第15話 日高誠と定期報告
三ノ宮菜々子の襲撃から四日が経った。
未だ俺を消そうと願った人間に繋がる情報は無いままだ。
吉田玲二は相変わらず何かと俺と絡んでいる。
不審な点は見受けられない。
志本紗英とは、あれから一度も接触無し。
今の所は上手く避けていられている。
三ノ宮菜々子は、たまーに遠くから怪しい視線を発射している。
接触は無し。
「放課後の定期報告は以上だが」
静かな化学室に俺の声が響く。
すると、向かいに座る水鞠コトリが猫の様な瞳を向けて来た。
半目になって実験用の大きなテーブルに肘を付く。
「もう聞き飽きたわ」
「だよな」
四回も同じ様な内容だし気持ちは分かる。
でも、この定期報告のフォーマットは水鞠の指示通りなんだぞ?
やらせておいて、その反応は酷くない?
俺が不満そうにしていると、水鞠コトリが「グムゥ……」と唸り出した。
「おかしい。アタシの予想と違う。
今頃は吉田か志本紗英のどちらかが暴徒化。
アンタに牙を剥いているはずなのに……」
「それなら、俺の方から志本と三ノ宮に接触してみるか?」
「それはまだ早い。今のバランスを刺激して壊したくない」
「よく分からん話だな。それだと今のやり方じゃ限界があるだろ」
なんて他人ごとの様に言ってみる。
すると水鞠は待ってましたとばかりにテーブルを叩いた。
「それだよ! アタシもそう言おうと思ってたんだよ!
ここで捜査の範囲を拡げようと思う」
「拡げるって、どこをどうやってだよ」
「日高、兄弟は?」
「妹が一人」
そう答えると、水鞠がニヤリと笑う。
「……え!? まさか俺の家族を疑っているのか?」
「家族間の些細なイザコザでも魔法現象が起こる場合がある」
「いや、他の家庭は知らんが、ウチは絶対に無いからな」
些細なイザコザが原因で俺は世界から消されたって言うのかよ。
割に合わんだろ。
「無意識暴走なんだから、そんなの分からないでしょ。
最近何か目立ったトラブルは無かったの?」
トラブル……トラブルねぇ。
「昨日、妹のアイスを間違って食べて怒られた位だな」
「それだね」
「ねーよ! 百二十円のアイスと等価交換されたってのかよ。
どうなってんだよ俺の存在価値は」
「日高の妹が犯人じゃ無いんだったら、他のメンバーはどうなの?」
「メンバー? あ、親の事!?
まあ、それはそれなりに衝突はあるけど……」
「それだね」
またもやドヤ顔だ。いや、意味が分からねーし。
「あのな。家族なんだから普通だろ?
親の立場として言わなくちゃいけない事とかあるんだよ。
でも子供にもそれなりの考えがあったりしてだな……」
そこで何故か水鞠は穏やかな微笑みになる。
「そういうの分からないや。小さい頃に親がいなくなったから」
「あ……そうなのか。いや……」
言葉に詰まってしまった。
考えてみれば分かる話だ。
水鞠は若くして魔法使い一族の当主をやっている。
状況から「そういう事」だと気付くべきだったかも知れない。
動揺する俺とは反対に、水鞠は淡々と話を続ける。
「この業界にいるとよくある事なんだ。
前にも言ったでしょ?
アタシには従者達が付いているから問題無いよ」
「そ、そうか……」
「…………」
「…………」
微妙な空気になってしまった。
どうしようかと、窓から見える景色に助けを求めてみた。
だが目に映るのは夕暮れの雲だけで状況は何も変えられない。
しばらく時間が経過した後、意を決した様に水鞠が立ち上がる。
「ヨシ! 今から日高の家族に会いに行くよ」
「ちょっと待て! どうしてそうなった!?」
水鞠はキョトンと首を傾げている。
ああ、またこの展開かよ。面倒臭いな。
「家族は犯人じゃないって言ってるだろ。
いきなり女の子を家に連れて帰ったら大事件になる!
絶対に止めてくれ!」
すると水鞠が眉を歪ませる。
「このままじゃ何も変わらないよ。
こちらからアクションを起こせばいい。
何か手掛かりが掴めるかも知れないでしょ」
「いや、それはそうかもだけど……」
「また世界から消されたら、次は助かるか分からないよ」
「……それは困る」
あんな地獄は二度と御免だ。
水鞠にも特大級の迷惑を掛けてしまう。それは嫌だ。
早急に俺の魔法と記憶を封印する。
それが俺達にとっての最優先事項なのだ。
にしてもだ。やり方が雑過ぎるだろ。
水鞠を家族に会わせた所で、その後はどうせ無策に決まっている。
ヤバい空気に耐えられる気がしない。どうにか回避せねば……。
「あ、こんな時に……」
水鞠がスマホを手に取り、画面を確認した。
「仕事か?」
「うん。また応援要請だ。
早いけど今日はこれでお終い。続きは明日だね」
「了解。随分と忙しそうだな」
「水鞠家はずっと人手不足なんだよ。
強力な結晶体と戦える能力を持つ従者は数人しかいないんだ。
だからアタシが頑張らないとね」
水鞠は俺に手を振った後、化学室のガラス窓に向かって走り出す。
そのままジャンプして豪快に突き破って行った。
そんな展開にも俺は至って冷静だ。
魔法で修復されてゆく窓ガラスを眺めつつ、帰りの準備を始めた。
* * *
十八時三分。自宅に到着。
リビングを覗くと、母さんが鼻歌混じりに動いていた。
テーブルの上には菓子の入った皿やジュースやらが並んでいる。
そして俺の席には制服姿の水鞠コトリが座っていた。
「何でだよ!」
色々おかしいだろ!
