第14話 日高誠と引き合う力
校門周辺の空間は引き伸ばされ、異常な広さに改変されている。
遠くに見える校舎の中から、赤色のマネキン人形が姿を見せた。
『キキキ……キキキキ……』
結晶体の登場だ。
どうする……。この状況からどうやって逃げればいい?
その必要は無かった。
結晶体は金属音を鳴らすだけで近寄っては来ない。
攻撃をして来る訳でも無く、謎に立ち尽くしているだけだ。
「……何がしたいんだよコイツは」
ダメだ……意識が……遠退く……。
「起きろ」
「痛ぇ!?」
激しい衝撃。
その直後、俺の身体は地面を転がっていた。
「痛ってぇな! 何だよ!」
「寝たらそこでアンタの負けだよ」
鼻にかかる特徴的な声。
顔を上げると、目の前に水鞠コトリが立っていた。
紺色の三角帽子に魔法着の戦闘スタイルだ。
「いきなり登場だな。今度も夢か? 幻か?」
「正真正銘の本物だよ。
魔法自転車をすっ飛ばして戻って来たんだよ。ホラ」
水鞠が指差した場所を見ると、結界の一部が破壊されていた。
開けられた穴の側には魔法自転車が横倒しになっている。
颯爽と助けに来てくれたのは嬉しい。
だけど、いきなり蹴り飛ばすとか酷過ぎるだろ。
それに話と違っていたのはどう説明するつもりだ?
「水鞠。言われた通り相手の願いは否定した。
でも、結晶体は消えなかったぞ」
「ああ。アレが想定外の強さだったんだよ」
「そんな理由!?」
相変わらず雑だな。お陰でよく分からん事が起きているぞ。
俺の疲労感満載な有り様を見て、水鞠コトリが溜め息を吐いた。
「精神攻撃系の結晶体は対象に幻を見せ、生命力に損傷を与える。
意識を失うと攻撃が成立する事になるから、絶対に耐えて」
「成立するって何だ? 俺が吉田を拒絶する様になるのか?」
「結果的にそうなる可能性もある」
「あるの!?」
そうなったらそうなったで、何だか気持ち悪い!
「これはこれで厄介なんだよ。
杭に影響が出難いから放置される事が多いんだ」
「スルーされた側は、たまったもんじゃ無いな」
「そう。だから確実にここで仕留めるよ!
あの結晶体の情報を簡潔に教えて」
「お、おお。生み出したのは一組の三ノ宮だ。
吉田に恋しているらしい。俺が邪魔だとさ」
「分かった。なら簡単な話だ。さっさと片付けるよ」
水鞠は構えを取り、結晶体と対峙する。
え? 今のでどうにかなるって言うのか?
『キキキキキキキキキキ』
結晶体が金属音を震わす。
周辺のオブジェクトが浮き上がり、巨大なコーヒーカップに形を変えた。
それだけじゃ無い。
校舎の一部は観覧車に変化。
床からは巨大なボーリングのピンが次々と生えて来た。
結晶体はメリーゴーランドと同化している。
中央部から上半身が生えた何とも間抜けな姿だ。
外側には馬の乗り物が高速回転していて近寄る事が出来ない。
要塞の様な佇まいになっている。
妄想の産物が武器になるのか。こんな奴相手にどう戦うんだ?
『オラァ────────ッ!』
ダッシュで距離を詰めながら叫ぶ水鞠。
雪崩の様に襲い来る巨大オブジェクトを連続パンチで破壊してゆく。
だが無限に生成されるコーヒーカップが阻止。
水鞠は結晶体に近付く事が出来ない。
そんな事をしている間に俺の意識は限界に近付いて来ている。
いつ気絶してもおかしくない状況だ。
水鞠が連続パンチを繰り出しつつ、結晶体に向かって叫ぶ。
『日高誠は敵じゃ無いよ!』
いきなり何言ってんの!?
また訳の分からない事をやり出したのか?
『日高誠がアンタの恋の手助けをするってよ!』
おい──!?
