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引力と猫の魔法使い 【リメイク版】  作者: sawateru
第七章 魔法使いと文化祭

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第141話 日高誠と新たな戦い

 ──金属音が、響き渡る。


 それは幾つも重なり合い、不快なバックミュージックとなって一帯を覆い尽くす。

 朝日は見えない壁によって遮断され、世界は赤色に染められた。


 駅のホーム。

 そこに溢れていた利用客は一瞬にして姿を消した。

 残されたのは俺と、電車を待つサラリーマン風の若い男の二人だけだ。


 早朝に突然呼び出された瞬間から嫌な予感はしていたが、まさか敵と戦うとは思わなかった。

 こっちは登校前だぞ。勘弁してくれよ。全く……。

 俺は右手に魔力を込め、立体魔法陣を展開する。

 掌の上に魔法陣の紋様が刻まれたガラス玉が転がった。


『来い。猫目青蛙(ねこめあおがえる)


 立体魔法陣は砕け散り、破片は空へと繋がる虹色のハイウェイに形成された。

 昔のアメリカンポップ風サウンドと共に、ゴーグルとヘルメットを装着した巨大カエルが登場。

 歌いながらローラースケートでハイウェイを滑走して来た。


 ……何だよ、コレ。意味が分からん。


 そんな映像を見終わると、視界は元に戻っていて、俺の隣には一メートル程の巨大なカエルが立っていた。

 そいつがギョロリと目玉を向けて来る。

『何じゃ。ムテキでステキなローラーヒーローを知らんのか?』

「マニアック過ぎだろ。誰も知らねーよ」


『フウ。やれやれ。二回目の召喚シーンでこれか。先が思いやられるワイ』

 そう言いつつ、全裸のカエルは赤い蝶ネクタイと黄色い腰布を取り出して装着。いつもの猫目青蛙の姿になった。

「今着替えるのかよ……」

 召喚シーンが丸々無駄過ぎる……!


『トオッ!』

 猫目青蛙はジャンプし、俺の背中に張り付くと、そこからヒョイと顔を覗かせた。

 駅のホームに立つ結晶体を見定めた後、猫目を細める。

『第二段階の結晶体じゃな。フム。なかなかの強度じゃ』

 サラリーマンの男は正面を向き、俺と対峙した。


 ……右半分がほぼ結晶化している。

 早く破壊しなければ、離れた場所に居る本体はコイツに乗っ取られ、強力な魔法エラーを引き起こす。その前に終わらせたい。


『キキキキキキキ……』


 金属を擦り合わせた様な不快な音と共に、右腕が巨大な刃物に変化した。

『フム。刃物での攻撃がメインじゃな。通り魔か。自分勝手な怨恨が理由で生み出された悪質な魔法エラーじゃ』

「ストーカーの結晶体に近い雰囲気だな」

『殺意の強い同系統の結晶体じゃ。かなり厄介じゃぞ』


 俺は右手に魔力を込め、意識を集中させる。

「猫蛙。火瑛甲魚(かえいこうぎょ)を召喚出来るか?」

『ダメじゃ。火瑛甲魚では能力発動までのスピードが遅い。隙を突かれて真っ二つにされるぞ』

「え!? 真っ二つ!?」

 流石に死ぬだろ。それだと。

 

 ……って言うか、さっきの猫目青蛙の召喚シーンがメチャクチャ時間かかってたのは何だったんだよ。

 あの時間はノーカンかよ。ツッコんでいい所だよな。


『そう焦るな誠殿。そもそも、今は強力な改変能力によって結晶体まで魔法攻撃が届かんぞ』

「だったら、どうすればいい?」

『相手の攻撃を避け続けろ。隙を作り出して魔法を叩き込め』

「カウンター攻撃か」

 魔法使いが戦闘時によくやっているヤツだ。

 あれにはちゃんと意味があったらしい。


『来るぞい! 下じゃ!』

「ちょ、ええ!?」

 猫目青蛙の叫び声の後、ホームが傾く。

 いきなり足場が崩れ落ち、俺の身体は頭から線路に投げ出された。

「うおっ!?」

 その瞬間、視界はスローモーションに変化。

 身体は自然と猫の様にフワリと回転し、簡単に足から着地して見せた。

「何だ……? 今のは」

 いつから俺は猫になったんだよ。

 これが猫目青蛙との契約で獲得した能力ってやつか?