勝手に上がり込んでくつろいでるとか今時ある?
お前は三十年以上前のアニメキャラか!
どっからツッコミ入れたらいいか分かんねーよ!
「あらマコちゃんおかえり。お友達が来てるわよ。水鞠さん」
「お邪魔してます」
「お邪魔している場合かよ! 何で来た!?」
「仕事が早く終わったから来てみた。
そうしたら日高より先に着いちゃったみたいで……。
何故かこうなった」
「だから言ったろ……」
自分から突撃して来てメッチャ困惑しているじゃねーか。
無策で他人の家に来るなよ!
同級生が訪ねて来たら無理矢理にでも家に上げておもてなしする。
それが俺の母さんなのだ。
理由は幾つかあるが、一番デカい理由は「そういう性格」だからだ。
昔からそうだった。
「お、お、お兄ちゃん! そ、そ、その人……」
美希が廊下から青褪めた顔を出して震えている。
この時間で中学校の制服のままっていうのは珍しい。
余程動揺しているのだろうか。
隠れたままの妹の側まで行き、横に並んで水鞠コトリを指差す。
「あー。水鞠は科学部の部長なんだ。俺、仮入部中なんだよ」
「お兄ちゃんが部活!?」
「まあ、なんて言うか……心境の変化があってだな」
「だって、そんな事……。
あれからずっと面倒臭がってやらなかったじゃん!
まさかその人……か、か、かの」
美希は顔を真っ赤にして取り乱している。
「いや、水鞠はただの部活仲間だ」
「だからって、いきなり家に来る?」
「何かのついでに寄ったんだろ。
ちょっと変わった奴なんだ。気にしないでくれ」
「へ、へー。ふーん」
そう言って半目になりながらズリズリと後退し、距離を離して行く。
まあ、そりゃ逆の立場だったら俺もそうなるわ。
むしろショックで泣いちゃうよ。
俺が必死にフォローしていても、水鞠は全く気にする様子が無い。
出されたお菓子をムシャムシャと食べ続けているだけだ。
何しに来たんだよ本当に。腹立って来たぞ。
父さんが帰って来る前に帰らせねば。
鉢合わせたら益々カオスな状況になるだけだ。
……そうだ!
「水鞠。そろそろ帰らないと間に合わないんじゃないか?」
「ん……?」
水鞠コトリはハテナマークを頭から生やしている。
はよ帰れ、という俺のサインに全く気付いていない。
ダメだコイツ。
そんな最中、母さんがご機嫌な笑顔でエプロンを首に掛けた。
「水鞠さん、折角だから夕飯食べていってよ。
今日は美味しいエビカレーなのよぉ!」
「エビカレー!」
うわ、コイツ食う気満々かよ。帰れ!
「母さん、これから予定があるんだよ。
水鞠。駅まで送って行くぞ」
「グ、グムゥ……」
俺は水鞠の首根っこを掴んで強引に立ち上がらせる。
そのまま玄関まで引っ張って行った。
「あらあら、じゃあ、また来てね水鞠さん」
リビングから追いかけて来た母さんが声を掛ける。
「はい……。ありがとうございます。ご馳走さまでした」
水鞠はコクリと頷き、頭を下げた。
逃げる様に家を出た。
俺達は月明かりの下をゆっくりと並び歩く。
路地には各家庭から生み出された夕飯の香りが微かに漂っていた。
それに気付いた水鞠は、しょんぼりした様子で呟く。
「エビカレー……」
「まだ諦め切れないのかよ。しつこいな」
何か、こうして見ていると普通の女子高生みたいだな。
何だか安心した。
「これで分かっただろ? 俺の家族に容疑者はいないって事が」
「そうかもね」
いや、絶対思って無いだろ。そんな顔だ。
「だからアタシは、もっと日高の心に踏み込まなくてはならなくなった。
存在が不安定な今、それだけは避けたかったけど……」
「水鞠……?」
どう言う意味だよ、それは。
「六年前に何があったの?」
「六年前……?」
「水鞠家のデータバンクに記録されているんだ。
日高の記憶からは消えているみたいだけど……」
「何の話だ?」
すると水鞠コトリは立ち止まり、猫の様に瞳を光らせた。
「六年前……日高は結晶体に襲われているんだよ」




