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引力と猫の魔法使い 【リメイク版】  作者: sawateru
第六章 引力魔法と歪む世界

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第128話 日高誠と触媒構成

 ワタヌキ魔法商店に到着。

 魔法自転車を入口前に停止させると、店の中から店長が姿を見せた。

「おお、無事だったか二人共よぉ」

「触媒は手に入れましたが、相手に存在がバレたかも知れません」

「ああ。水鞠家では大混乱みたいだよぉ。とりあえず中へ入れよぉ」



 和室に入ると、ローテーブルでは真壁スズカが焦燥し切った様子でノートパソコンを叩いていた。

「大丈夫ですか?」

「セキュリティがキツくなってギリギリ回避中」

「頑張ってくれスズ」

 そう言って店長が真壁スズカの横に座ると、俺と九銃がそれに続く。


 真壁スズカはキーボードを叩きつつ、

「魔法局が魔法自転車のベルの蓋を収得した。コードネーム『演奏者』は姿を消して走行していたと主張」

「ヤバい……」

「でも大丈夫」

「え? また!?」

「ベルの蓋は水鞠家が登録していた自転車の物じゃ無かった。水鞠家は関与を完全に否定。コードネーム『演奏者』は捜査を混乱させたとしてペナルティを受けた」


 あの魔法自転車は地下に隠されていた。やっぱり訳アリなんだな。

 それにしても、橘辰吉が可哀想過ぎるだろ。流石に同情するよ。


 ……あれ? ちょっと待てよ。

「俺達の事がバレていないのなら、何で大混乱になっているんです?」

「猫目青蛙が行方不明になっている事に水鞠家の関与を疑うレスラーと、水鞠家従者との間で戦闘が起きた模様」

「戦闘!?」


 そこで店長は眼鏡を外し、目頭を押さえる。

「おそらくナナセさんだよぉ。あの人も短気だからなぁ」

「え……?」

 水鞠家の執事ナナセ。

 あの老人がレスラーと戦闘……!

「スズ。戦闘の結果は?」

「レスラーが軽症。何故か演奏者が肋骨を骨折して作戦から離脱した」


 何でだよ! 橘辰吉が離脱!?

 それ、絶対に巻き添え喰らってるだろ。

 どんだけ不幸なんだよ……。

 でも一番厄介な奴が離脱してくれて良かったぁ。


 店長は溜息を吐き、

「おそらくイキった若造が喧嘩を振っかけたんだろうよぉ。魔法局の魔法使いは上の許可が無いと戦闘魔法が使えないはずだ。『烈拳のナナセ』に肉弾戦を挑んで勝てる訳が無かろうによぉ」


「レスラーに勝った……。あのナナセさんが……」

 やっぱりヤバい人だったんだ。

 流石は斬鋼のクロセの兄弟だ。只者じゃ無かった!

 俺への当たりも、相当我慢していたんだろうな。

 殴られなくて本当に良かった……。

 

 九銃はスカッとした満面の笑顔になり、

「ざまぁだ! いい気味だぜ!」

 真壁スズカの小さな瞳が見開く。

「安心するのはまだ早い。水鞠家は立場を鮮明にする為、従者総出で猫目青蛙を探すミッションを行う事になった」

 それを聞いた店長は眼鏡を掛け直し、

「限界か……」

 その言葉に九銃が青褪める。

「何がだよ……」

「これ以上、カケル君に関わるのは危険だって事だよぉ。従者であるお前とスズは特になぁ」

「な……」


「その前に、回収した触媒を確認しておこうか。話はそれからだなぁ」

「お、おお! ちゃんと持って来たぞ!」

 九銃がポケットから「金の糸」を取り出した。

 それを受け取ると、店長か激しい動揺を見せる。

「これは……?」

「どうした綿貫! 違ったか?」

「いや、合っている。しかしこれは……」

「ハッキリ言え。綿貫!」

「使用量が多過ぎる。何故に金の糸をこんなにも……?」


「足りないって事は、三つ目の触媒が必要って事か?」

「そんな簡単な話じゃ無いよぉ。俺が持つ猫目青蛙のイメージとかけ離れている。これでは『構成している残りの触媒が何か』を考え直さなくてはならない。七兵衛のジジイは一体何を創ったんだぁ?」


