第138話 日高誠と時計の針
どの位の時間が経ったのかは分からない。
一瞬だった気がするし、長い間の様な気もする。
目を開けると、俺は自分のベッドの上で横になっていた。
異変にはすぐに気付いた。
身体が十六歳の姿に戻っている。部屋も六年後の状態だ。
「やった……!」
俺は戻って来たんだ。元の世界に!
「あれ……?」
その感動はすぐに打ち消される。
様子がおかしい。
やけに外が暗い。そして静かだ。
時計の針が指しているのは十六時。
陽が落ちるには早過ぎるし、俺が六年前にタイムスリップする前は晴れていたたずだ。
胸騒ぎを感じつつ、俺はガラス戸の前まで移動した。
「な…………!?」
雷光が視界を遮る。
ガラス戸は風圧を受け、ガタガタと激しく揺れ動く。
「何だよ……これ……」
窓から見える光景に絶句した。
灰色の世界だ。
何故かどの家も電気が点灯していない。
この世界には誰も居ないのか? どうして……?
前にもこんな現象があった。また像換獣が暴走しているのか?
「そうだ。スマホ……!」
水鞠から連絡が入っているかもしれない。
ベッドに転がっていたスマホを手に取ると、メッセージを二件受信していた。
送信元は……。
「****」だ。
またこれかよ……。嫌な予感しかしない。
俺はメッセージアプリを開き、内容を確認する。
『ハヤク モドレ』
え……? 戻れ?
『シッパイ シタ』
「失敗……!?」
嘘だろ。
俺はミッションを失敗したのかよ。
今居るこの世界は要素を回収出来なかった未来だって事か?
…………最悪だ。
そもそも戻るって、どうやってだ?
まさか今からベッドに寝直すのか?
いやいや。それだけで六年前に戻る事が出来たら設定が雑過ぎるだろ。
「一か八か……。やってみるしかない」
疑問だらけなのだが、メールの主が戻れと言うのなら、可能なのかも知れない。
俺は素早くベッドに横になり、目を閉じた。
そして深呼吸をして強く念じる。
頼む。俺を六年前に戻してくれ……!
「…………!?」
願いが叶ったのか、すぐに意識が遠のいていった。
身体がフワリと浮かび上がり、急降下する。そんな感覚に襲われた。
…………違う。
何かが違う。
俺は未来へ戻る為の要素を全て回収したはずだ。
そして誰かの力を借りて六年後の世界に戻って来たはずなんだ。
誰だ? 誰の力を借りた?
思い出せない。
大切な「何か」を、俺は忘れている。
またこれかよ。この展開は何度目だよチクショー!
ただ一つ分かるのは、俺が間違った選択をしたって事だ。
確証は無い。
俺の中にある「何か」が、間違っていると訴えている。
……そうだ。
これは誰かの陰謀だ。
俺は今、誰かによる攻撃を受けている。
動け……! 俺の身体!
動いてくれぇぇ……!
「だぁああああああ!」
俺は気合いと共にベッドから起き上がり、ベッドから飛び降りた。
そして部屋の中央に立つ。
「…………この世界は嘘だ!」
誰かが俺を嵌めようとしている。その手には乗らねーぞ。
「俺は過去には戻らない! 絶対にだ!」
鼓動は次第に大きくなる。
それは不快な金属音となって鳴り響く。
俺の部屋はグニャリと不自然に拡張され、壁が遥か遠くへと消えて行った。
灰色の空間が、真っ赤に染め上がる。
「……結界だ」
俺の部屋は既に結界に飲み込まれている。
その証拠に、視線の遥か先には透明のマネキン人形がポツリと立っていた。
──結晶体。
思い出したぞ。
コイツは六年前に俺を追いかけて来た結晶体だ。
願いを否定されて正体を現したんだ。
「……ラスボス登場って訳か」
それが分かれば簡単だ。コイツを破壊すればエンディングになるって話だ。
俺は右手に魔力を集中し、立体魔法陣を創り上げる。
『来い! 火喰甲魚!』
掌から出現した小さなガラス玉は光り輝き、振動を繰り返す。
「…………!?」
様子が変だ。
立体魔法陣は砕ける事も無く、消滅してしまった。
何だ? 今の感覚は。
結晶体は金属音を鳴らしながらユラユラと揺れ始めた。
そして頭部が割れ、そこから細かな亀裂が拡がってゆく。
マズい。第二段階になろうとしている。
展開が早過ぎだろ。少しは待ってくれよ。
「もう一度……!」
俺は魔法エンジンをフル回転させ、魔力を右手に送り込む。
「な……!?」
今度は立体魔法陣すら創れなくなっている。
何が起きているんだ?
