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引力と猫の魔法使い 【リメイク版】  作者: sawateru
第一章 引力魔法と科学室の魔法使い

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第16話 日高誠と日高美希

 突然、目の前が真っ白になった。

 頭の中に映像が流れ込んで来る。


 夏の暑い日。

 蝉の鳴き声。


 俺はベッドの上で目が覚める。


 激しい動悸と大量の汗。

 異変を察知した俺は、部屋を飛び出す。

 そして猛スピードで階段を走って降りていった。


 ……この映像は何だ?

 まるで違うカメラから覗いている様な感覚だ。

 そうだ。

 これは六年前の出来事だ。


 俺は一階に降り、まっすぐにリビングへと向かった。

 広い空間には、二人掛けの大きなソファが二つ配置されている。

 そこには痩せ細った幼い美希が寝間着姿で横たわっていた。


『美希……どうした?』

 すぐに駆け寄り、声を掛けた。

 美希は何かに怯えた様子で酷く震えている。


『大丈夫か? また怖い夢でも見たのか?』

『お兄ちゃん……』

『美希……?』


 目の前に居る俺と視線が合わない。

 まるで水中で踠く様に両腕を動かし続けている。


『お兄ちゃん……お兄ちゃん……』

『美希……!』

『お兄ちゃん……』

『ここにいるぞ』




『助けて、お兄ちゃん……』

 



 キキキキキキキ……。


 

 金属音が遠退いてゆく。


 

「思い出した様だね」

 水鞠の声で意識が戻った。


 微かな月明かりに照らされている狭い路地。

 そこに軽自動車がやって来て、窮屈そうに通過していった。


「俺の記憶は消されていたのか」

「違うよ。『消えていた』んだ」

「消えていた……?」

「魔法使いでないと、結晶体の存在は記憶に残らない」

「そうか……!」

 その時の俺は、まだ魔法使いじゃ無かったから……。


「水鞠家のデータバンクに記録されていたんだ。

 日高誠と日高美希の二名。結晶体からの攻撃を確認。

 従者の手により対象を殲滅……ってね」


「水鞠が助けてくれたんじゃ無いのか?」

「うん。当時のアタシは現場の仕事をしていないからね」


 水鞠は一度視線を逸らした後、意を決した様子で、

「六年前の情報を教えて。

 もしかしたら、犯人の結晶体と関係があるのかも知れない」


 今の俺は昔の出来事が鮮明に思い出せる様になっている。

 さっきの映像を見てからだ。


 忘れていたかった過去。

 都合の悪い記憶。

 それはギチギチに圧縮され、脳みその片隅に押し込められていた。

 それが今、解放されている。


「水鞠。その記録とやらには詳しく書いてないのかよ」

「当時の水鞠家はトラブル続きでね。

 対応した従者が誰なのかですら特定出来ない状況なんだよ」

「そうなのか……」


 仕方がない。

 気分は乗らないが、水鞠に話すしか無さそうだ。

 俺は深呼吸をしてから、ゆっくりと歩き出した。

 水鞠もそれに合わせて動き出す。


「よくある話だよ。妹はイジメにあって不登校になっていた。

 ま、全部俺のせいなんだけどな」


「日高のせい? それって、どう言う意味?」

「なんて言うか……話が長くなるんだが」

「構わないよ」

「昔はこう見えても俺、勉強もスポーツ出来るリーダー的存在でな」


「え…………!?」

 水鞠の奴、何かショックを受けてるぞ。

「失礼な奴だな。小四まではそうだったんだよ。

 何かと周りから便利に使われている内に調子に乗っていたんだな。

 色々な相談や依頼を受ける様になっていた」


 借りパク問題、イジメ問題、家庭の問題。

 他人のプライベートな問題にも、自分から関わる様になっていた。


 きっと運が良かったんだろう。そんな問題も簡単に解決していった。

 まるで気分はスーパーヒーローだ。


「そんな馬鹿な兄を妹は尊敬していたらしい。

 俺の真似をして、上級生に虐められていたクラスメイトを助けた。

 その代わりに、イジメの標的が美希になった」


 勿論、それに気付いた俺は黙っていなかった。

 上級生だろうが関係無い。直接会って話を付けてやった。

 先生からも信頼の厚い俺に逆らえる奴なんていない。

 そんな事を本気で思っていたんだ。


 美希に対するイジメは無くなった……はずだった。

 でも美希の様子が日に日におかしくなって行った。


 食欲が無くなり、眠れない日々が続いた。

 身体はボロボロになり、学校へも行けなくなった。

 このまま死んでしまうんじゃないかって、本気で思った。


 俺のせいだ。

 他にも方法はあったはずなのに。

 俺が何もしなければ、美希がこうなる事は無かった。

 ……そう感じていた。

 身勝手な自分の行動に死ぬほど後悔した。


 だからヒーローを引退する事にした。

 そして、あらゆる物事から距離を置く事にしたんだ。


 するとどうだ?

 それまで俺を持ち上げていた取り巻きは他の奴にアッサリ鞍替えだ。

 俺はいきなりボッチになった。

 結局、最初から友達なんて居なかったんだと、その時に思い知った。


「しばらくしてからだ。美希の体調が急に回復して……」

「その時に結晶体が破壊されたんだね。

 日高の妹は精神攻撃を受けていたんだよ」


「精神攻撃……」

 三ノ宮菜々子が生み出した結晶体と同じタイプか。

 美希のあの様子だ。

 きっと遊園地とか水族館みたいなノリじゃなかっただろう。

 酷い世界に閉じ込められていたに違いない。


「何で俺は、あんな事をしていたんだろうな」

 俺が自虐的に言うと、水鞠コトリは口をモグモグとさせた後、

「六年前の日高はきっと、結晶体を感知していたんだ」

「感知?」

「魔法使いとして、覚醒し始めていたから……」

 

 俺はあの時、魔法使いになりかけていた?

