第141話 日高誠と新たな戦い
──金属音が、響き渡る。
それは幾つも重なり合い、不快なバックミュージックとなって一帯を覆い尽くす。
朝日は見えない壁によって遮断され、世界は赤色に染められた。
駅のホーム。
そこに溢れていた利用客は一瞬にして姿を消した。
残されたのは俺と、電車を待つサラリーマン風の若い男の二人だけだ。
早朝に突然呼び出された瞬間から嫌な予感はしていたが、まさか敵と戦うとは思わなかった。
こっちは登校前だぞ。勘弁してくれよ。全く……。
俺は右手に魔力を込め、立体魔法陣を展開する。
掌の上に魔法陣の紋様が刻まれたガラス玉が転がった。
『来い。猫目青蛙』
立体魔法陣は砕け散り、破片は空へと繋がる虹色のハイウェイに形成された。
昔のアメリカンポップ風サウンドと共に、ゴーグルとヘルメットを装着した巨大カエルが登場。
歌いながらローラースケートでハイウェイを滑走して来た。
……何だよ、コレ。意味が分からん。
そんな映像を見終わると、視界は元に戻っていて、俺の隣には一メートル程の巨大なカエルが立っていた。
そいつがギョロリと目玉を向けて来る。
『何じゃ。ムテキでステキなローラーヒーローを知らんのか?』
「マニアック過ぎだろ。誰も知らねーよ」
『フウ。やれやれ。二回目の召喚シーンでこれか。先が思いやられるワイ』
そう言いつつ、全裸のカエルは赤い蝶ネクタイと黄色い腰布を取り出して装着。いつもの猫目青蛙の姿になった。
「今着替えるのかよ……」
召喚シーンが丸々無駄過ぎる……!
『トオッ!』
猫目青蛙はジャンプし、俺の背中に張り付くと、そこからヒョイと顔を覗かせた。
駅のホームに立つ結晶体を見定めた後、猫目を細める。
『第二段階の結晶体じゃな。フム。なかなかの強度じゃ』
サラリーマンの男は正面を向き、俺と対峙した。
……右半分がほぼ結晶化している。
早く破壊しなければ、離れた場所に居る本体はコイツに乗っ取られ、強力な魔法エラーを引き起こす。その前に終わらせたい。
『キキキキキキキ……』
金属を擦り合わせた様な不快な音と共に、右腕が巨大な刃物に変化した。
『フム。刃物での攻撃がメインじゃな。通り魔か。自分勝手な怨恨が理由で生み出された悪質な魔法エラーじゃ』
「ストーカーの結晶体に近い雰囲気だな」
『殺意の強い同系統の結晶体じゃ。かなり厄介じゃぞ』
俺は右手に魔力を込め、意識を集中させる。
「猫蛙。火瑛甲魚を召喚出来るか?」
『ダメじゃ。火瑛甲魚では能力発動までのスピードが遅い。隙を突かれて真っ二つにされるぞ』
「え!? 真っ二つ!?」
流石に死ぬだろ。それだと。
……って言うか、さっきの猫目青蛙の召喚シーンがメチャクチャ時間かかってたのは何だったんだよ。
あの時間はノーカンかよ。ツッコんでいい所だよな。
『そう焦るな誠殿。そもそも、今は強力な改変能力によって結晶体まで魔法攻撃が届かんぞ』
「だったら、どうすればいい?」
『相手の攻撃を避け続けろ。隙を作り出して魔法を叩き込め』
「カウンター攻撃か」
魔法使いが戦闘時によくやっているヤツだ。
あれにはちゃんと意味があったらしい。
『来るぞい! 下じゃ!』
「ちょ、ええ!?」
猫目青蛙の叫び声の後、ホームが傾く。
いきなり足場が崩れ落ち、俺の身体は頭から線路に投げ出された。
「うおっ!?」
その瞬間、視界はスローモーションに変化。
身体は自然と猫の様にフワリと回転し、簡単に足から着地して見せた。
「何だ……? 今のは」
いつから俺は猫になったんだよ。
これが猫目青蛙との契約で獲得した能力ってやつか?
