第140話 日高誠と進む未来
全く眠れないまま、朝が来た。
時間通りに学校へ行き、気が付いたら放課後になっていた。
……何だこれ。
人は幸せ過ぎると記憶が無くなる魔法を発動するのか?
「何かいい事でもあったのか?」
よほど浮かれて見えていたのだろう。
吉田は俺と顔を合わせる度にそう訊いて来る。
俺は自分の席で鞄のファスナーを締めつつ、
「別に。特に何も無いが?」
「嘘つけ。そのニヤけ顔で何も無い訳ねーだろ。俺に言えないって事は水鞠と何かあったんだろ? いい加減に白状しろ」
俺だって言いたい! 言いたいんだよ!
でも「ホッペにキスして貰った」なんて言ってみろ。
秒で「幼稚園児かよ!」とツッコミが飛んでくるのは明白だ。
それに噂が立てば従者の耳に入るだろう。
エゲツない報復をされるのは間違いない。
ダメだ。絶対に言っちゃダメだ。
でもニヤケが止まらねぇ……!
そんな無限ループを打ち切ったのは吉田の背後から登場した三ノ宮菜々子だった。
三ノ宮は長い前髪から左目を覗かせ、独特のオーラを放つ。
「吉田君の予想は合ってる」
「おお、三ノ宮。どう言う事だ?」
「いつもクールなキャラを装っている水鞠さんが、今日は日高君と同じ様に一日中ニヤけてたらしい」
「はあ、やっぱりか」
水鞠……!
バレバレじゃねーか。無意識に自分からバラしていくスタイル止めろ。対応に困るから!
話に尾ひれが付いても面倒だ。
仕方がない。事実の一部は伝えておこう。
「実は昨日、水鞠と白猫ムヒョーのイベントへ行ったんだよ」
「イベント? 場所は?」
「スカイタワー四階」
「二人でか」
「二人でだ」
すると吉田は三ノ宮は真顔で視線を交わし、
「よし、解散」
「何でだよ」
吉田は小さな溜息を吐く。
「あのな。カラオケでの水鞠のテンションを見れば分かるだろ。ロマンチックな展開には絶対にならん」
吉田の意見に三ノ宮菜々子は頷き、
「なったとしても、ホッペにチューが限界」
「だな」
「お前ら、いい加減にしろよ」
軽いツッコミを入れた俺だが、その裏で冷や汗をかいていた。
合ってるよ。正解だよチクショー!
何で分かるんだよ。怖っ。
しかしだ。勘違いして貰っては困る。
ムヒョーイベントの後でも、俺と水鞠は結構いい感じにはなっていたからな!
そう言いたい所だったが、俺はグッと我慢した。
……科学室へ行こう。水鞠が待ってる。
*
「うお!?」
科学室の扉を開けた直後。
俺は驚きの余り、暫く呆然と立ち尽くしてしまった。
科学室中央のテーブルに、意外な三人が並んで座っていたからだ。
真ん中には水鞠コトリ。
右隣には真壁スズカ。
そして左隣には火咲花奈。
外見はそれぞれ、猫目前髪パッツン針金ロング髪、ツインテール金髪ギャル、フワフワ茶髪のアニメキャラクターだ。
何処のコスプレ会場だよ! ここにムヒョ山ニャン子が混じっていても全然違和感無いよ!
いやいや。このスリーショットは初めて見たぞ……。
火咲花奈は弓の魔法使いとして、いつも仮面と魔法着を身に着けていたし、科学室に来るのはアバターの弓犬だった。
真壁スズカも科学室で水鞠と一緒にいる時は、ほとんど無かった。
水鞠はと言うと顔を赤くしたまま、ずっと俯いている状態だ。
昨日の今日で、どんな顔をしたらいいのか分からないのだろう。
明らかに不自然過ぎるだろ。何かあったのバレバレだよ!
そんなカオスな状況の中、科学室の扉が開かれた。
現れたのは制服姿の志本紗英だ。
部室内を見るや否や、口をパクパクさせている。
「…………え!?」
……だよな。
一番状況を理解出来ないのが志本だろう。
プルプルと全身を振るわせ、
「どうしたの? これ!?」
「よお志本。来たらこうなってたんだよ」
「珍しい! 火咲さんが居るなんて……。それに真壁先輩も……。どう言う事!?」
志本は弓の魔法使いの正体が火咲花奈だと知っていた。
俺だけが認識出来ていない状態だった様だ。
思い返すと、何度か志本は俺に教えようとしてくれていた気がする。
「ひゃっ!?」
突然、志本が悲鳴を上げた。
いつの間にか科学室に丸坊主の不審な中年男が侵入して来ていた。
「いやぁ。揃ってるなぁ」
よく見れば作務衣を着た綿貫さんだった。
「綿貫さん……!? 何でここに?」
普通に不法侵入なんだが。その風貌だし、マジで通報されるぞ。
綿貫さんはメガネを光らせ、俺に向かってデカい風呂敷包みを見せて来た。
「蕎麦を持って来たぞぉ。さあ食え!」
「今!?」
綿貫さんの背後では橘辰吉が荷物を抱えて困り顔になっている。
「いきなり蕎麦パーティーをするから付いて来いと言われまして……。何が何だか」
「どうせ暇なんだろぉ。手伝えよぉ」
「やれやれですねぇ……」
「今から茹でるんですか?」
「いや、さっき調理室を使わせて貰ったよぉ。茹でたてを持って来たぞぉ。ほれ」
「やりたい放題!?」
その様子を見た志本紗英はジト目で俺の肩を叩き、
「日高。何かあったでしょ」
「な、何も無いが?」
「嘘! 何も無いのに、こんな状況になるはずが無いでしょ!? ツッコミにもいつものキレが無いし!」
うっわ。流石にバレバレだよ。
火咲と真壁スズカとは色々とあり過ぎたし、別の意味で水鞠ともあった。
でもコレ、志本に話せる内容じゃねーよ!