「猫蛙! 助けてくれ。立体魔法陣が出て来ないんだ」
……返事が無い。
猫目青蛙は俺の中の魔法空間に居る。だが反応が無い。
六年後の俺は魔法空間との通信が出来ないのか?
それともこれが結晶体の攻撃なのか? 訳が分からねーよ!
『キキキキキキキ……』
結晶体が振動する。
すると、いきなり結界の空に巨大な円盤が現れた。
その中心から二本の棒が伸び、クルクルと回転を始めた。
「時計……?」
そうだ。あれは俺の部屋にある壁時計だ。
よく見ると針の動きがおかしい。
まさか……!
その事実を認識すると同時に、血の気が引いた。
「逆回転している……」
時間を戻しているのか?
普通なら結晶体の生み出す結界は、時間を未来へと強制的に進ませるはずだ。
なのに、この結界は逆を行っている。こんなのアリかよ!
スマホに届いた謎のメッセージ。
そう、『ハヤク モドレ』だ。
コイツは本気で俺を過去に戻すつもりなんだ。
……ヤバいだろ。
また六年前に飛ばされてみろ。
契約した猫目青蛙を六年前に連れて行けるか分からない。
再び俺が元の世界に戻れる保証は無い。
下手をすれば世界が崩壊するかも知れない。
待て待て。まさか、それが敵の狙いか?
「どうする……!?」
焦りと共に結晶体の金属音が激しくなってゆく。
それを打ち消す様に、別の金切り音が侵食した。
「…………何だ?」
結界の天井に穴が空き、破片が舞い落ちた。
『炎鎖 炎錠』
魔法だ。
結晶体の足元から炎の鎖が無数に出現し、結晶体を取り囲む。
この魔法は……!
俺の目の前に、影が降り立った。
その正体は二メートル近く身長のある魔法使いだ。
紺色の魔法着に身を包み、赤い不気味な仮面を身に着けている。
「弓の魔法使い……」
相変わらずナイスタイミングだよ! 助かった!
「間に合った様ですね」
「気を付けて下さい。そいつは時間を戻しています!」
すると弓の魔法使いは結晶体と対峙し、
「その様ですね。ですが、私には影響がありません。この結晶体の能力は貴方に対してのみ有効となるからです」
「……え?」
「今の貴方の年齢は十四歳程度にまで戻されています。このままですと、結界ごと過去の時空に飛ばされるでしょう」
「ちょ、冷静に分析している場合ですか!? 早く結晶体を破壊して下さい!」
「この結晶体は強力です。完全に破壊するには、私の最大魔法を必要とします」
弓の魔法使いは魔力を集中させている。
攻撃魔法を繰り出すには魔力を捻出する時間が必要らしい。
『キキ……キキキキ……キキ……』
結晶体は炎の鎖によって身動きが出来ない状態だ。
だが炎の鎖は軋み、今にも千切れそうになっている。このまま抑え切れるのか?
『キキ……キキ……キ……』
結晶体の頭部が破裂し、破片が飛散した。
結晶体が膝をつき、左半身が崩れ落ちる。
その部分から人間の顔の一部が露わになった。
そうだ。
結晶体の第二段階は生み出した本体の姿になる。
これでラスボスの正体が分かるぞ。
誰だよ。こんな事を願ったのは。
『…………ル』
え……?
『カケ……』
な……!?
『カケル……』
何で? 何でお前が……。
小さな身体。ふくよかな肉付き。
大きな目に、ちいさな鼻と口。
間違いない。
「九銃……!」
嘘だ! 何でお前が……!?