おふざけもいい加減にしろよ! しねーから!
その直後。
全ての巨大オブジェクトの動きが急停止した。
「今だ!」
隙を突いて水鞠コトリが猛ダッシュ。
結晶体の生えたメリーゴーランドへと向かってゆく。
『オラァ────────ッ!』
再び叫ぶ水鞠。そしてスパァーンと響く破壊音。
魔法パンチが結晶体の顔面に炸裂し、頭部が一瞬で砕け散った。
結晶体は金属音を発しながらズサリと倒れる。
「不意打ちかよ!」
俺のツッコミに応える様に拳を振り上げる水鞠コトリ。
そして勝利のブイサインを向けて来た。
「核の破壊、完了!」
……そうだった。
最初から頭脳戦やら能力バトルを期待する方が間違いだったんだ。
何を期待しちゃってたんだよ俺は。
頭を抱えていると、水鞠コトリがスキップしながらやって来た。
「いつまで休んでいるの? 立ちなよ」
「お? おお」
結晶体が破壊された事で俺のダメージは無効になったらしい。
身体の異変は消え、眠気も消えている。
「いくら何でも倒し方が雑過ぎるだろ」
「アンタを敵と判断出来なくさせる事で、攻撃を停止させたんだ。
立派な作戦だよ! ……あれ?」
水鞠が何かに気が付いた。
地面に転がる巨大コーヒーカップの一つに視線を向ける。
そこに居るのは犬のヌイグルミだ。
何やら手招きをしている様に見える。
「あれって、従者の魔法アバターだよな」
こんな所にまで来たのかよ。スゲーな。
「話があるみたいだね。あれに乗るよ」
「コーヒーカップにか?」
結晶体が倒された今、結界は消えつつある。
赤色の空に亀裂が走り、破片が降り注いでいる状態だ。
だが完全消滅までには多少の時間が残されているらしい。
俺と水鞠はヌイグルミの待つコーヒーカップに移動し、腰を下ろした。
崩壊した世界に魔法使いとヌイグルミと俺。
何だか異様なビジュアルになってしまった。
ヌイグルミは首からぶら下げたピンクのガマ口財布を手にする。
そこから一枚の紙を取り出し、水鞠に渡した。
「何て書いてあるんだ?」
内容が気になって尋ねると、水鞠は紙を見ながら口を尖らせる。
「うう……」
「水鞠?」
「志本紗英の告白リストに修正があったみたい。
吉田玲二が除外されている……」
除外……? って事は……。
吉田は志本に告白して無いって事だよな!
「ほらな! 俺の言った通りだったろ?
アイツが誰かに告白していたら、黙っているはず無いからな!」
勝利を確信した俺の口は滑らかだ。
いやぁ、めっちゃ気持ちいい〜。
「グ! グムーッ!」
またもや屈辱の呻き声を上げる水鞠。だがすぐに開き直る。
「しょうがないか。やっぱり噂を収集するのにも限界があるよね」
「噂!? 魔法で調べたデータじゃ無かったのかよ!」
「そんな事出来る訳無いでしょ。魔法は万能じゃないんだよ」
何だか色々と納得行かねぇ……。
適当過ぎるだろ魔法の設定。
……そうだ。魔法で思い出した。
この一連の事件には共通点がある。
それを水鞠に報告しなければ。
「なあ水鞠。三ノ宮の事なんだが……」
「何さ」
「俺が魔法で引き寄せたペンケースの持ち主なんだよ。
吉田も志本も同じだ。何か意味があるんじゃないのか?」
水鞠コトリが目を見開く。
その後、「ウーム」と唸りながら瞳を閉じた。
「最初に引き寄せた物は日高の深層心理に関わっていた。
でも、それだけじゃ無いのかも知れない」
「と言うと?」
「引き合う力だよ。持ち主達は日高に興味を持っているのかもね。
いい意味でも悪い意味でも」
「だとしたら変じゃないか?
