第29話 日高誠と東谷高校七不思議
魔法入部試験二日目の朝を迎えた。
東谷駅に向かう満員電車の中、ドア脇のスペースでスマホを開く。
ここまでの成果を、魔法アプリで確認しておこう。
現在の獲得ポイントは二十三ポイント。
昨日は帰宅した夕方から深夜まで魔法トレーニングを継続。
「魔法リンゴの皮剥きタイムアタック」
「魔法ひとり紙相撲」
「魔法早口言葉十連発」
以上三つの課題をクリア。僅かだがポイントをゲットした。
入ったポイントが少ないのは仕様なんだろう。
それはいい。だが、ひとつ納得いかない点がある。
苦労した早口言葉が一ポイント。
なのに秒で終わった紙相撲が八ポイント。
いやいや、何でだよ! 意味が分からん。
それなのに魔法トレーニングを見られたらマイナス二十ポイント。
リスクの割にリターンが少ない謎のミニゲーム状態だ。
そんな緊張が続いているせいだろうか、疲労が半端ない。
あまりのダルさに朝が起きれず、電車に乗り遅れる始末だ。
こんな事なら早々にトレーニングを切り上げれば良かった。
追い討ちをかける様に、車窓には水滴が目立ち始めている。
二日目は最悪のスタートってヤツだ……。
絶望感に頭を抱えていると、手にしていたスマホが振動した。
魔法アプリのメッセージが一件。
『@##&◎*』
文字が変だな。バグってるのか?
システムの不具合かよ。何もかも雑過ぎるだろ。
俺には従者と連絡する方法が無い。
致命的な不具合なら、そのうち勝手に修正されるだろう。
* * *
昼休み。
弁当を空にした後、俺はひとり一組の教室を離れた。
向かったのは別棟一階、文芸部部室。
一日目で三ノ宮が巡っていた場所の内、一番長く居た場所だ。
もしかしたら何かヒントがあるのかも知れない。
文芸部部室の扉の前に立ち、ノックした。
反応が無いので、もう一度ノック。
やっぱり返事は無し。
誰も居ないのか? とりあえず開けてみるか。
扉に手を掛けた所で、背後から声がした。
「文芸部に用?」
振り向くと、そこには知らない男子生徒が立っていた。
学年カラーは三年生。
いかにも真面目そうな、眼鏡を掛けた秀才タイプといった外見だ。
気配が全く無かったぞ。いつの間に居たんだ?
男子生徒は眼鏡を指で持ち上げる。
「もしかして、君が日高君?」
「名前を……?」
「俺は部長の柳沢だ。まあ、せっかくだから入って行きなよ」
男子生徒の手によって扉が開かれる。
鍵は掛けられていなかったらしい。
唐突な展開、謎の登場人物。
もしかして新しいイベントでも始まったのか?
だったら乗るしか無い。このビッグウェーブに。
「失礼します」
狭い部室だ。
どうやら空き教室の準備室を利用している場所らしい。
壁に沿って囲む様に配置されている背の高い本棚。
いかにも文芸部、といった雰囲気だ。
中央には長机と四つのパイプ椅子がある。
そこで女子生徒が一人、弁当を食べていた。
学年カラーは二年生。
……中に人が居たのかよ。
その短い髪の女子生徒が、渋い表情で睨みつけて来た。
「何か用ですか?」
「あ、えっと……」
歓迎されていない様だ。
額を大きく出した容姿もあって、そんな表情がハッキリと分かる。
さっきのノックは無視されていたとみて良さそうだな。
「まあまあ、座ってくれよ」
そう言って和やかな表情で俺を部室へと迎え入れた。
俺は女子生徒の冷たい視線に耐えつつ、席に着く。
そこで柳沢が話を進めた。
「実は三ノ宮さんから聞いていたんだ。
日高って男が突然来るかも知れないから気を付けろって」
「三ノ宮が?」
気を付けろって、何だ? 謎のライバル心を出し過ぎだろ。
俺が尾行していた事に気付いていたのか?
