転してゆく。
耳の奥で鈍い金属音が繰り返された。
キキキ……キキキ……




