第13話 日高誠と理想的なデート
ペンケースとスニーカー。
この二つは俺が過去に魔法で引き寄せた物だ。
その持ち主である二人が並んで歩いている。
偶然にしては出来過ぎだし、どう考えてもおかしい。
まずは水鞠にこの事を報告だ。
俺は校門の陰に隠れ、素早くスマホを取り出した。
アドレスから水鞠コトリを選択。通話ボタンをタップした。
「いや、ちょっと待てよ」
ワンコールの後に通話を切る。
一緒に歩いているだけで異変扱いするのもどうなのか?
本当に偶然だったら笑い物だ。
……このまま少し様子を見てみるか。
俺は身を隠したまま、二人を観察する事にした。
二人は仲睦まじい雰囲気で並び歩き、そのまま学校を出てゆく。
俺はその背後を一定の距離を保ちながら進む。
よし、追跡開始だ。
いや、完全にストーカー犯だよ!
待て待て。落ち着け。
これは正当な理由があるのだ。
決して興味本位だけでは無い。セーフだ!
などと自分に言い聞かせ、そのまま東谷駅まで尾行した。
二人はロータリーの一画にある煌びやかな店舗に入ってゆく。
何だここは。
「カラオケ……か」
裏手にカラオケ屋があったなんて知らなかった。
おいおい。個室で二人きりなんて、普通にデートじゃないか。
マジかよ。本当に付き合ってたりするのか?
結晶体の事なんてどうでも良くなって来たぞ。
あの吉田と三ノ宮がどんな歌を歌うのか想像が付かん。
いや、そもそも歌っていないかも知れないけども。
待つ事一時間。
カラオケ店を出た二人が移動を開始。
向かったのは隣に併設されている巨大ボーリング場だ。
三ノ宮菜々子もストライクを出してハイタッチなんてしている。
青春してるな吉田。逆に何してんだよ俺は。
ハイテンションな二人を陰から見守り続けて一時間。
その後は遊園地に入って行った。
コーヒーカップを回したり、観覧車に乗ってみたり。
続けてジェットコースターに乗ったりとやりたい放題だ。
夜遅くには水族館に訪れた。
他のカップル達と同化して楽しそうにペンギンを見ちゃったりして。
それが終わると海辺のカフェでいいムードになってしまった。
離れた席に座りつつ、そんな二人を監視する俺。
何だこれ。普通にデートじゃん。
滅茶苦茶デートだろ。これはあれだ。リア充爆発しろ、てヤツだな。
結論は出た。
吉田は志本紗英の事を諦めて違う女子と付き合ってた。
……って言うのなら、吉田は俺を消したいと願わないはずだ。
つまり……吉田は犯人じゃない……!
この事を水鞠に報告だ。
俺は席を立ち、柱の陰に移動した。
尻ポケットに入れていたスマホを手に取る。
「……熱っ!?」
本体がムチャクチャ熱い!
何だこれ。故障か?
「電話……?」
何故か画面には着信中の表示がされている。
非通知の表示で誰からかは分からない。
ま、いいか。とりあえず通話に出てみよう。
『…………よ だ…………』
女性の声だ。
「もしもし? 電波が悪いみたいですけど?」
『日高!』
鼻に掛かる特徴的な声。
あれ? この声は……誰だっけ?
『やっと魔法電波が通じたよ! どこにいるの?』
魔法? そうだ。この声は水鞠コトリだ。何で忘れていたんだよ。
「どこ……って、お洒落なカフェだけど。海辺の」
『ここは海無し県だよ! アンタどこまで行ってんの!?』
どこ……?
俺は今、どこに居るんだ? ああ、そうだ、思い出した。
「東谷駅の近くのはずだ。
吉田が彼女を連れていたから、真実を確かめる為に尾行した。
……そうしていたら、遊園地や水族館に……」
『東谷駅に遊園地も水族館も無いから!
アンタまんまとやられているね。
魔力を感知出来るはずなのに、どうしてそうなった?
油断し過ぎだよ!』
やられている? 一体何に?
『アンタは今、結晶体から精神攻撃を受けている』
「結晶体……!?」
そうだ。魔法が暴走し結晶化した物体だ。
未来改変を引き起こす、魔法使いの敵。
ヤバい……!