 触媒が足りない上に構成も不明。

 厳戒態勢の中での触媒探し……。

 完全に行き詰まった。大ピンチ過ぎるだろ。



「赤い色の……何かじゃないか?」



 そう言ったのは九銃だった。

 店長は首を傾げ、

「何故そう思ったんだよぉ?」

「いや、勘……」

「赤は無いよぉ。像換獣の基礎構成から逸脱しちまうからなぁ」

「でもさ……」

「ふざけないで」

 真壁スズカが鋭く突っ込む。

「ふざけてねーよ! 俺は真剣にコトリ様を思って言っているんだ!」

「ん……?」

 その言葉が妙に引っ掛かった。

 九銃の発言には、前にも違和感があった気がする。

 

 真壁スズカは九銃に冷たい視線を向け、

「貴方は家に戻されたくないだけ。自分の事しか考えていない」

「何だと!?」


 ──そうだ。

 コイツは最初、家に帰されるのが嫌で、渋々俺の手伝いをする羽目になっていたはずだ。

 なのに、いつの間にか「水鞠コトリの為」に目的がすり替わっていた。

 それは何でだ?

「あ……!」

 俺はようやく違和感の正体に気が付いた。


 ──その前に確認したい事がある。

「九銃。何で猫目青蛙の契約者が水鞠コトリだって知っているんだよ」

 猫探しが水鞠を救う事に繋がったのは何故だ?


 その言葉に、場の空気が凍りついた。

 九銃は全身から汗をふきだし、

「き、聞いたんだよ。綿貫から」

「いやぁ。まだ伝えて無かったぞ? カケル君とスズに説明した時、その場にお前は居なかっただろうよぉ」

「う……!」

 

 そうだ。

 しかも店長からカエル型像換獣だと説明を受けた時、九銃は動揺していた気がする。

 俺の考えが正しければ、全ての辻褄が合う。


「九銃。お前、もしかしたら猫目青蛙に出会った事があるんじゃないか?」


「あ……」

 図星といったリアクションだ。

「何で教えてくれなかったんだよ。そんな大事な事を」


 俺が詰め寄るよりも早く、店長が九銃の両肩を掴む。

「……本当に見たのかよぉ?」

「い、一度だけ。三ヶ月前くらいに」

「三ヶ月前って、コトリちゃんは既に面会謝絶になっていたろぉ。お前、まさか……」

 九銃は目を逸らし、

「忍び込んだんだ。コトリ様の部屋に」


「とんでもない事をしてくれたよぉ……。これが知られたら独房入りだぞぉ」

「だって、心配だったんだ! あんなに痩せて……。あのコトリ様が」

 九銃は涙を浮かべている。


 店長は掴んだ両腕に力を入れ、前後に揺らす。

「だからって、もっと早く言えよぉ。貴重な情報だろうがよぉ」

「だって!」

「だってじゃないだろうよぉ」

「だって、コトリ様からの命令なんだ。像換獣の事は絶対に誰にも言うなって」

「コトリちゃんからの命令……?」

 

 そうか。

 当主からの命令に従者である九銃は逆らう事が出来ない。

 だから黙っていた。水鞠と交わした約束を守っていたんだ。

 俺は九銃の頭に手を乗せ、

「悪かったな九銃。これ以上は何も訊かない」

「……カケル」

 九銃は俯いたまま動かない。

 しばらくすると、俺の手を払い除け、和室から出て行ってしまった。

「九銃!」


 ……と思っていたら、ドタドタと足音が近付いて来る。

 たった今部屋から出て行った九銃が戻って来た。

「九銃……?」


「俺は何も喋らないからな!」

 九銃はローテーブルに画用紙を置き、鉛筆で殴り書きを始めた。

 絵だ。九銃は絵を描いて伝えるつもりなんだ。

 命令である「誰にも言うな」をそのまま受け取るつもりか。

 なるほど。強引だが、これなら命令違反にはならないのか。

 それはそれで雑過ぎるだろ。

 

 九銃は一心不乱に鉛筆を動かし続ける。

「描けたぞ!」

「おお!」

 出来上がった絵を見て、愕然とした。


 ……何だか分からん。

 これは手か?

 いや、脚?

 そもそもどっちに向いている絵なんだ?


「下手過ぎ」

 真壁スズカがド直球の意見を言ってしまった。

「う、うるせーな! お前は黙ってろよ!」

 またもや顔を真っ赤にして叫ぶ九銃。

 俺は紙を手に取り、目を細めた。

 良く考えろ。カエル型ってのがポイントのはずだ。


 その割には脚らしきものが真っ直ぐ過ぎる。

 あ、これってもしかして……。

「二足歩行なのか?」

 俺が視線を送ると、九銃の瞳がキラキラと輝いた。


 正解だ。

 だとすると、パーツとパーツの関係性が見えて来る。

 これが腕。この頭部の下に描かれた図形は何だ?