「九銃……! 九銃なのか……!?」
九銃の形をした結晶体は、苦しそうな表情を浮かべ、炎の鎖に捕らえられている。
六年前……また会おうって約束したのに、こんな形で再会するなんてあんまりだ。
「何が起きたんだよ……。あの後、九銃の身に……!」
弓の魔法使いは微動だにせず語り出す。
「貴方が未来へと旅立った直後に、あの結晶体は生まれました」
「知っているのか……!?」
弓の魔法使いは頷くと、結晶体を遮る様に立ち塞がる。
「この結晶体の能力は『引き戻し』です」
「引き戻し……?」
「貴方と会う事が出来ない寂しさ。そして未来に行かないで欲しいという願望。それらが生み出した能力です」
「何で……そこまで……」
「この結晶体はずっと待ち続けていました、貴方が六年前から帰って来るこの日を。貴方の魂を六年前に引き戻す為に」
「…………嘘だ」
あの九銃がそんな願いを……?
強くなって、また会おうと誓ったはずだ。それなのに何で……?
そんな様子は無かった。俺の思い違いなのか?
頭の中を過去の出来事がフラッシュバックしてゆく。
「……そうだ」
思い出した。
猫目青蛙が言っていた。
あれは無意識暴走による結晶体だって事を。
あの時の九銃には自覚が無かったんだ。
そうなると、大きな問題がある。
「この結晶体は核が無いんです。このままだと破壊出来ない!」
すると弓の魔法使いは振り返り、俺と対峙する。
足元まである長い魔法着が、熱風によって揺らめいた。
「破壊は可能です」
「え……?」
「この結晶体にはもう……核が存在しているのです」
「ちょ、何で……そんな事まで分かるんです?」
弓の魔法使いは一呼吸おいた後、
「貴方は何も分かっていません……」
「……え?」
「九銃の事を教えましょう」
「え? 何でそうなる?」
そもそも俺は九銃をよく知っている。教えて貰う必要なんて無い。
そんな俺の考えを打ち砕くかの様に、弓の魔法使いは結晶体を指差した。
「九銃は女の子です」
……はい?
「何を言って……」
「女の子です」
「嘘だろ!?」
はは……。
いきなりとんでもない事を言い出したぞ。
九銃が女の子だなんて……そんな事ある訳が無……。
…………あれ?
九銃と過ごした時間を思い出してみると、納得出来る部分がある。
何かやたらと柔らかかったし、可愛らしい顔立ちと言えなくも無い。
……そう言えば、妹の見ていたアニメキャラクターも知っていた。
それが本当だとしたらヤバくないか?
俺、間接キッスとか、めちゃくちゃボディタッチしちゃってるし。
「彼女は体が小さくて幼く見られがちですが、実際は貴方と同じ年齢です」
「そうなの!?」
小さい割には、しっかりしているな……とは思っていた。
十歳だったのかよ……。
「それから、本当の名前は『九銃』ではありません」
「そこから違うの!?」
いや、考えてみれば綿貫さん以外は偽名を使っていた。
名乗っていた「九銃」が本当の名前じゃなくとも全く不自然じゃ無い。
「何で気付かなかったんだよ、俺は」
「九銃家は彼女の嫁ぎ先になるはずでした。六年前から既に九銃家に許婚が居たのです」
許嫁の話は綿貫さんから聞いていた。
受け継がれているはずの結晶具が発現出来なかったから、と。
それが理由で家出を繰り返していたから、仕方無く綿貫さんが面倒を見ていたんだ。
「一族の期待に応える事が出来ず、自信を失っていた彼女は『本当の名前』を嫌っていました」
「……だから『九銃』と名乗ったのか」
自傷行為だ。そんなの。
俺から「九銃」と呼ばれていた時、あいつはどんな気持ちだったんだよ。辛過ぎるだろ。
「彼女の本当の名前をお教えしましょう……」
弓の魔法使いは自身の顔を覆い隠す仮面に手を掛けた。
