第155話 日高誠と優秀な後輩
科学室を出た後、吉田と合流する事が出来た。
となると行く先は自ずと決まっている。
志本のクラス。三組のメイド喫茶だ。
「なんだぁ!?」
吉田が声を上げるのも無理は無い。
行列が昨日の三倍近くに伸びていた。
「いやいや。並んでいる間に志本の担当時間が終わるだろ……」
「甘いな日高。それがよ。志本以外のクオリティも高いらしいんだよ」
「……詳しいな」
「せ、先輩から聞いたんだよ。そういうのが好きな人がいてな」
「なら行列が消える事は無いのか。クラス賞一位は三組で決まりだな」
「圧勝だろうよ。我ら一組は相手が悪かったな」
我が一組の様子を見ると、受付係は死んだ魚の様な目で折り紙をこさえていた。
ダメだ……。終わった……。
そんな視線を向けていると、背後から三ノ宮菜々子が現れた。担当の時間が終わったらしい。
「その考察は間違い。さっきまでは混んでいた。メイド喫茶を諦めた人が流れて来てたから」
「え? そうなのか。なら良かったな」
「良く無い。担当が延長されて事件捜査に出遅れた」
「事件?」
「手品部のステッキが消えた」
「また!?」
おいおい。手品部はこれで二回目だぞ。いい加減にしてくれ。
一体何が起きているんだ? 念の為に確認しておきたい。
「悪い。ちょ……っとトイレ」
俺は吉田と三ノ宮を残し、水鞠が居る四組へと向かった。
カジノが出し物の四組もかなりの苦戦しているらしく、誰も並んでいなかった。
暇そうにグッタリとしていた水鞠に声を掛けるとビクッとなって、
「まだ……食べてない……」
「寝惚けるのも良い加減にしろ。手品部のステッキが消えたみたいだが、どうなってるんだ?」
そこでようやく目が覚めたらしく、水鞠はヨダレを手の甲で拭き取ると、
「ふあ? ああ、日高か。ステッキなら消えたんじゃ無くて、壊れたんだよ」
「壊れた?」
「そう。四連音魔法が強過ぎて耐えきれずに壊れたんだ。他にもいくつか壊れてる」
「大丈夫なのか?」
「スズカが対応してるから問題無いよ。弓犬と壁ヤカンにも頑張って貰ってるし、後夜祭までに間に合えばオッケーだよ」
「なら良かった。流石に焦ったぞ」
水鞠は猫の様な瞳を俺の背後に向け、
「あ。吉田が来た」
視線の先を見ると、吉田が通路に拡がる人混みを縫って歩いて来ていた。
吉田は俺の前に立つと呆れた表情で、
「何だよ。ここに居たのかよ日高」
「あ、悪い。水鞠と話があってな。三ノ宮は?」
「怪盗を捕まえるとか言って、どこかへ行ったぞ」
「そうか……」
せっかくの吉田と二人きりになるチャンスを棒に振るとは勿体無い。
それが三ノ宮らしいっちゃらしいが。
吉田は水鞠に視線を向け、
「水鞠は何時までなんだ?」
「アタシはしばらくここだよ。先に二人で回って来なよ」
「そうか。じゃあ行こうぜ日高。キング目指すぞ!」
吉田はタスキを手に取り、肩から掛けた。
「何だよ。それ」
タスキには「三十六」と書かれている。
「知らねーのか? ガシ高キングのエントリー者は、これを着けてアピールするんだよ」
ああ、そういやチラホラ見かけたな。そう言う事だったのか。
「良く考えたら、どうやって一番を決めるんだ?」
俺の疑問に反応したのは水鞠だ。
「日高知らないの? 学校のホームページから投票するんだよ。投票数に応じてエントリー者の当選確率が上がるんだってさ」
「当選確率……って、まさか抽選なのか?」
「今回はエントリー者が多いから、そうなったんだって」
「結局運かよ……」
吉田は壁に掲示されていたガシ高キングのポスターを親指で差し、
「いや、なかなか上手く出来てるシステムだと思うぞ。外れても運が無かったと諦めがつくだろ」
「確かに無駄に揉める事は無いけども……」
それだと組織票を無力化出来る反面、魔法が関わる余地がデカくなるんだよなぁ。
最終的には魔法運命値が高い奴の勝ちになるのでは無かろうか。
……とは言っても、四連音魔法が成功すれば結晶体は破壊出来る。
誰がガシ高キングになろうが関係無い訳だが。
吉田は二カリと笑うと、
「まあ。お祭りだから細かい事は誰も気にしねーよ。みんな『当選したらラッキー』位に思ってるんじゃないか? ま、俺はルールなんて関係無く全力で文化祭を楽しむだけだ」