「いや、その……」
俺が渋っていると、火咲がコロコロと笑い、
「志本さんには、また別の機会に話すよぉ。話せる様になったらねぇ」
そう言って意味深な笑みを俺に向けて来た。
「日高。あんたって人は……裏でコソコソして……」
いや、それは本当申し訳ない。
でもそんな軽蔑する様な目は止めて! 別にやましい事なんて何もしてねーし。
「さあ! 準備が出来たぞぉ!」
机には山盛りの蕎麦が用意された。
水鞠は綿貫さんの謎の熱量に圧倒され呆然としていたが、美味そうな蕎麦を見て目を輝かせる。
「よく分かんないけど、お腹が空いたから、みんなで食べよう!」
「いただきます!」
科学室で謎の蕎麦パーティーが始まってしまった。
蕎麦を啜り、その味に絶賛するみんなの姿を見て、綿貫さんは微笑む。
そして俺の隣に立つと腕を掴み、硬い握手をして来た。
「おかえり。カケル君」
「綿貫さん……。本当にありがとうございました。蕎麦……すごく美味しいです!」
「この日を待っていたよぉ。長かった……」
そう言って綿貫さんはメガネを外し、目頭を押さえた。
「綿貫さん……」
「本当の戦いはこれからだよぉ。日高君にもバシバシ働いて貰うからよぉ」
「はい。覚悟の上です」
すると綿貫さんはメガネを掛け、俺に紙切れを渡して来た。
「じゃあ、さっそくコレを頼むよぉ」
「これは?」
まさか緊急ミッションか?
……ん?
紙には「魔法山椒」「魔法山葵」「魔法七味」と書かれている。
「蕎麦の薬味を忘れてなぁ。調理室まで取って来てくれよぉ」
「いきなり雑用!?」
過去から帰って来て最初のミッションがこれか。……って言うか、話の流れがおかしくない?
ま、いっか。
俺が席から立つと、水鞠が蕎麦を啜りながら反応する。
「日高。どこ行くのさ」
「調理実習室。薬味を取りに行く」
「じゃあ、アタシも付いて行くよ」
水鞠が箸を置いて立ち上がる。
「お、おお」
科学室を出た俺と水鞠は、調理実習室へと向かって並び歩く。
誰も居ない校舎。
和やかな日差し。二人だけの静かな時間が流れている。
そんな中、俺と水鞠は一言も話さずにいた。
お互い昨日の事が照れ臭くて、目を合わせる事すら出来ずにいる。
何か上手い話の切り出し方は無いかと考えるが、全く思い付かない。
そんな沈黙を、水鞠が破った。
「何か、昨日からみんなの様子が変なんだ」
「変?」
「今だって、アタシが日高と二人きりになってもスズカが邪魔して来ないし」
「そう言えば……そうだな」
やっと俺の事を認めて貰えたって事かな。
……いやいや。ありえない。
数日経ったら無かった事にされているだろう。あの真壁スズカだし。
「それだけじゃないよ。日高だって花奈を認識出来る様になってるし。変じゃない?」
……あ。ヤバ。
確かに、昨日の今日でこれでは水鞠が疑問を持つのも無理が無い。
ここは適当に誤魔化すとするか。
「よく分からんが、昨日に起きた歪みの影響じゃないか?」
「雑過ぎない!?」
予想通りの答えに俺は右手を振りつつ、
「深く考えても分からない物は分からないんだ。全ての異変は魔法現象のせいって事でいいだろ」
すると水鞠はクスリと笑う。
「日高もすっかり魔法使いらしい事を言う様になったね」
「色々とあったからな」
「そっか。そうだよね」
俺は袖を上げ、わざとらしく力瘤を見せつける。
「言っておくが、俺だって魔法使いとしてメチャクチャ強くなったからな。昨日は土煙田亀と契約したぞ」
「土煙田亀……! 驚いた。存在自体を感知するのが難しいのに」
「た、たまたまな。運が良かったみたいだな」
「へえ。それにしても、よくそんなレアなモノと出会えたものだわ」
「まあな」
出会えたのは、それだけじゃない。
猫目青蛙が、水鞠七兵衛の意思が、俺の中にいる。
水鞠コトリの大切な友達と一緒に。
「ねぇ、日高……」
水鞠が突然立ち止まる。
「水鞠?」
俺も立ち止まり、水鞠と対峙した。
水鞠は少しの間を空けた後、
「あのさ。ありがとう日高」
「……え?」
水鞠はソワソワと落ち着かない様子で短く揃った前髪を指で弄った後、深く息を吸い込んだ。
「いつも側にいてくれて、ありがとう」
廊下の窓から優しい陽の光が差し込んだ。
猫の様な瞳は、キラキラと輝いている。
俺は水鞠の手を取り、静かに頷いた。
「俺はずっと水鞠コトリの側にいる。例え全世界に否定されてもだ」
「……うん!」
俺は水鞠の手を引き、廊下をゆっくりと歩き出した。
俺が水鞠コトリを連れてゆく。
行こう。
誰も知らない未来へ。
ここまで読み進めて頂き、ありがとうございました。
六章が完結しました! これをもちましてリメイク作業は終了です。やった!
