第28話 日高誠と放課後の追跡
トイレの不思議現象の正体。
それは蟹型ロボットの故障によるものだった。
試しに立体魔法陣を投げつけたらロボットは跡形もなく消滅。
魔法エラーが修正されたらしい。
……なんて三ノ宮に言える訳が無い。
どデカいマイナスポイントになるのは確実だ。
「何も無かったぞ」
そう告げると、三ノ宮は物憂げな表情で固まってしまった。
「無かった……?」
「どんな答えを期待してるんだよ」
「何か……変な事、起きなかった?」
「え!?」
思わず声が出てしまった。
そんな俺の反応を見て、三ノ宮は長い前髪の奥から瞳を光らせる。
うお。怖っ!
「ど、どうしてそう思うんだ?」
「現場に行って来た」
「行って来たって、今?」
「そう。トイレの周りにあった不思議オーラに変化があった」
「不思議オーラ!?」
また妙な事を言い出したぞ。
まさか……。
魔法エラーが消滅した事に気付いているのか?
それはあり得る話だ。
三ノ宮は魔法暴走を起こしている。
魔法使いの素質があったと言われても驚きは無い。
そうだとしたら、このままじゃ色々とマズいだろ。
三ノ宮は自分から魔法現象に突っ込んで行く事になる。
危ないから関わるな、と言った所で逆効果だし……。
ここは少し探ってみるか。
「三ノ宮。その不思議オーラってやつ、他に感じる場所は無いのか?」
「いくつかある。でも、何故か学校の中だけ」
「学校内限定……?」
そんな事が本当にあるのかよ。
いきなり話が怪しくなって来たな。
「それって何処なんだ? 俺にも協力させてくれ」
「………………」
「何で急に黙るの!?」
「私は一人でやりたい」
「一人で?」
「その方が不思議現象に遭遇しやすいと思うし、楽」
「いや、だってさっきは……」
「仕方なく協力して貰っただけ」
「そう言う事かよ」
まあ、現場が男子トイレだ。
ソロプレイではどうにも出来ない状況だからな。
三ノ宮の長い髪がユラリと揺れる。
「じゃあ……これで……」
そう言って教室を出て行ってしまった。
相変わらず自由な奴だ。
それにしたって話が出来過ぎている。
もしかしたらこれは「用意されたシナリオ」ってヤツか?
だとすれば、この一連の流れにも納得だ。
魔法トレーニングはあくまでサブイベント。
『学校内の魔法エラーを見つけ出して修正する』
それがこの魔法入部試験の全容……なのかも知れない。
注意すべきは、不正行為はマイナスになるって事だ。
授業をズル休みでもしたら一発で終わるかもしれん。
まあ、その辺りは理科出来る。何事もルールは必要だからな。
問題は三ノ宮菜々子だ。
試験のコマなのか、勝手に動いているのか……。
敵か味方か……無関係なのかも分からん。
キャラが独特過ぎて判断が出来ねーよ。
そうか。だったら……。
「まずはそこから調べてみるか」
そうと決めた俺はスマホを手にして教室を出た。
廊下の先には三ノ宮の後ろ姿が見える。
俺は無駄の無い動きで廊下の壁にピタリと張り付き、息を止めた。
そう。お得意のストーキングミッションだ。
吉田の話だと、三ノ宮は放課後に怪しい活動をしているらしい。
尾行して確認だ。
* * *
三ノ宮が最初に訪れたのは体育館だ。
出入口付近に立ち、バスケ部やバレー部の活動を眺めている。
小さなメモ帳に書き入れては頷く三ノ宮。
その様はどこぞの代表監督の様な佇まいだ。
と、思ったらそこから移動を開始。
体育館の隣りにあるプールへと足早に向かう。
この雨だ。水泳部は室内で活動中だろう。
そもそも部外者が中に入れる訳が無い。
三ノ宮はプールの入口の柵の前に立ち、中の様子を覗う。
すると突然、奇妙なポーズを取り始めた。
左手を挙げて、片足立ち。ヨガか?
しばらくして、またもやメモにペンを走らせ始めた。
一体何をしてるんだよ……。
それからすぐに別棟校舎の中へと移動。
美術室、音楽室などの教室や部室などに入っては出てを繰り返す。
その度にメモ帳を開く。
これはあれだ。
不思議現象を調査しているってヤツかな。
いつも休み時間に姿を見ないと思ったら、こんな事をしていたのか。
「世界を大いに盛り上げる三ノ宮団」でも結成するつもりかよ。
オカルトへの情熱が強過ぎるだろ。
尾行は続き、時間だけが経過してゆく。
三ノ宮が帰宅する気配は全く無し。
まさか放課後の時間をフルで居残る気か?
次に訪れたのは本棟と別棟の間にある、通称「中庭」。
中庭と言っても、脇にベンチが設置してあるだけの広い通路だ。
リア充達が占拠する場所で、俺は近寄らない様にしていた。
三ノ宮は本棟側のベンチの前に立ち、空を見上げている。
その様子を、俺は別棟側の階段の陰から見守る。
いつの間にか雨は小降りになっていた。
暗い中でも空が厚い雲によって覆われているのが分かる。
そんな中、三ノ宮が空に向けて左手を伸ばした。
また奇妙なポーズだ。
さっきから一体何をしてるんだ?