もしくはこの場所に来る予感があったのか。
どちらにしても侮れない奴だ三ノ宮菜々子。
「三ノ宮はここで何をしているんです?」
「これだよ」
部長が背後の本棚から薄いファイルを持ち出した。
受け取ったファイルのタイトルを見て、思わず声が出る。
「東谷高校七不思議……?」
いや、高校生にもなって七不思議とは。
普通なら赤面しちゃう所だよ。
「これはおそらく、過去の部員の誰かが作成した資料だと思う」
「資料……?」
「小説を書く為の資料だよ」
「あ、なるほど……」
そう言えばここは文芸部だった。
柳沢は苦笑いして、ファイルを指差した。
「どこから聞き付けて来たのか、いきなり三ノ宮さんが突撃して来てさ。
これを検証させて欲しいって言うんだよ」
すると女子生徒が不機嫌そうに「迷惑な話です」と付け加える。
こちらも「ですよね」としか思えん。
「見てもいいですか?」
「どうぞ」
ファイル自体は使い込まれている古い物だが、中の紙は新しい。
文字はパソコンで打ち込まれていて、所々に画像が挿入されている。
とりあえず目を通してみるか。
一枚目は七不思議のタイトルがズラリと並んでいる。
東谷高校七不思議
美術室の動く仔牛の頭蓋骨
音楽室の夜中に鳴るピアノ
夜中に増える昇降口の階段
一部分だけ深くなるプール
文芸部の笑う本棚
体育館の滑る床
不思議なモノが写る写真部のカメラ
スマホが異常動作する男子トイレ
……なるほど。
うん。これはあれだ。いきなり不思議な事が起きている。
お分かり頂けたであろうか……。
「これ……八つありますけど」
「まあ、七不思議なんてのは単なる名称でしか無いみたいだよ」
「意味が分からないのですが」
「東谷高校は昔から変な事が起きる場所でね。増減するらしい」
「雑過ぎませんか!?」
いや、だからこそ魔法使いが関わっている可能性が高い。
現に「トイレの個室」は像換獣の故障だった。
これは従者が用意したヒントだ。
ちゃんとフォロー体制があると分かってホッとした。
最後まで放ったらかしだと思ってたよ。
これで三ノ宮の行動パターンの謎は解けた。
何て事は無い。このリストを見て行動していただけだった。
不思議オーラ云々の話は三ノ宮の思い込みだ。
リストを見て頷いていると、部長が含みのある笑みを浮かべた。
「日高君もオカルトに興味があるのかい?」
「まあ、それなりに……」
興味があるどころか、がっつりオカルト側の人間だよ。
「七不思議を調べたいのなら、文芸部も協力させてもらうよ」
「協力……?」
「この題材なら面白い作品になると思うんだよ」
ああ、そう言う事か。
確かに壮大なファンタジー作品になるだろうな。ガチだけに。
だからこそ無理無理!
部外者を魔法現象に巻き込む可能性がある。
単にポイントがマイナスになる危険度がアップするだけだ。
「すみませんが……」
「そこを何とか。僕は昔からこの手に縁が無くてね」
懇願する部長の姿を見て、女子生徒が溜息を吐いた。
「部長。もう諦めて下さい」
突き放した言葉に部長がわざとらしく肩をすくめる。
「ダメかぁ。いや、実は三ノ宮さんにも振られてね」
「……ですよね」
三ノ宮はソロプレーヤーを決め込んでいる。
メタルなスライムを仲間にするよりも高難易度だろ。
しばらく無言でファイルの内容に目を通し続ける俺。
それが終わった後、部長に視線を向けた。
「本棚を調べてもいいですか?」
「どうぞ」
笑顔で答え、部長は女子生徒と共に昼食の続きを再開させた。
俺は本棚の前に移動し、深呼吸をしてから目を閉じる。
文芸部の笑う本棚。
夕方遅くになると本棚から軋む音が鳴る。
それが何故か不気味な笑い声に聞こえる。
そうファイルには記されていた。
想像するに、振動か音を制御する像換獣が関係しているって所だろう。
「ダメだ……」
全く魔法的なモノは感じない。
やはり夕方ってのがポイントなのか?
だとしたら、今の時間は他を当たる方が良さそうだな。
壁面に沿って移動する。
難しそうな本の背表紙を端から眺めながら視線を動かしてゆく。
「…………ん?」
一際目立つ本にぶち当たり、そこで視線を止めた。
重厚感のある紋様に対してアンバランスな緩い文字フォント。
「魔法トレーニング……初級編!?」
俺は素早く手に取り、パラパラとページをめくる。
内容は俺の持っている本とほぼ同じ。トレーニング内容が一部違うみたいだ。
尻ポケットに入れていたスマホが震えた。
スマホを手に取り画面を確認する。
新しい魔法アプリのメッセージが一件。
『マジックアイテムを発見した。プラス十ポイント』
ポイントゲットだ。いい流れが来てるぞ。
俺はそのままの勢いで部長の元へと駆け寄った。
「すみません! この本を借りていいですか?」
すると部員の女子生徒が冷たい視線を向けて来た。
「部外者には貸出し出来ません」
「あ……そうなんですか」
「だったら部員になるかい? 募集中なんだ」
「いや、それは……」
困惑した表情をしていると、柳沢部長は優しく微笑んだ。
「気が向いたらで構わないよ。文芸部はいつでも歓迎する」
その直後、女子生徒が俺を睨み付けて来た。
どう見ても歓迎されて無ぇ……!
完全に三ノ宮の仲間だと思われてるだろ。
俺の知らない所で何をやらかしているんだ三ノ宮。
想像するのも恐ろしい。
刺す様な視線を受け止めつつ、俺はスマホを手に取った。
「なら気になる部分だけ撮影させて貰っていいですか?」
「構わないよ」
優しい部長と文明の利器に感謝だ。
ホーム画面を開き、カメラアプリを探す。
「あれ……?」
いつの間にか新しいメッセージを受信していた。
魔法アプリからのメッセージだ。
『@##が&#&を◎◎*ポイント』