それと同時に魔法着は形を変え、身長が縮んでゆく。
紋様が刻まれた仮面は小さな無数の光の球体となって消滅し、弓の魔法使いの素顔があらわになった。
大きな目、低い鼻、フワフワな茶色の髪。
それは俺の知っている、クラスメイトの姿。
────火咲花奈。
「火咲……!?」
頭の中のバラバラになっていた記憶のパズルが、カチカチと元の形に戻ってゆく。
そうだ。
俺が引力魔法を暴走させてから、俺と火咲花奈は何度も会っていた。
何度も危機から救ってくれていた。
でも、俺は火咲花奈を認識出来ていなかった。
それは彼女が俺の未来に深く関わっていたからだ。
未来の情報である火咲花奈は、杭の能力によって俺の記憶から消されていた。
水鞠家の従者「弓の魔法使い」は、火咲花奈だ。
そしてその事実が、一つの結論に辿り着く。
「お前が……九銃だったのか……」
すると、目の前にいた同級生の表情が、見覚えのある生意気そうな少年のものに変わった。
「そうだよ。俺が九銃だ」
返す言葉が出て来ない。
頭が真っ白になり、意識を失いそうになった。
「久しぶりだなカケル。……って言ってもお前とっては、ついさっきの事なんだよな」
「…………」
俺は動揺して、そのクリクリとした丸い目を正面から見る事が出来ない。
逃げる様に結晶体へ視線を移してしまった。
『……カ……ケル……。カケル……』
九銃の結晶体が魔法を破ろうとしている。凄まじいエネルギーだ。
火咲花奈は哀れみの表情でそれを一瞥すると、言葉を続ける。
「俺はコイツを消そうと努力して来た。結晶体を生み出した六年前からずっとだ」
「六年前から……」
それが本当なら、俺が未来に行った直後には自覚していた事になる。
「そうだよ。お前が眠っている間、改変対象の居ない結晶体は休眠状態になっていたんだ。破壊するには、お前が六年前から戻って来た『このタイミング』を待つしか無かった。最近になって、お前が俺の事を認識し始めたから、そろそろだと思っていたよ」
「分かっていたのか。全て……」
火咲は首を横に振り、それを否定した。
「そうじゃ無いから大変だったんだよ。イレギュラーな事が沢山起きて時間もズレた。だから猫目青蛙は綿貫と俺に協力を要請した。全ては『この未来』へ辿り着く為だ」
「そう言う事か……」
綿貫さんと火咲の行動に違和感があったのはそれだ。
猫目青蛙から知り得た情報がある一方で、予想外の出来事も起きていた。
確かに、それを匂わせる場面が幾つか思い当たる。
『キキキキ……キキ……』
結晶体を押さえ込んでいる炎の鎖が軋み、メキメキと音を立てる。今にも破壊されそうだ。
「鎖が……!」
取り乱す俺とは反対に、火咲花奈は冷静なままだ。
両手を合わせ、立体魔法陣を起動する。
閃光と共に魔力が解放された。
だが、立体魔法陣が出現しない。
さっきの俺と同じ現象だ。火咲の魔法にも結晶体の能力が適用されている。
それでも火咲は魔法を起動し続ける。
「結界内の発動した全ての魔力をも引き戻す。第二段階に進化した、この結晶体の能力だ。……でも、今の俺には通用しない」
前に突き出した両手から、眩い閃光が溢れ出す。
『いでよ。炎環の弓』
その光が一つに合わさると、立体魔法陣が姿を見せた。
魔法式が描かれた、ガラスの様に透き通った弓。
美術品の様に美しく、気品のあるオーラに包まれている。
それを誇らしげに構えると、結晶体に狙いを定めた。
「俺の願った未来は特大の魔法エラーを生み出した。だからもう……俺の手で終わりにする」
弦を引くと、光り輝く炎の矢が現れた。
『三十八層 展開』
弓の立体魔法陣とは別に、無数の円錐型立体魔法陣が出現し、結晶体を取り囲んだ。
これは、この魔法は……。
俺は知っている。
