第27話 日高誠とトイレの怪異現象
「吉田!!」
身体が勝手に動いていた。
ドアを開けて内部に侵入。中の状況を確認する。
左側に小便器が四つ、右側には個室が三つ設置されている。
よくあるタイプの男子トイレの構造だ。
その中央の通路にはスマホを手にする吉田の姿があった。
「な、何だぁ!? どうしたいきなり」
驚いた表情のまま固まる吉田。
俺はその姿を見て、異変が無い事を確信した。
「もう時間だぞ」
「おお。俺も今出ようとした所なんだよ」
「何か起きたか?」
「いや、変化無しだな」
そう言って吉田がスマホの画面を見せて来た。
「何も起きていない……」
だったら、さっきの激痛は何だったんだ?
俺の勘違い……?
いや、それだけでは終われない。確認をしておきたい。
吉田がスマホをポケットに納めた後、出口の前に立つ。
「どうしたんだ日高。早くしないと授業に遅れちまうぞ」
「悪い。三ノ宮と一緒に先に行ってくれないか? 急に腹が痛くなった」
ワザとらしく腹を押さえてみたりしてみる。
「おお、分かった。行ってるぞ」
吉田は心配そうにしながらトイレから退出した。
嘘を吐いて授業に遅れるのは気が引ける。
だが他に方法が思い付かなかった。
ドアが閉められ、別棟三階の男子トイレの中は一人だけになった。
俺は一歩、二歩と室内を奥に進む。
静寂の中、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
違和感は確かにある。
でも室内に変化が無いのは何故だ?
やはりスマホが無いと魔法現象は起きないって事か……?
いやいや、だったら吉田の時に何も無かったのはどう説明するんだよ。
自分の感覚を信じろ。何かがあるはずだ。
深呼吸の後、意識を集中させる。
すると奥の景色が蜃気楼の様に歪んで見えて来た。
「何だ……?」
閃光が瞬く。
視界は一瞬で吹き飛び、白い壁に包まれてしまった。
眩しくて目が開けられねぇ……!
どうなってんだコレ。何が起きた?
一つだけハッキリしている事がある。
これは魔法現象だって事だ。
バチバチと弾ける音が耳を貫いた。
それと引き換えに閃光が収まってゆく。
辛うじて目が開けらる状態になると、その正体が浮かび上がった。
奥の壁際に転がる光る物体から、稲妻が放出されている。
……って、何だよあれ。
ムカデだ。
体長一メートル程の巨大なムカデが頭を向けている。
「いきなりファンタジー展開かよ」
魔法現象どころじゃ無い。完全にモンスターじゃねーか!
アレを倒したらポイントが貰えるって事か?
だったらせめて最初に百ゴールドか銅の剣を持たせてくれ!
丸腰だぞ!? どうやって相手すりゃいいんだよ!
「イテッ!?」
指先に稲妻が触れたらしい。
派手なエフェクトの割にはチクッとした静電気並みの威力。
何だよ、見掛け倒しか?
そうは言っても素手で攻撃したらどうなるか分からん。
ここで逃げたらポイントがマイナスになるパターンもあり得る。
だったら……。
俺は左手に意識を集中させ、強く握りしめた。
頼む。出て来い。
そう願いながら指を拡げると、掌に青白く光る球体が転がった。
それはビー玉の様に変化し、複雑な紋様が浮かび上がる。
立体魔法陣……!
うおぉ……。
こんなに上手く行くなんて思わなかったぞ。
ダメ元でも何でもやってみるもんだ。
あれから一度も成功していなかったのに、凄えな俺!
もしかして、あんなトレーニングでも効果があったのか?
立体魔法陣は魔法エネルギーが結晶化したものだ。
ならばあのムカデにだって当てる事が出来るはず。
俺は立体魔法陣を右手に持ち替え、大きく振りかぶった。
「当たれ!」
体重を乗せて思い切り投げつける。
コントロールされた小さな球体は、光の尾を引きながら突き進んだ。
そのままムカデに直撃。
ムカデは衝撃と共に派手に吹っ飛び、壁に激突した。
しばらく壁に貼り付いた後、「ズサリ」と床に崩れ落ちる。
おお……!? 効果は抜群ってヤツだ!
当たればラッキー位に思っていたが、こんなに上手く行くとは。
倒せたのか? 経験値は入るのか?
宝箱……アイテムは落としていないのか?
謎にテンションが上がる俺。
動かなくなったムカデと少しづつ距離を詰める。
纏っていた雷は消え、次第にその真の姿が明らかになった。
「これは……!?」
ムカデじゃ無い……!?
その正体に驚いた。
「蟹だな」
ムカデじゃなくて蟹でした。
勘違いしたのには訳がある。
六匹の蟹が縦に並んでいて、それぞれが光る糸によって繋がれていた。
縦になって持ち上がっていたんだ。
遠目からだと蟹だと認識出来る訳が無い。
にしても、こいつが不思議現象の原因なのか?
この状態からどうすりゃいいんだよ……。
一匹が体長二十センチ程の蟹だ。
それぞれがハサミと脚がワキワキと動いていて気持ち悪い。
虫とか蟹とか海老なんてのは苦手なんだよ。
複眼とか節とか外骨格とか宇宙人かよと思う。
「ん……? 何だこれ」
よく見れば、並ぶ六匹の蟹うち一匹だけ左方向を向いている。
もしかして、これのせいでエラーになっている?