『いちいち驚いている場合か! 周りを見ろ!』
「嘘だろ……」
状況は最悪だ。
正面からは刃を振り回す狂気のサラリーマン。
背後からは電車が怒涛の勢いで迫り来る。
なるほど、いきなり大ピンチじゃねーか。
猫目青蛙が俺の頬を叩く。
『敵が作り上げた改変世界に取り込まれるな! 跳ぶぞ!』
「りょ、了解!」
俺は魔力を脚に集中させ、無心で地面を蹴り上げる。
するとカエルの様な凄まじいジャンプ力で、俺の身体は一気に三十メートル程まで飛び上がった。
──空が近い。
眼下に見ると、結晶体が小さく見えている。
どうやら結晶体は俺を見失っている様子だ。
『まずは電伝六蟹で相手の動きを封じるのじゃ。「電伝六蟹 改」の名前で呼び出せ。改造バージョンが召喚出来るぞい』
「了解」
俺は空中で立体魔法陣を錬成。
右手を突き出し、その名を叫ぶ。
『来い! 電伝六蟹 改!』
立体魔法陣が砕け散り、破片は電気を纏う六匹の蟹に変化した。
それは俺の左手首を中心に円を描き浮遊し、緩やかな回転を始める。
猫目青蛙は蟹の一匹を指差し、
『コイツを指で弾け。電撃の弾丸になる』
「了解!」
結晶体に狙いを定め、デコピンの要領で蟹を弾く。
高速で撃ち出された魔法の蟹は稲光となって発射され、結晶体の真上からヒットした。
「スゲェ!」
『動きを封じる為の電撃の檻じゃ。大した攻撃力は持っとらん。今の内にトドメを刺せ!』
「了解!」
俺は「スタッ」と華麗に降り立つと同時に、右手に立体魔法陣を展開する。
『来い! 火瑛甲魚!』
立体魔法陣は砕け散り、破片は火花に変化。
その中から炎の鎧を纏う巨大魚が現れると、巨竜の如く雄叫びを上げた。
魔力の圧で結界空間が振動している。なんて迫力だよ。
猫目青蛙は火瑛甲魚を指差し、
『此奴の最大の武器は額の角じゃ。龍炎角を使え』
何だよそれ。メチャクチャ強そうだな。
『火瑛甲魚!』
俺のイメージに呼応し、火瑛甲魚が火花の海を泳ぐ。
一気に加速した巨大魚は、炎の角を突き立て結晶体へ突進した。
『キキキ……』
迎え撃つ結晶体は不快な金属音を上げる。
改変能力を発動させ、駅のホームが変形を繰り返す。
重なり合ったそれは、要塞の様に結晶体を包み込んだ。
俺の攻撃が届くのか?
『構わん。そのまま突き進め!』
火瑛甲魚は止まらない。
重なるバリケードを次々に破壊し、突進を続ける。
結晶体まで到達すると、頭部から体当たりを喰らわせた。
結晶体と像換獣の魔力同士の激しい衝突。
次の瞬間には結晶体の全身に亀裂が走り、粉々になってゆく。
宙を舞う破片は強力な火力によって跡形も無く蒸発した。
「一撃!?」
『当然じゃ』
地響きと共に崩れゆく結界。
空には勝利を祝うかの様に次々と花火が打ち上がっている。
それを見上げながら呆然と立ち尽くす俺。
何だよコレ……。
いや、強過ぎるだろ。
あのレベルの結晶体を核ごとワンパンとか、既に普通の従者のレベルを超えてない?
* * *
「ハハッ。圧勝じゃねーか」
アロハシャツの老人がホームのベンチから声を掛けて来た。
「見えていたんですか?」
「見えてねーよ。俺みたいな達人とまでなると感覚で分かるモンなんだよボウズ」
結晶体は破壊され、結界は消滅した。
今は元の混雑した駅のホームに戻っている。
怪しげな雰囲気を持つ、このクロセと言う男は俺の師匠という関係なのだが、いつもこんな感じでやる気が無い。
今日は家から移動に一時間かかる、この松下野駅にいきなり呼び出され、到着した瞬間に結晶体とのバトルが始まった。
終わってみたらこの状況だ。
「いつになったら、ちゃんと稽古を付けてくれるんです?」
「お前には像換獣があるだろう。まずはそいつを使いこなせる様になれ」
「使いこなすどころか、逆に使われている様な感覚ですよ」
するとクロセは飲みかけの缶コーヒーを手にして、ニヤリと笑った。
「今はそれでいい」
「いいんですか?」
「強くなったのは俺から修行を受けた事にしておけ。その方が都合がいいだろ?」
そう言って残りの缶コーヒーを飲み干した。
「……了解です」
どこまで知っているんだ? この男は。
猫目青蛙が反応しない所をみると、全てを知らないみたいだが……。
もしくは知らないフリをしているだけなのかも知れない。
……まあ、その内分かる事だ。
駅のホームでは朝のラッシュが始まっていて、騒がしい日常の風景を取り戻している。
俺はベンチに置いていたバッグを手にし、一人ホームを歩いて行く。
魔法使い 日高誠の新たな戦いが、ここに開幕!
……そんなフレーズが、俺の頭の中を横切っていた。
第七章は戦闘シーンからスタートです。
アクション多めの章となっています。
最後までお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