魔法花火大会の時に見た、「雷旋のワタヌキ」の究極魔法だ。
結界内が軋むほどの魔力。
赤色の空間に、火咲花奈の詠唱が響き渡る。
『轟炎旋』
炎の矢は、一直線に放たれた。
それは結晶体に直撃すると、真下から炎が渦を巻き、一瞬で覆い尽くす。
圧縮された強力な魔力が何度も旋回を繰り返し、その度に結晶体の表面が剥がされて行く。
断末魔を上げる余裕すら与えない。それ程に強力な魔法だ。
結晶体の姿はもう無い。
核の球体だけが地面に残されたが、それも焼き尽くされ、黒い霧とになった。
雷旋のワタヌキと同等、もしくはそれ以上の威力かも知れない。
圧倒的な破壊力だ。
弓の魔法使いの立体魔法陣が、ガラスの様に砕け散る。
その破片は煌きながら、立ち昇る火柱の中へと消えて行った。
火咲花奈はゆっくりと振り向く。
火の粉が舞う爆風の中、フワフワの髪を右手で押さえ、自信に満ちた微笑みを見せた。
「どうだカケル。俺……強くなっただろ?」
「あ、ああ……」
すると火咲花奈はフフンと鼻で笑い、
「昔の俺は自信を失っていたんだ。自分で自分を否定する事で魔法が封印され、発現出来なくなっていた。でもカケルと出会って、理想の自分になりたいと願う様になったんだよ」
「理想の……自分……」
「そうだ。俺の魔法特性は『理想の自分』をイメージする事によって発動する。理想に近付き、実現する事で本来の実力を発揮出来る様になるんだ」
「魔法特性……それが……」
「それだけじゃ強くなれないのは分かっていた。だからカケルが居なくなった後、毎日毎日、寝る間を惜しんで死ぬ程修行したんだ。綿貫に頼んで弟子入りさせて貰ってな」
雷旋のワタヌキの弟子……。あの九銃が。
俺の頭の中は情報の氾濫でショートを起こしている。口が開いたままだ。
そんな反応は火咲にとっては予想通りだったらしい。
俺を指差し、挑発的な態度で言い放つ。
「俺の勝ちだカケル。宣言通り、俺がコトリ様の一番になってやったぞ!」
──六年前の世界で出会った、落ちこぼれの魔法使い。
そいつは俺との約束を守り、水鞠家最強の魔法使いに成長して俺の目の前に現れた。
こんな嬉しい事は無い。
でも、俺は……。
「……ごめん」
それに続く言葉が出て来なかった。
すると突然、柔らかい感触が俺の身体を包み込んだ。
何が起きたのか気付くまで、しばらく時間が必要だった。
俺は今、火咲花奈に抱き着かれている。
細い両腕で強く締め付けられ、その小さな身体から鼓動が伝わる。
「言わなくていい。カケルの気持ちは知っているから」
「火咲……」
「なあカケル。俺達でコトリ様を助けたんだぞ? 凄くないか?」
「……ああ。お前の言った通りになったな」
火咲が居たから魔法花火大会は成功出来た。
俺の立体魔法陣を宇宙に打ち上げる事が出来たのは、反則級の合体魔法があったからだ。
火咲花奈は震える両腕に力を入れ、
「俺さ。暗い場所も平気になったんだ」
「ああ」
「高い所だって、もう怖くねーよ」
「……頑張ったんだな」
「犬が大好きになったんだ。絵も、めちゃくちゃ練習して上手くなったんだよ」
「火咲……」
「分かってる。結界が無くなるまででいい……。お願いだから、このままで居させて」
乾いた破壊音が無数に響き、その涙声を掻き消した。
赤い空に亀裂が走り、光の矢が無数に降り注ぐ。
この空間を支配していた結晶体が完全に消滅し、結界の力は失われた。
フワリと浮かぶ感覚。
視界が光に包まれる中。
火咲は腕を解き、俺の身体から離れてゆく。
『さようなら。カケル……!』
*
気付くと火咲の姿は無く、俺は一人で佇んでいた。
派手に拡張されていた部屋は元の状態に戻っている。
時計の針は十六時。
ガラス戸に視線を向けると、そこには晴れた空が覗いていた。