まさかな……。あからさま過ぎるでしょ。
「とりあえず向きを直してみるか……?」
さんざん苦手とか言いながら、あっさりと好奇心が勝ってしまった。
魔法の蟹へ恐る恐る手を伸ばす。
「痛っ!?」
また静電気か?
指先にビリッとした痛みが走った。
その感覚は徐々に加速してゆく。
「イテテテテ!! イテッ!?」
蟹から電流が放出されている!?
謎の電撃攻撃は何度目だよ。こっちは飽き飽きなんだよ!
そして地味に痛え……!
足に力が入らない。
このままじゃトイレの床に転がる事になる。
罰ゲーム過ぎるだろ。絶対に無理!
そんな事を考えながら必死に激痛に堪え十数秒が経過。
突然「すん……」と電撃が停止した。
「何だ!?」
それと同時に蟹の姿が消えている。何処へ行った?
見渡してみるが蟹の姿は何処にも無い。
完全にこの場から消滅している様だ。
「マジで……意味が分からん」
戦闘終了のファンファーレも無い。
代わりに五時間目の開始を告げるチャイムが鳴り出した。
とりあえず、教室に戻るか……。
* * *
放課後。
吉田を部活に送り出した後。
鞄を机の上に置き、これからの行動について考える。
俺は魔法試験を甘く見ていた。
まさかの丸腰でモンスター退治だよ。鬼畜すぎるだろこの試験。
しかも説明がゼロとか、どうかしてるぞ。
説明……。
待てよ……?
そうだ。完全に忘れていた。
俺には情報を得る方法があったじゃないか。
すぐさまバッグのファスナーを開ける。
そして底に転がっていたスマホに手を伸ばした。
周りに見られない様にバッグの中でスマホの画面を確認。
新たな通知が三件。
謎の魔法のアプリの通知だ。
なるほど、こうやって情報を集めながら試験をクリアしろって事だな。
どれどれ。
通知をタップ。
『故障した像換獣 電伝六蟹を認識した。プラス二十ポイント』
んん……!?
像換獣って何だ? 召喚獣じゃなくて?
アレを認識しただけでポイントが入ったのか。
召喚獣だったらレトロゲームの中に登場していたから分かる。
精霊やモンスターと契約し力を借りて戦うアレだ。
でもここに記載されているのは像換獣。
つまりは別のものって事なのか?
よく見ると、「像換獣」の文字にリンクが貼られているな。
タップしてみるか。
実行するとブラウザが立ち上がった。
表示されたのは魔導書的な雰囲気が漂う謎のサイトだ。
そこに書かれている内容を見て驚いた。
像換獣
魔法士の負担を軽減する為に開発された魔法制御装置。
小さな魔法エラーを自動で修復させる魔法ロボット。
様々な生物の形を模している。別名 魔法生物。
あの蟹……モンスターなんかじゃ無かったのかよ。
「魔法制御装置……」
その名前には覚えがある。
俺の存在が消えかけた時、魔法制御装置が故障したとか言っていた。
その時は突風やら雷やらが起きて……。
そうだ。トラックをコントロール不能にさせたりしていた。
あの時の制御装置も何かの生物の姿をしていたって事か。
わざわざ蟹の姿にしていたのは何か理由があるのだろうか。
続けて別のリンクをタップする。
謎のステータス画面が表示された。
電伝六蟹〈デンデンロッカイ〉
召喚難度 A
操作難度 A
修正能力 F
攻撃能力 無し
守備能力 F
総合ランク F
蟹の姿をした像換獣。
電気と電波の魔法エラーを修復する能力を持つ。
故障時には強力な電流を放出する場合があるので要注意。
稀に精密機械を誤作動させる。
「電気、電波……」
水鞠と遮断された時に魔法で引き寄せていたのはコレだったのか。
それにしても名前が漢字とか、全くファンタジーじゃない。
魔法使いの考える事はよく分からんな。
次は二つ目のメッセージを確認だ。
『魔法エラーを修正した。 プラス四十ポイント』
キタ!
デカいポイントゲットだ。
立体魔法陣を投げつけただけでエラー修正になるのか!
いや、待てよ。
思い返せば水鞠もエラーを起こした像換獣を破壊していたな。
故障した像換獣の破壊がエラーの修正になるって事か。
いいぞ! ノって来たぁ!
最後に三つ目のメッセージを開く。
『不正行為が発覚。マイナス六十ポイント』
うおお!?
何でだよ! また振り出しだよ!
不正行為って何だ。
思い当たるのはワザと授業を遅刻した事くらいで……。
「まさか、それが理由で減点!?」
水鞠は言っていた。「普段通りの行動を心掛けろ」って。
あれはそういう意味だったのかよ。
「日高君……」
「…………!?」
視線を上げると、虚な目をした三ノ宮菜々子が立ち尽くしていた。
また気配を全く感じなかったぞ。
忍者の末裔か何かかよ。
「ど、どうした三ノ宮。何か用事か?」
三ノ宮菜々子が前髪の奥から目を見開く。
「昼休み……トイレで何があったの……?」
……はい?