「それじゃ、行くか」
吉田は有言実行した。
ありとあらゆる出し物に参加し、高得点を上げて行く。
それだけじゃ無い。
点数にならない盛り上げ役を進んで行い、場を温める徹底ぶりだ。
最後にはエントリーナンバーをアピール。
いや、凄過ぎるぞ吉田。
「ライバルは多いからな! やれる事は全部やって行くぞ!」
鼻息を荒くさせた吉田に付き合っている内に、あっという間に午後のショーの時間になってしまった。
「吉田。時間になったから、俺は部室に戻るぞ」
「おう。後で見に行くからな!」
中庭から校舎に入り、一組の教室に向かう。
途中、スマホが鳴ったので立ち止まって確認すると、画面には美希の名前が表示されていた。
俺はスマホをタップして通話を開始する。
「美希、何か用か?」
『お兄ちゃん。いまどこ?』
「一階だ。今から一組に行く所だけど」
『あのね。例の友達が来ているみたいなんだ』
「は? 体調不良はどうした。頭が痛いって……」
『良くなったみたいだよ。それで待ち合わせしてるんだけど来なくてさ。電話も繋がらないんだよ。いきなりお兄ちゃんに会いに行かないと思うけど、その時は上手くやってね』
「上手く……ってなぁ」
やれやれと視線を上げる俺。
その先には一人の少女が佇んでいた。
ポニーテールで額を大きく出した、活発な雰囲気。
服装はセーラー服。形に特徴は無い。
だが俺にはすぐに分かってしまった。
俺が通っていた中学校の制服。
つまり、美希と同じ中学校の生徒って事になる。
……そう言う事かよ。
深呼吸をした後、なるべく自然を装いながら声を絞り出す。
「了解。なるべく上手くやるよ」
スマホを持つ手を下げ、美希との通話を終了させた。
いつの間にやら、周りに居た人間は消え、俺と少女の二人だけになっている。
青白い光の空間。無音の世界。
──結界だ。
少女は虚な表情で見上げ、
『ようやく理解しました。私が何者か……を』
魔力が澱んでいる。かなりの魔力量だ。
「お前は誰だ」
俺の鋭い一言に対して、少女は視線を落とし口元を緩めた。
『忍渡ユイと言います。先輩』
シノビワタリ。かなり珍しい苗字だな。
それだけに絶対モブキャラじゃねーだろ。
「いつから俺はお前の先輩になったんだ?」
『私、東谷高校が第一志望なんです』
「なるほどな。じゃあ先輩として教えてやるよ。しっかり勉強しておいた方がいいぞ。入ってからも結構大変だからな」
少女は微笑み、小さくブイサインを作った。
『合格ラインは余裕で超えています』
「そうか。いらねー心配だったな」
優秀な後輩は辺りを見渡した後、弾む様な声で、
『この場所に来てみて本当に良かった。ここでなら私の才能を発揮出来ると確信しました』
「……なら歓迎するよ」
……まあ、それは科学部の入部試験に受かってからだけどな。
これがまた難関だぞ。落ちれば魔法封印コースだ。
『それでは、その時を楽しみにしています。また会いましょう。先輩』
「ちょ……」
結界は消滅した。
それと同時に少女の姿も無くなっている。
いや、彼女は最初からこの場所には居なかったのかも知れない。
得体の知れない結界だった。何の能力だったんだ?
「…………あ」
握り締めていたスマホが震えている。
画面を見て青ざめた。水鞠コトリからの呼び出しだ。
ぼうっとしていたら開演五分前になってた。
『何やってんの日高! ショーが始まっちゃうよ!』
「それ所じゃねーよ。新キャラの魔法使いに会ったんだ。しかも妹の友達だぞ」
『魔法使いの候補生でしょ? 今年も何人か来てるみたいだね』
「みたいだね……って、簡単に言うなよ。結構強力な結界っぽかったぞ」
『きっとその子は東谷高校の校舎に入った事がきっかけで魔法に目覚めたんだ。文芸部の部長もだったけど、稀にある事なんだよ。そっちは花奈にまかせるから、日高は早く来て!』
「火咲に? 大丈夫なのか?」
『当たり前でしょ! 早くして! 凄い人数が集まって来ちゃってるんだよ! 大盛況だよ!』
ここは水鞠の言う事を信じる事にしよう。
「ヘイヘイ。今行くよ」
結局、美希の友達が興味を持っていたのは、「異性としての俺」では無く、「魔法使いの俺」だったって事なんだろう。
ま、そんなオチになるとは思っていたよ。チクショー。




