第18話 日高誠と魔法制御装置
ガラス戸の揺れが一段と激しさを増す。
まるで部屋全体が振動している様な錯覚に陥った。
そうだ。この展開は間違い無い。
来てくれたんだな水鞠!
ガラス戸に視線を向けたまま魔法使いを待つ俺。
すると、不意打ち気味に背後の扉が開かれた。
そこに現れたのは魔法着姿の水鞠コトリだ。
「こっちだよ」
「そっちかよ!」
いつものガラス戸破壊じゃないのかよ。
て言うか、その格好で玄関から入って来たの!?
「今は魔法エラーが酷くて魔法を使える状況じゃないんだ」
水鞠コトリは右手で三角帽子のつばを引いて答えた。
いつに無く深刻な面持ちだ。
「一体何が起きているんだ? 外が異常気象になっているぞ」
「説明するよ」
一言告げた後、水鞠コトリは行儀良く扉を閉めた。
ズカズカと部屋へ侵入し、俺と対峙する。
「領地内に点在している魔法制御装置が一斉に故障した。
水鞠家総出で修正している所だよ」
「魔法制御装置……?」
水鞠がコクリと頷く。
「水鞠家の管理地は特殊な環境でね。
魔法エラーを自動処理する制御装置を大量に設置しているんだ」
「さっき目の前でトラックがスリップしたんだよ。
その事と何か関係があるのか?」
「それはおそらく魔法摩擦の制御装置が壊れたんだね」
摩擦……。なるほど、そういう事か。
「それが何で急に壊れ出したんだ? 何が起きたんだよ」
「それはアタシのセリフだよ。
一体何があった? 志本さんがこの家にいるのは何故?」
「う……!」
どうやら俺のせいらしい。
そう言われても色々あり過ぎて、何から話したらいいか分からん。
発端は確か……。
「志本に尾行されていたんだ。水鞠が居なくなってから本人が現れた。
その辺りから世界がおかしくなった気がする」
「それだけ?」
水鞠が腕を組み、睨み付けて来た。
「引き寄せる魔法を使った。
車に轢かれそうになった志本を助ける為だ。
もしかして、それが原因なのか?」
水鞠は横に首を振る。
「関係はしてるけど、直接的な原因じゃ無い。
魔法のエラーで発生した事故を魔法を使って回避したんでしょ?
それは未来改変に当たらない。『修正』だからね。他に異変は?」
他にあったっけ? 異変……。そうだ。
「関係あるか分からないが、ムチャクチャ強引な流れがあって……。
今にも志本と家族ぐるみの付き合いが開始されそうなんだよ」
「それだね」
「それなの!?」
水鞠は深い溜息を吐いて、
「これで分かったよ。この現象の正体が」
「冗談だろ? 今回も違うってパターンじゃないのか?」
て言うか、志本の件は何度も訴えていただろ。
何で今さらドヤられているんだよ。納得いかねーよ!
「説明は後でするよ。もう時間が無い。アタシに付いて来て」
颯爽と魔法着を翻して部屋を出て行く水鞠。
俺はそれを追いかけ、呼び止める。
「ちょっと待て水鞠。何処へ行くつもりだ?」
水鞠は階段の途中で止まり、見上げる様に振り返った。
「アタシん家。今から日高を強制封印する」
「封印……って、そんな事をして大丈夫なのか?」
俺を消そうとしている犯人が分からないままなんだぞ?
水鞠は三角帽子を下げ、一旦俺の視線から逃れる。
「確かに誰かの妨害によって封印に失敗すれば、日高は消滅する。
そうなったらもう助ける事が出来ない」
「ちょっと待て。消滅って、透明人間にすらなれないのかよ……」
ショックで目の前が真っ暗だ。
そんな様子を見た水鞠が、階段を登って俺との距離を縮めて来た。
「それだけ今の状態が不安定なんだよ。
でもアタシの仮説が正しければ成功出来るはず」
「本当か?」
「アタシの家なら魔法の成功率を上昇させる事が可能なんだ。
さっさと行くよ!」
いきなり水鞠に手首を掴まれた。
グイグイと引っ張られながら階段を降りてゆく。
「なあ水鞠。家族に一言だけ言って来ていいか?