『いちいち驚いている場合か! 周りを見ろ!』

「嘘だろ……」

 状況は最悪だ。

 正面からは刃を振り回す狂気のサラリーマン。

 背後からは電車が怒涛の勢いで迫り来る。

 なるほど、いきなり大ピンチじゃねーか。


 猫目青蛙が俺の頬を叩く。

『敵が作り上げた改変世界に取り込まれるな! 跳ぶぞ!』

「りょ、了解!」

 俺は魔力を脚に集中させ、無心で地面を蹴り上げる。

 するとカエルの様な凄まじいジャンプ力で、俺の身体は一気に三十メートル程まで飛び上がった。


 ──空が近い。

 眼下に見ると、結晶体が小さく見えている。

 どうやら結晶体は俺を見失っている様子だ。

『まずは電伝六蟹で相手の動きを封じるのじゃ。「電伝六蟹(でんでんろっかい) 改」の名前で呼び出せ。改造バージョンが召喚出来るぞい』

「了解」

 俺は空中で立体魔法陣を錬成。

 右手を突き出し、その名を叫ぶ。


『来い! 電伝六蟹(でんでんろっかい) 改!』


 立体魔法陣が砕け散り、破片は電気を纏う六匹の蟹に変化した。

 それは俺の左手首を中心に円を描き浮遊し、緩やかな回転を始める。

 猫目青蛙は蟹の一匹を指差し、

『コイツを指で弾け。電撃の弾丸になる』

「了解!」


 結晶体に狙いを定め、デコピンの要領で蟹を弾く。

 高速で撃ち出された魔法の蟹は稲光となって発射され、結晶体の真上からヒットした。

「スゲェ!」

『動きを封じる為の電撃の檻じゃ。大した攻撃力は持っとらん。今の内にトドメを刺せ!』

「了解!」

 俺は「スタッ」と華麗に降り立つと同時に、右手に立体魔法陣を展開する。


『来い! 火瑛甲魚(かえいこうぎょ)!』


 立体魔法陣は砕け散り、破片は火花に変化。

 その中から炎の鎧を纏う巨大魚が現れると、巨竜の如く雄叫びを上げた。

 魔力の圧で結界空間が振動している。なんて迫力だよ。


 猫目青蛙は火瑛甲魚を指差し、

『此奴の最大の武器は額の角じゃ。龍炎角(りゅうえんかく)を使え』

 何だよそれ。メチャクチャ強そうだな。


火瑛甲魚(かえいこうぎょ)!』


 俺のイメージに呼応し、火瑛甲魚が火花の海を泳ぐ。

 一気に加速した巨大魚は、炎の角を突き立て結晶体へ突進した。

 

『キキキ……』

 迎え撃つ結晶体は不快な金属音を上げる。

 改変能力を発動させ、駅のホームが変形を繰り返す。

 重なり合ったそれは、要塞の様に結晶体を包み込んだ。

 俺の攻撃が届くのか?

『構わん。そのまま突き進め!』

 

 火瑛甲魚は止まらない。

 重なるバリケードを次々に破壊し、突進を続ける。

 結晶体まで到達すると、頭部から体当たりを喰らわせた。

 結晶体と像換獣の魔力同士の激しい衝突。

 次の瞬間には結晶体の全身に亀裂が走り、粉々になってゆく。

 宙を舞う破片は強力な火力によって跡形も無く蒸発した。

「一撃!?」

『当然じゃ』


 地響きと共に崩れゆく結界。

 空には勝利を祝うかの様に次々と花火が打ち上がっている。

 それを見上げながら呆然と立ち尽くす俺。


 何だよコレ……。

 いや、強過ぎるだろ。

 あのレベルの結晶体を核ごとワンパンとか、既に普通の従者のレベルを超えてない?


 

 * * *



「ハハッ。圧勝じゃねーか」

 アロハシャツの老人がホームのベンチから声を掛けて来た。

「見えていたんですか?」

「見えてねーよ。俺みたいな達人とまでなると感覚で分かるモンなんだよボウズ」


 結晶体は破壊され、結界は消滅した。

 今は元の混雑した駅のホームに戻っている。


 怪しげな雰囲気を持つ、このクロセと言う男は俺の師匠という関係なのだが、いつもこんな感じでやる気が無い。

 今日は家から移動に一時間かかる、この松下野駅にいきなり呼び出され、到着した瞬間に結晶体とのバトルが始まった。

 終わってみたらこの状況だ。


「いつになったら、ちゃんと稽古を付けてくれるんです?」

「お前には像換獣があるだろう。まずはそいつを使いこなせる様になれ」

「使いこなすどころか、逆に使われている様な感覚ですよ」

 するとクロセは飲みかけの缶コーヒーを手にして、ニヤリと笑った。


「今はそれでいい」

「いいんですか?」

「強くなったのは俺から修行を受けた事にしておけ。その方が都合がいいだろ?」

 そう言って残りの缶コーヒーを飲み干した。

「……了解です」


 どこまで知っているんだ? この男は。

 猫目青蛙が反応しない所をみると、全てを知らないみたいだが……。

 もしくは知らないフリをしているだけなのかも知れない。

 ……まあ、その内分かる事だ。


 駅のホームでは朝のラッシュが始まっていて、騒がしい日常の風景を取り戻している。

 俺はベンチに置いていたバッグを手にし、一人ホームを歩いて行く。



 魔法使い 日高誠の新たな戦いが、ここに開幕!


 ……そんなフレーズが、俺の頭の中を横切っていた。




 第七章は戦闘シーンからスタートです。

 アクション多めの章となっています。

 最後までお付き合いの程、よろしくお願いいたします。

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