いい加減、そろそろ何か起きてくれ。
……と心の中で呟いた直後、強烈な違和感に襲われた。
耳鳴りだ。
この感覚は間違いない。
「魔法現象……!?」
校舎の窓がガタガタと音を立てて揺れる。
中庭の奥から出現したのは、魔法エネルギーの塊だ。
それは高速でジグザグに動きながら頭上を通過。
暴風と轟音を引き連れ、遠くの空へと消えて行った。
「像換獣……!」
一瞬だけ姿を見る事が出来た。
サーフボードの様に細長い身体から生える六本の腕。
特徴的なフォルムに見覚えがある。
「ミズスマシ……? 違うな」
何だっけ? あと少しで名前が思い出せそうなんだが……。
そんなタイミングでスマホが震えた。
アプリの通知だ。
すぐにケースを開き、画面を確認する。
『像換獣 風見飴坊を認識した プラス二十ポイント』
ああ、そうそう。アメンボだ。水生昆虫のアメンボ。
って、体長一メートル以上はあったぞ。いくら何でもデカ過ぎだろ。
「風の像換獣の癖に、何でアメンボなんだよ。訳が分からん」
そんなツッコミと共に、不思議と笑いが込み上げて来た。
「はは……。あんなのがゴロゴロいるのかよ……。はは、はは」
俺が思っていた以上だった。
この世界はファンタジーで溢れているらしい。
「日高……!?」
突然の声に振り返る。
そこに居た意外な人物に驚いた。
「志本……?」
東谷高のアイドル的存在、志本紗英。
何でこんな場所に?
その姿を見れば明白だった。
ジャージ姿肩までの髪を後で纏めたスタイル。
いかにも部活上がりといった雰囲気だ。
そう言えばテニス部は室内練習だったな。
志本は青褪めた表情で震えていて、様子がおかしい。
「志本……? 何かあったか?」
「こっちのセリフだけど。何で空を見て笑ってたの?」
「特に意味は無い」
「意味無いの!?」
「あ、いや……」
側から見たら完全にヤバい奴だった。
これからどう誤魔化そうかと考えながら視線を動かす。
「あれ……?」
中庭を見ると、いつの間にか三ノ宮の姿が消えていた。
移動してる!? 何処に?
「悪い志本。今忙しくて……後でもいいか?」
「あ、あのね。実はさっき水鞠さんに話しかけられて……」
「水鞠が!? 何て?」
食い気味に言う俺。
すると、志本の表情があからさまに曇ってしまった。
「日高の様子を聞いて来たよ。頑張ってるか? って。何の事?」
「嘘だろ……」
試験中は魔法使いとの接触は禁止されている。
水鞠が俺を心配してくれているのは嬉しい。
嬉しいけど、状況を訊く相手が違うだろ。アホかあいつは。
志本紗英は視線を下ろし、ジャージの裾を引っ張りながら、
「でね、私、そんなに日高と会ってないから分からないって答えたの」
「そ、そうか」
「そうしたら水鞠さんが『グ、グム〜……』って唸り出して……」
気付くのおせーよ。
志本との関係性が原因であんな事になったんだぞ?
世界のルールが良く分からないまま仲良く出来るわけ無いだろ。
せめて吉田に訊いてくれ!
俺は軽く咳払いをして、
「知ってるかも知れんが、水鞠は変な奴なんだ。気にしないでくれ」
そう雑に答えると、何故か志本が一歩前に踏み出して来た。
何か距離が近……。
「気にするよ。だって私……」
「……え?」
「日高の家から水鞠さんが出てくる所を見てるし……」
「あ……」
あったなぁ。そんな事。
あの出来事は存在していた事になっているのか。
志本は視線を下ろし、
「やっぱり、その……。二人はどんな関係なの?」
そう言った後、顔を赤くさせて俯いてしまった。
えええ……? 何だよ。このシチュエーションは。
水鞠と俺の関係? そんなの俺が知りたいよ!
「いや、友達……だけど」
としか言えないだろ。
すると曇っていた志本の表情が「ぱぁっ」と晴れる。
ちょ、可愛いんですけどこの子。
破壊力凄まじくない?
そうしている間にも志本紗英はあたふたとし始め、
「あ! 私、今汗臭いかも知れないから……ごめんなさい!」
そう言って雨の中を走り去って行った。
い、意味が分からん。
「何だったんだ今の……」
今の反応……まさか。
まだ志本紗英との引き合う力が消えていないのか?
勿体ない話かも知れんが色々と困る。
また透明人間になるのだけは勘弁してくれよ。
「そうだ……」
それよりも今は三ノ宮を探さないと。
ヤバい。完全に見失ってるよ!
移動を開始しようとした瞬間、スマホが振動した。
アプリの通知。またポイントゲットか?
手に取って画面を確認する。
『本日の部活動時間終了』
……終わっちゃった!?
これ以降の時間ではポイントが入らないって意味か。
さっさと帰って魔法トレーニングに励んだ方が良さそうだな。