魔法が暴走してから三人は絡み出したんだ。順序が逆だろ」
「普通はそうだね。でもアンタが引き寄せた物は時間を跳躍している」
「あ……」
そう言えばそうだった。
朝に消えた吉田の消しゴムは昼間に移動していた。
順序の事を考えても意味が無いって事か。
「これは危険な能力だよ。
放ったままだと杭に深く影響を与えるかも知れない。
早く能力を封印しないと」
珍しく真剣な面持ちになる水鞠。
どうやら本当に面倒臭い展開になりそうだな。
「よっし!」
水鞠コトリは思い立った様子で鼻息を荒上げる。
そして胸元で掌と拳をぶつけた。
「じゃあ、さっそく吉田をボコりに行くよ」
「何でだよ! 吉田は犯人じゃ無いって言ってるだろ!」
こいつまさか、吉田をボコりたいだけじゃ無いだろうな。
「何でそう言い切れるのさ。吉田が日高に取り憑いている理由は?」
「言い方酷いな! 友達になっただけだろ」
「いつ告白したの? どっちから?」
えーと、どっちからだっけ?
「いや、ねーよ! 友達になるのに告白はいらないから!」
「告白しなくていい……!?」
「当たり前だろ」
「じゃあ契約は?」
「契約もいらねーよ」
「契約も無しで……!?」
よく分からん所でショックを受けている様だ。
お嬢様過ぎて友達が居た事が無いのか?
「いいか水鞠。他人との付き合いなんてのは死ぬ程面倒な事なんだ。
だから、何となく一緒に居られる奴は友達だと思う」
因みにこれは俺の持論だ。異論は認める。
ま、条件に当てはまる奴なんて吉田くらいだけどな。
すると水鞠コトリはホッとした表情になる。
「何だ。それでいいならアタシも友達が居たよ。
……人間じゃ無いかも知れないけど」
「人間じゃ無い!?」
悪魔とか妖怪みたいなものかよ!
それこそ取り憑かれているんじゃないか?
「仕方無いでしょ! アタシは由緒正しき魔法使いの一族で当主。
今は遊んでいるヒマは無いんだ。
従者達が周りに居てくれるからそれで充分なんだよ」
「ヘイヘイ」
そんな適当な返事をした後、何となく空を見上げた。
水鞠もそれに続くと、心地良い風が通り抜けて行く。
ふと水鞠の方へと視線を向ける。
すると、タイミングを合わせた様に目が合ってしまった。
猫の様な瞳が、キラキラと輝いている。
このまま時間が止まればいいのに。
なんて思っていたが、そんな願いは叶わなかった。
水鞠はすぐに犬のヌイグルミへと方向転換して、何度か頷く。
「次の仕事が入ったから、アタシは先に行くよ。
犯人探しの続きは明日だ。もう一度三人の関係を探ってみよう」
そう言ってコーヒーカップの椅子から立ち上がった。
「なあ水鞠、俺が……」
「何さ」
「あ、いや、何でもない」
危なかった。
「人間の友達一号に立候補してもいいか?」と言いかけた。
きっと水鞠ならすぐにツッコむだろう。
「やっぱり告白してるじゃない! ウソツキ野郎」なんてな。
水鞠コトリには目的がある。
俺を世界から消そうと願った人物の結晶体を破壊する事。
そして俺の魔法を封印する事だ。
そうなったら俺は記憶を消され、水鞠を認識出来なくなる。
そんな奴からの告白なんて迷惑なだけだろう。
言わなくて本当に良かった。
結界が消え、風景はいつもの校門付近に戻っている。
水鞠の姿は無い。
夕暮れの空の下、俺一人だけが校門の前に佇んでいた。
いや、よく見たらもう一人居た。
遠くの木の陰に隠れている女子生徒が一人。
「三ノ宮……!?」
結晶体を生み出したヌシがそこに居た。
しかも「仲間になりたそうなモンスター」みたいな表情をしている。
まさか現実世界でも反映されて無いよな。
吉田の件で協力するって言った事。
……無いよね?