 模様か? それとも魔法陣?

 そして短パンみたいな物を履いている様にしか見えないのだが、これはどういう事だ?


 像換獣が短パンて。

 短パン……。

 違う。これは短パンなんかじゃ無い。

 そして頭部の下の図形……。


 頭の中でバラバラになっていたパズルがパチパチと組み上がってゆく。

 そうして行く内に、猫目青蛙の全体像が浮かび上がって来た。








「ムヒョー……」




 蝶ネクタイに腰布。そして猫目。

 水鞠コトリが死ぬ程大好きなキャラクター。

 白猫ムヒョー。


「……そうか。そう言う事か」

 ようやく俺は猫目青蛙の存在理由を理解した。

 水鞠コトリの唯一の肉親であり祖父である水鞠七兵衛が、死ぬ前に作り上げた像換獣。

 それは残された孫娘を悲しみから救う為に生み出されたものだったんだ。


 反応したのは真壁スズカだ。

「ムヒョー……って、あのアニメのムヒョー?」

「何だよぉ。ソレは」

「綿貫知らないの? コトリ様が好きなキャラクター。今もアニメが放送中しているよ。有名な海賊漫画をパクって炎上中」


 白猫海賊ムヒョーか。

 確か打ち切りになったシリーズだったよな。

 あれやってたの、六年前だったのか。


 店長はニヤリと笑い、深く頷いた。

「なるほどなぁ。あのジジイの考えが完全に理解出来た。これで猫目青蛙に会えるよぉ」

 今のやり取りだけで答えに辿り着いたらしい。流石は雷旋のワタヌキ!


「触媒が分かったんですね」

「おお」

 完全に置いてけぼりの九銃が不満顔で、

「ちょっと待てよ! 意味が分からないんだけど!?」

「九銃のお陰で何とかなりそうなんだよ! 大手柄だ!」

「マ、マジかよ。ならいいんだけどよ……」


「カケル君。先にこれを渡しておく」

 店長はテーブルの上に小さな瓶を置いた。

 中には小さな青い宝石が浮いている。

「これは……?」

「カケル君がゲットした二つの触媒を合成した物だよぉ」

「いつの間に……」

「触媒は一つ足らんが無視でいい。これを持ってメイン触媒が眠る場所へ行け。上手く行けば猫目青蛙に出会えるはずだよぉ」

「これで……本当に……」

「ああ。これでダメなら諦めるしか無いよぉ」


 俺は瓶を手にし、祈る様にして目を閉じた後、小さく息を吐いた。

「店長。教えて下さい。最後の触媒の場所を」

「よし」

 店長は地図を拡げると、その中の一点を指差した。

「この場所へ向かえ」

「ここは……?」


 地図を見た真壁スズカが身を乗り出す。

「七兵衛様のお墓……」

「墓!?」

 店長は頷き、

「おそらく猫目青蛙を構成するメインの触媒は七兵衛の身体の一部だ。爪か髪だろうなぁ」

「それで墓……」

 九銃は立ち上がり、掌を拳で叩く。

「よし! 行こうぜカケル!」

 それを制止したのは店長だ。

「待て待て。行くのは今日の二十二時だよぉ」


 二十二時……?

「遅っ!?」

「墓にはアトリエと違って時間の制限は無い。しかし場所が水鞠家の屋敷に近くてなぁ。今動くのはキツいんだよぉ。だが今日の夜なら屋敷の人手は手薄になる」

 店長の言葉に、真壁スズカが小さな目を見開く。

「そうか。明日は……」

「気付いた様だなぁスズ」


「魔法花火大会……」


 明日は夏休みの第一週の土曜日。

 そうだ。毎年恒例の花火大会の日だ。


「そうだよぉ。花火大会前日である今日の夜は、ほとんどの従者達が屋敷から出払うよぉ」

「そうか。簡易版だから土手での開催なんだ……」


 真壁スズカがノートパソコンを叩きつつ、

「しかも今日の二十二時から花火大会が終わる明日の二十時まで、魔法局は水鞠家の管理地に入れない契約になった。レスラーの暴走が原因」

「マジかよ!」

「絶好のタイミングじゃないか!」

 店長は俺の肩を叩き、

「遅い時間だが、カケル君は動けるかよぉ?」

「寝たふりをして抜け出しますよ」


「決まりだな。作戦開始だよぉ!」


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