リメイク版ではプロトタイプ版のエピソードの大幅追加、修正などを行って来ました。終わってホッとしています。
まだ修正が必要な部分や回収出来ていない伏線もありますが、ひとまずここで一区切りとなります。
正直なところ、この先は六章の盛り上がりを超えるのは難しいと思います。
なので、個人的には六章で実質完結みたいなものだと思っています。
ここで冷静に振り返ってみると……。
六章に関しては盛り込み過ぎた感が否めないですね。
やっぱり二つに分割すれば良かった様な、良くなかった様な。
リメイクしても答えは出ませんでした。
個人的に上手く行ったと思うのは五章で、六章の補助的役割を大きく担っていました。
橘辰吉の追跡回は日高の土煙魔法が実力者である橘辰吉に対しても有効である事を説明する為に必要でした。
アバター回は「魂が別の場所に移動した場合、どの様な事態になるのか」という話。日高のタイムスリップに繋がります。
カラオケ回はコトリが歌うムヒョーの主題歌で、ムヒョーのキャラクター像を読み手に印象付ける役割がありました。
面接回で日高が迎えた危機は、コトリが「ムヒョーストラップに魔法をかけて日高に持たせる」行動に繋がっています。
それぞれ楽しんで書けたエピソードでした。
こういった短編形式の話には、またチャレンジしたいですね。
ここまで来るのに本当に長かったなぁ……と感じています。
出来る事なら週二投稿にしたかったのですが、週一になってしまいました。
環境が変わりまして、執筆スピードが落ちているのも事実ではありますが、私の作業方法にも原因があります。
何だよそれって感じですが、ここで私の物語の作り方を簡単に説明させて頂きます。
まず全体のストーリー展開をイメージして雑なプロットを作ります。
そこの隙間に書きたいエピソードを差し込んで行きます。
ここには使わないであろう無駄エピソードも入れ込んでおきます。
それが完成したら、プロットを元に一話から書いて行きます。
だいたい途中で辻褄が合わなくなったり、超絶つまらない展開になります。
ここが一番しんどくて、テンションが下がり筆が止まります。
それでも強引に最後まで書いちゃいます。
こうして出来たものがプロトタイプ版となります。
前回のあとがきに書いてあった「完成した」のは、リメイク版六章のプロトタイプ版だったと言う訳です。
このプロトタイプ版を一旦忘れて寝かします。*重要
しばらくしてプロトタイプ版を修正しながら週一で投稿すると、あら不思議。
新たなアイデアが生まれ、問題の部分が次々と解決するじゃありませんか!
誰でもやっている事かも知れないのですが、こういった理由で週一投稿になっていたのです。
……と言い訳が終わった所で、今後の展開についてお話しさせて頂きます。
この六章をもって引力と猫の魔法使いは第一部完結となります。
では、第二部のスタートである七章の投稿がいつ始まるのか? となるのですが……。
来週からスタートします。
七章のプロトタイプ版は既に完成しているので、ここからまた週一投稿が始まります。
もちろん未発表の完全新作です。
第七章は書きたいものを全て詰め込めたので、満足度は非常に高いです。
まあ、それが面白いかはまた別の話ですが……。すみません。
見どころとしましては、新たな能力を手に入れた日高がどのような活躍をするのか。
そして水鞠家従者として日高と関わる火咲花奈など、新たな人間関係にも注目です。
第一部のエピローグにして、第二部のプロローグとなる第七章。
ここでは大きな伏線も回収されますので、最後まで読んで頂けるとうれしいです。
それから評価をポチッとして頂けると、とても励みになります。
感想やツッコミなどもお待ちしています。
以前、設定についてあたたかい感想を頂いたので、どの様にして今の設定に行き着いたのかを、機会があれば書きたいと考えています。
ではまた。