「水鞠! 俺はどうすればいい!?」
『…………』
反応が無い。通話は既に切断されている。
「日高君」
「…………!?」
突然名前を呼ばれて驚いた。
振り返ると、カフェの席に居たはずの三ノ宮が目の前に居る。
いつから背後に居たんだよ。
「よ、よお三ノ宮。偶然だな」
平静を装いながら言葉を返す。
これが今の俺に出来る精一杯だった。
同じクラスだが、こうして面と向かって話すのは初めてになる。
三ノ宮もまた、物静かでグループに属さないタイプの人間だ。
長くてまっすぐな髪が風に揺れている。
長い前髪に隠れた小さな瞳が怪しく光った。
「見てたの……?」
弱々しい小声が痩せた身体から搾り出される。
「な、何の話だ?」
「見てないの……?」
どう言う意味だ!?
どう答えれば正解なんだよ。
頭の中は大混乱だ。
気付けば世界には俺と三ノ宮の二人きりになっていた。
店内は閉店後の様に照明が落とされ、静寂に包まれている。
その中で三ノ宮は不気味な笑みを浮かべた。
「ずるいよ……日高君。吉田君を独り占めして」
そう言って一歩踏み出した。
「独り占めって何だよ。してねーよ!
たまたまそうなっているだけだっつーの!」
「そんな事言って……こんな風に吉田君を取られたらショックでしょ?」
「は? ショック?」
頭の上に巨大なハテナマークを生やしてしまった。
あーはいはい、なるほどな。ようやく理解した。
間違い無い。この状況を作り出したのは三ノ宮だ。
どうやら彼女は俺に嫉妬しているらしい。
ならば次の行動は決まった。
「いや、別にショックとかは無い」
「何で!?」
いや、おかしいだろ。
何で俺がショックを受けねばならんのだ。普通に無いわ!
恋愛関係の結晶体は願いを否定すれば消えるんだったな。
これは水鞠が居なくても流れでどうにかなったかも知れん。
『何で? ナンデ? ナン……』
三ノ宮の頭部がパリンと割れ、中から赤い結晶が剥き出しになった。
その瞬間、世界は赤色に染められ、金属音が響き渡る。
「結界……?」
あれ? 話と違くない? 消えるんじゃ無かったっけ?
『キキキキキキキキキキ』
三ノ宮の身体は結晶のマネキン人形の姿へと変化してゆく。
カフェの内部は崩壊。
ハリケーンが通過した後の様な廃墟と化した。
瓦礫によって今にもカフェの出口が塞がれそうになっている。
これは脱出しないとマズいだろ。
俺は素早く反転し、全力ダッシュでその場から離脱する。
出口を出た所で空間が切り替わり、遊園地の風景に変化した。
そこもカオスな状態だ。
観覧車が地面に横倒しになったまま稼働。
その上をティーカップやらジェットコースターやらが行き交う。
その隙間を縫う様に通路が伸びている。
危険度マックスなのは誰でも見て取れる有り様だ。
『キキキキキキキキキキ……』
背後から金属音が近付いて来る。
悩んでいる時間は無い。このままだと追い付かれる。
ミシミシと軋む鉄骨のアーチを潜り抜け、結界の奥へと進む。
いかにもヤバそうな雰囲気だ。
何かが来る……?
謎の機械音。それと同時に視界に影が落ちた。
ホラ見た事かよ。嫌な予感が的中だ。
上部に横たわる鉄骨を突き破りながら、巨大な何かが落下して来た。
コーヒーカップ……! 嘘だろ!?
俺は横っ飛びして地面を転がり、這う様にして回避した。
すると今まで居た座標に、二つのコーヒーカップが突き刺さる。
「あ、危ねぇ……! ギリギリじゃねーかよ」
多少の擦り傷で済んで良かった。
死ぬ所だったぞ。良かったぁ……。
いやいや、安心している場合じゃない。早く逃げないと。
通路の先には非常灯の光が見えている。
どうやらあそこが出口の様だ。
次の展開が読めて来たぞ。
次の場所は水族館かカラオケだな。ボーリング場って事もあり得る。
この不思議空間からは、どうやったら脱出出来るんだ?
俺がダメージを受けるまで永遠にこのままじゃ無いだろうな。
不安に襲われつつ出口を抜けると、また違う場所になっていた。
見覚えのある風景。この場所は……。
校門だ。
東谷高校の校門前。
俺が最初に吉田を待っていた場所に戻されている。
いや、違う。俺はずっとここに居たんだ。
今までの出来事は最初から幻だったって事か?
「あ……?」
突然膝が崩れて座り込んだ。
目眩で視点が定まらない。足が震えて立ち上がる事が出来ない。
マラソンを何十キロも走った後の様な異常な疲労が襲っている。
無理矢理に体力を奪われている感覚だ。
これは結晶体からの攻撃だ。そうでなければ説明が付かない。
さっき倒れた時に膝と肘を怪我しただけだぞ!?
まさかそれで……?
『キキキキキキキキキキ……』




