第124話 日高誠と新たな追跡者
追いかけて来た? 嘘だろ……?
俺と九銃の存在は「土煙田亀」の能力で隠している状態だ。それを無効化したって言うのか? 化物だろ!
魔法電子タグを調べられたら、俺が魔法で未来から来た事がバレる。
そうなれば最悪の場合、俺は「過去を改変をする者」として殺される。
相手が魔法局の魔法使いなら尚更だ。容赦は無いだろう。
……待てよ?
今が「過去の出来事」で、未来に繋がっているのなら、ここで俺は絶対に殺されないのでは?
いやいや。考え直せ。
ここは雑なルールが満載の世界なんだ。普通に死ぬ可能性が高い。
それに、過去の自分は生き残るが、今の俺だけ死ぬパターンだってあり得るだろ。
ダメだ! 絶対に捕まったらダメだ!
「カケル! もう、魔力が……!」
九銃が叫ぶと同時に、ガクン、と魔法自転車の速度が落ちる。
土煙田亀を召喚しながら魔法自転車を漕げば、こうなる事は分かっていた。
「隠れるぞ! 五分でもいい。魔力を回復させる」
「わ、分かった!」
俺達は町外れの小さな公園に入り込み、魔法自転車を停車。
土煙田亀を発動したまま木の陰に身を隠した。
「カケル……何か変だ」
「え?」
確かに九銃の言う通りだ。
公園内には俺達だけ。
夏休みの午前中、曇り空なのに利用者がゼロ。
確かに滑り台とブランコとベンチのみの簡素な公園だが、これはあまりにも不自然だ。
「人払いの結界か。展開が早過ぎるだろ……」
まさか……。この場所に誘導されたのか?
「来た……!」
公園の入口に現れたのは、自転車に乗った少年だ。
おそらく身長は百八十センチを超えている。風貌から見て高校生だろう。
学ランに黒縁メガネ。髪はピッチリとした七三分け。
まるで映画や漫画でよく見る、悪役生徒会長キャラのような装いだ。
「あんなキャラ、実際に居るのかよ……」
乗っているのは魔法自転車だ。見た事の無いド派手なパーツから白煙が吹き出している。
少年は自転車から降りると、自身をアピールするかの様に両手を広げた。
「私は怪しい者ではありません」
艶やかな声質だ。
んん? この声……何処かで聞いた事があるぞ。
「私は魔法局の契約魔法士です。訳あってこの管理地にお邪魔させて頂いています。いきなり追いかけて驚かせてしまったかもしれません。お詫び致します」
そう言って一礼した。
それを見た九銃は俺の服を引っ張り、
「カケル! 何か良い人そうだぞ!」
「油断するな。様子を見よう」
俺は九銃の頭を押さえ付け、動くなと合図を送った。
眼鏡の少年は笑顔を浮かべ、
「どうか話をさせて頂けませんか? あなたの持つ魔法自転車についてお聞きしたいのです」
魔法自転車!? どう言う事だ?
ちょっと待て。凄く嫌な予感がするのだが。
すると少年は両腕を手前でクロスさせ自分の身体を抱くと、クネクネと身悶え出した。
「私はどんな小さな音でも聞き逃しません。初期型魔法自転車タイプゼロワンの駆動音……。美しい音色です。ああ……素晴らしい……!」
いや、マジでキモいな!
そこでようやく確信した。俺はコイツを知っている。
──橘辰吉。
絶対そうだ! クセが強い上に、やたらと魔法自転車に詳しいし!
六年前から魔法局の契約魔法士だったのかよ。
無茶苦茶エリートだし、無駄に主人公感あるな。
橘辰吉は魔法自転車マニアであり、音魔法の使い手だ。
だからって、土煙田亀の能力によって消された駆動音が聞こえるとか、そんなの反則だろ。
この人はメチャクチャ有能な能力者だ。今の俺には厄介な存在でしか無い。
九銃は木陰から顔を出し、
「なあカケル。俺が一人で自転車持って出ていけば、お前は逃げれるんじゃねーか?」
「無理だ」
「何でだよ! 俺だけなら問題ねーだろ」
「九銃。お前はペダルに足が届くのか?」
「あ……」
「運転者は誰だって話になるだろ」
「確かに……」
それだけじゃ無い。こんな億越えする価値のある魔法自転車に乗っていたのが子供だと知られたら、間違いなく橘辰吉に捕獲される。出て行くのは絶対にダメだ。
「今は出来るだけ魔力を回復させたい。ギリギリまで待機だ」
「お、おう」
お互い言葉を発しないまま、数分が経過した。
橘辰吉は一歩、二歩と公園内に侵入し「ホワイ?」とジェスチャーを加える。
「返事がありませんねぇ。私とビンテージ自転車について熱く語り合いたく無い……と言う事でしょうか?」
空気がピンと張り詰める。そして研ぎ澄まされた魔力の波動が放たれた。
それを察知したのか、木に止まっていた野鳥が一斉に飛び立ってゆく。
俺は素早く魔法自転車に乗り込み、荷台を指差した。
「九銃、乗ってくれ。公園から脱出するぞ。合図をしたら魔力を供給してくれ」
「わ、分かった」
九銃は言われた通り荷台に乗り、緊張の面持ちで俺に視線を送った。
雲の影が一帯を覆い尽くす。
灼熱の風が肌を通り抜けてゆく。
橘辰吉はまた一歩踏み入れ、
「それとも……」
視線を隠す様に俯いた後、指で眼鏡をクイと押し上げる。
「……話せない事情でも……あるのですか?」
攻撃が来る……!