いきなり居なくなったら心配するだろ?」
「無駄だよ」
「え……?」
「残念だけど、日高はもう認識されていないよ」
「……! もう透明人間になっているのか」
絶体絶命のピンチってやつかよ。
玄関を出ると、あれだけ降っていた雨が嘘の様に止んでいた。
だが空には稲妻が走り、風が吹き付けている。
またいつ豪雨になってもおかしくは無い状況だ。
水鞠が門の手前で立ち止まる。
そして脇に停車されている赤い自転車を指差した。
「早く乗って」
「了解」
すぐさま後部の荷台に飛び乗った。
「そっちじゃない。前だよ」
「前!?」
「ちょっと待て。これって魔法自転車だろ?
もしかして俺が操縦するのか!?」
出来る訳ねーだろ。最高時速六十キロ出る化物だったよな。
無茶過ぎる!
「言ったでしょ。今は魔法が使えないんだ。
制御装置に悪影響を与えるからね。
アタシは荷台から自転車に魔力を補給をする。日高が運転して」
「ヘルメットは?」
「必要無い」
「流石に二人乗りはマズイだろ」
「魔法自転車は二人乗り可能だよ。魔法道路交通法に違反しない」
「マジかよ……」
また変な設定が出て来やがった。
これは諦めるしか無い様だ。
俺は星が瞬く夜空を見上げ、ゆっくりと深呼吸をした。
そして魔法自転車のハンドルを手に取り、小さなサドルに腰を置く。
「何処へ向かえばいい?」
「まずは学校へ向かって。その先にアタシの屋敷がある」
「了解」
ペダルを踏み込むと同時に振動が体を包み込んだ。
そして謎のエンジン音が響き渡る。
「魔法エンジンだよ。詳しい説明が必要?」
「いや、今はいい。後にしてくれ」
チェーン周りに取り付けられた謎のパーツ群から煙を上げた。
ゆっくりと自転車が走り出す。
「うおお……!?」
体感した事のないスピードに思わず悲鳴を上げる。
すると後の荷台に座る水鞠が俺のシャツを掴んで来た。
「時速は二十キロ以下に調整している。落ち着けば大丈夫」
「りょ、了解」
水鞠の言った通りだった。
夜道に目が慣れて来た頃には余裕が生まれて来た。
自然と普通の自転車と変わらない感覚で操縦出来る様になっている。
魔法使いの少女を乗せた二人乗りの自転車が街中を駆け抜ける。
パトカーの横を通過しても問題ない。
周りからは俺達の事が見えていない様だ。
これならフルスピードで無くとも早く辿り着けるだろう。
最高の気分じゃないか!
この大ピンチな状況じゃなければの話だけどな。
闇夜に一筋の光が走る。
落雷だ。続いて激しい地響きが車輪に伝わった。
「大丈夫なのか!?」
「心配しないで。
あれでも従者達がどうにか抑えていてくれているんだ。日高、前!」
「何だ!?」
霧だ。
道を塞ぐ様に視界ゼロの深い霧が現れた。またコイツか。
「日高! やや左に移動しつつ、そのまま進んで。
すれ違いながらエラーを修正する」
「了解」
言われたままスピードを落とし、霧の中へと突っ込む。
その直後「ドスン」と鈍い音が響き、一瞬で霧が吹き飛んだ。
「何をしたんだ!?」
「装置が壊れてたからパンチで破壊した」
「結局パンチかよ!」
確かにエラーごと無くなったかもしれないが、それでいいのかよ。
全く意味が分からん。
そんな事を何度か繰り返しているうちに、東谷高校を通過した。
水鞠の指示に従いながら進み、深い森へ入る。
ここは科学室の窓から見えていた場所だ。
東谷高校の周りは田畑が多く、小さな小川が流れている。
その一画にある異様に大きな森。
今まさに、その中を走り抜けていた。
舗装されていない草だらけの野道を二人乗りで軽快に進む。
病みつきになりそうな程気持ちがいい。
これぞ魔法って感じだな。
「見えたよ。止まって」
水鞠の言われるがままブレーキかける。
タイヤが砂煙を上げ、車体を斜めにスライドさせながら急停止した。
それと同時に水鞠が荷台からジャンプ。
空中で二回転してから華麗な着地を決める。
俺は魔法自転車を横倒しにして離れ、先に待つ水鞠に駆け寄った。
目の前にあるのは古びた洋館だ。
夜で視界が悪く確認出来ないが、かなりの大きさがありそうだ。
「これぞ魔法使いのアジトって感じだな」
「行くよ。中は荒れているから注意して」