「じゃあ俺は……」

「そう。対象の人間と関わる事で結晶体を破壊していたんだよ」

「嘘だろ……」


 だから六年前、あんな訳の分からん行動を繰り返していたのか。

 思い返してみれば、そうかも知れない。

 問題と対峙した時は、いつも耳鳴りがしていた気がする。

 俺は、無意識の内に魔法のエラーを修正していたんだ。


 だけど、美希を攻撃した結晶体だけは勝手が違った。

 本物の魔法使いじゃないと、勝てない相手だったんだ。


「日高。相手の情報を教えて」

「当時は六年生だった。

 苗字は確か棚島……下の名前は分からない。性別は女」


「すぐに調べてみるよ」

「犯人はそいつなのか?」

「分からない。話を聞いた感じだと繋がりは薄いかもね」

「そうか。一応、俺の方も詳しい情報を調べておく」


 そこで水鞠は首を横に振る。

「日高はまだ昔の記憶に深く関わらないでいて。

 無理に急がない方がいい」

「……了解」

 

「じゃ日高。明日の放課後、化学室で。それと……」

 水鞠の動きがピタリと止まった。

「何だ?」

「……何でもない」


 水鞠がクルリと背を向ける。

 その一瞬の間に、東谷高の制服は紺色の魔法着に変化した。

 三角帽子を右手で抑えつつ、地面を蹴ってフワリとジャンプ。

 民家の屋根に着地し、夜の空に向かって走り去って行く。

 その姿を見て、自然と笑みが溢れた。

「スーパーヒーローみたいだな」


 六年前の事なんて思い出したくなかった。  

 その事を他人に話すのは嫌だった。

 でも今は、晴れ晴れとした気持ちになっている。


「ありがとう水鞠……」


 結晶体の事は水鞠に任せよう。俺にはやるべき事がある。

 スマホを手に取り、連絡先にある美希の名前をタップした。


 まずは妹の機嫌を取っておきたい。

 水鞠のせいで我が家は混乱状態だ。早急に修復する必要がある。

 このままだと「いつもの行動」から逸脱してしまいそうだ。


 しばらくコール音が続いた後、通話が開始された。

『水鞠さんは帰ったの?』

 いきなり不機嫌そうな声が聞こえて来た。

「お、おお。ついさっきな。

 駅のコンビニでアイス買って帰るけど、何がいい?」


『そんなの考えれば分かるでしょ』

「俺にマインドシーカーになれと?」

『お兄ちゃん、昨日私のアイス食べたでしょ!

 それと同じヤツ買ってきて』


 ……そうだった。アホか俺は。

 いきなりマイナスポイントだよ。

「ファールバーのバニラ味だよな」

『違うよ』


 嘘だ! あの銀紙に包まれた存在感、間違うわけねーだろ。

 だがそこはお兄ちゃん。

 そんな可愛い妹の意地悪も喜んで受け入れる所存ですよ。


「覚えてないから教えて下さい。お願いします」

『……バリバリ君のソーダ味』

「了解。母さんにコンビニ寄るって伝えてくれ」


 そう言って通話を終了した。

 その直後、画面にポツリと水滴が落ちる。

 更に二つ、三つとその数が増えてゆく。

「雨か?」

 ツイてないな。とりあえずコンビニへ急ごう。

 走ればすぐに着く距離だ。


「イテッ!?」

 スマホが発光し、指先に激痛が走った。

 指から離れたスマホはクルクルと宙を舞う。

 反射的に身体が動き、空中でキャッチ。

 事なきを得た。


 あ、危ねぇ……。落としたかと思ったぞ。心臓はバクバクだ。

 電流に触れた様な感覚だったよな。バッテリーの故障か?

 とりあえずスマホを裏返しにしたり、横にしたりと確認。

 変化は特に見当たらない。

 機械の事はよく分からん……。

 普通に使えるみたいだし、しばらく様子をみるか。


 いや、マジで焦った。

 美希がスマホを買って貰って秒で画面を割った事がある。

 あの時は、あの母さんが無表情になったからな。恐怖の瞬間だった。


 スマホを制服の尻ポケットに入れ、前を向いて歩き出す。

 そこでようやく自分の身に起きている異変に気が付き、足を止めた。


「何だ? これ……」

 路地の先が白い霧で覆われている。

 まるで大量のドライアイスを炊いた様な、異常な濃さだ。


 皮膚がピリピリと痛み出す。

 激しい耳鳴りが頭の中を駆け巡る。

「魔法……?」

 水鞠が言っていた通りなら、俺は魔法を感知しているって事になる。

 スマホの感電と霧も魔法現象ってやつなのか?

 一体何が起きているんだよ。


「な……?」

 視界の隅で何かが移動した。

 それを捉えようと、反射的に振り返る。

 結晶体の攻撃? それとも……。


「誰かそこに居るのか?」

 静寂の後。

 俺の声に応える様に、白い霧の中からシルエットが浮かび上がる。

 ……人影だ。


 東谷高校の制服。

 背の高い少女。

 不安そうな表情で姿を見せたのは、俺のよく知る人物だった。

 

 志本紗英。


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