「行くぞ!」
俺はありったけの魔力をペダルに込め、魔法自転車のエンジンを振動させる。
そして、土煙田鼈の魔法迷彩で姿を隠したまま、柱の陰から橘辰吉に向かって飛び出した。
「カケル! 逆だ! 敵に向かってる!」
これでいい。
橘辰吉は魔法自転車マニアだ。この自転車を破壊して止める事なんて出来ない。
橘辰吉なら避けるはずだ。怯んだ隙に逃走する!
「何を……!?」
俺の予想通りだった。
橘辰吉は姿の見えない魔法自転車の駆動音を察知し、身を翻して避ける。
「逃がしませんよ……!」
すぐに体勢を立て直し、右手を輪にして口元に構えた。
指笛……!?
音魔法を使う気か。やらせてたまるか!
俺は魔法自転車のスピードを落とし、像換獣に命令する。
『土煙田亀! 土煙を起こせ!』
響く機械音。
巨大タガメが空中から姿を見せると、頭からドスンと着地。そのままブレイクダンス状態で回転を始めた。
突風と共に大量の土煙が橘辰吉に襲いかかる。
「ゲホッ!? ゲホッ! オェ──!」
土煙を吸い込み、堪らず嗚咽する橘辰吉。
それでも魔法を発動させようと必死に抵抗を試みている。
「九銃! 全力で行くぞ!」
俺は魔法自転車のペダルを高速回転させた。
俺と九銃の魔力が供給され、魔法エンジンが唸りを上げる。謎のパーツから白煙が吹き出した。
魔法自転車は爆発的なスピードで、一瞬のうちに公園から距離を開けて行く。
だが、それも長くは続かない。
急ブレーキがかかり、スピードはガクンと落ちた。
九銃の魔力は限界だ。
俺も土煙田亀の操作で一気に魔力が持って行かれている。
「カケル! もう魔力が……」
「まだだ! まだいける!」
俺はこんなピンチを何度も乗り越えて来たんだ。絶対に諦めねーぞ。
「うおおおおおお!」
魔法エンジンが唸る。
後輪の謎のパーツからは大量の白煙が放出された。
「カケル……!?」
グングンと加速する魔法自転車は、一気に橘辰吉との距離を離してゆく。
「はは……。追って来ない! 逃げれたぞ! スゲェよカケル!」
「まだ油断するなよ」
今回は相手が橘辰吉だったから作戦が上手く行った。
新キャラ相手じゃ、こうは行かないだろう。
それにしたってレスラーにアフロ、橘辰吉……。
この件に関わっている奴らの強さがヤバ過ぎるだろ。勘弁して欲しいよ。マジで。
溜息を吐いていると、九銃が背中を叩いて来た。
「なあカケル。今のどうやったんだ?」
「何の話だ?」
「最後の加速だよ。俺はもう、本当にダメだと思ったんだよ」
「いや、俺も覚悟はしていたぞ」
実際のところ魔力はカラッカラだ。ギリギリの逃亡劇だった。
「どうやったんだ? 必殺技か? 特殊魔法か?」
「いや、そんなんじゃねーよ」
「じゃあ、何なんだよ」
何だって言われてもな……。
無我夢中で訳が分からなかった。
まあ、それはいつも通りなのだが。
「死ぬほど頑張っただけだ」
俺が正直に言うと、九銃は不満げな声で、
「……ふざけんな。俺は真面目に訊いているんだぞ」
「いや、本当なんだよ」
「嘘つけ! 後で絶対に教えろよ!」
「面倒臭いな……」
二人乗りの魔法自転車は森の中を走り抜ける。
俺達は無事、ワタヌキ魔法商店に帰還した。
ついに参戦!
橘辰吉の活躍にご期待下さい。




