第12話 日高誠と告白リスト
開かれた科学室の扉。そこに現れたのは……。
あれ? 誰も居ない……?
と、思ったら居た。
小さな「犬のヌイグルミ」がポツンと立っている。
つぶらな瞳に低い鼻。
垂れた大きな耳に、茶色の短い毛で覆われている。
約五十センチサイズの可愛らしいヌイグルミだ。
短い手を器用に使って扉を閉め、ツタツタッと水鞠の元へ走り寄る。
足を上げてクルクル回転。
それからバレエの様な謎のポーズを次々と繰り出してゆく。
それが終わると、全てが無かったかの様に水鞠の足元で跪いた。
「え……? 何だったんだ今の……」
「名乗りだよ」
「名乗り!?」
特撮ヒーローものなんかで変身後にやるやつか。
声が聞こえないから分からなかったよ! やる必要あった?
「普通、召喚されたら名乗りは必要でしょ」
キョトンとした表情になる水鞠。
いや当たり前の様に言われても魔法使いのルールは何も知らんし。
動くヌイグルミを召喚か。
いきなりファンシー寄りのファンタジーになった。
殺伐としているより、それはそれでいいけど。
水鞠は犬のヌイグルミを持ち上げ、優しく頭を撫で始めた。
「これは魔法アバター。魔法で遠隔操作されているんだよ」
「遠隔操作って、誰が?」
「従者。水鞠家に仕えている魔法使いだよ。今は四十人近く居る」
「そんなに……?」
想像していたよりも多いな!
水鞠コトリはお嬢様……いや、お姫様なのかも知れない。
確かに今までの言動を振り返ると腑に落ちる部分がある。
水鞠はヌイグルミを机に乗せ、俺に向けて来た。
「ちなみにこのアバターの中身はオッサン」
「オッサン!?」
あの可愛い仕草で!? 魔法使い恐るべし。
だが犬のぬいぐるみは水鞠に対して抗議のポーズを取っている。
中身はオッサンでは無い事を主張している様に見えた。
水鞠は悪戯っぽく笑い、俺に視線を向ける。
「今のアンタには従者と会わせたくないんだ。
アタシ達に深く関われば関わる程、記憶消去の邪魔になるからね」
そう言った後、従者から紙のようなものを受け取った。
「それは分かったが、何でワザワザ従者を召喚したんだ?」
「データを集めて貰っていたんだよ。
なかなか資料が完成しないから召喚してみた」
「酷いな! まだ作業途中だったんじゃないのか?」
「ちょうど終わったみたいだよ。流石は水鞠家のエースだわ」
水鞠は紙に書かれた内容を一通り目を通した。
その後、納得した様に頷き、俺に資料を渡して来た。
「見てみて」
「何のリストだ?」
これは手書きか? 精巧過ぎて一瞬分からなかった。
紙にはクラスと名前が書いてある。
全学年対象。ほぼ男子だが、ちらほら女子の名前もあるぞ。
「志本紗英に告白した人だよ」
「告白!?」
ちょっと待て。入学して二ヶ月ちょっとで百人超えてないか?
女子にもモテモテかよ。規格外生物だな!
告白エンカウント率がクソゲーレベルに酷い。
そりゃ異性をあんな冷たい視線で見る訳だ。
「そんな事より、告白ナンバー五十六を見て」
水鞠がそう言ってニヤリとした。
言われた通りにリストを上から滑らせて見て行く。
そこで見慣れた名前にぶち当たった。
「吉田……!?」
一年一組、吉田玲二。
間違い無い。何でアイツが?
告白時期は一ヵ月前と記載されている。
一ヶ月前と言えば、ラケット紛失事件の時だ。嘘だろ……!?
水鞠は掌で机をバシンと叩いた。
「そう。吉田玲二は志本紗英の事が好きなんだ。
邪魔な存在である日高を世界から消したいと願ったんだよ」
そして両手を着いて立ち上がり、人差し指を俺に向け叫ぶ。
「犯人は吉田玲二だ!」
よ、吉田が犯人だって──ッ!?
……て、なると思っていたのかコイツは。
「無いな。無い無い。
大体な、俺なんかを消した位で吉田は志本と恋人になれるのか?
志本の意思は無視かよ」
「グ……グムーッ!」
超人がそこそこのダメージを喰らった時の様な呻き声を上げる。
「そ、そうかも知れないけど……」
不服そうに腰を下ろす水鞠。
危ねぇ……。吉田への疑いが晴れて良かった。
「それにしても、こんな事まで分かるのかよ。
凄いな魔法使いってやつは」
感心しながらリストの隅々まで目を通して行く。
水鞠はフフンと得意げになった。
「火のある場所に煙ありってね。
結晶体出現原因の五割が恋愛関係なんだ。
だから普段からデータを収集しているんだよ」
「五割……って多いな!」
「確かに多いけど、恋愛系は性質上メチャクチャ弱いんだ。
大抵は結晶体の願いを否定するだけで核が壊れて消える」
「へぇ。そうなのか」
ストーカー犯の時みたいなヤバいヤツばかりじゃ無いって事か。
俺が安堵した表情になっていると、水鞠はコクリと頷いた。
そして勢いよく立ち上がり、右の拳で左手の掌をパシーンと叩く。
「じゃあ早速、吉田玲二をボコりに行くよ!」
「ちょっと待て水鞠。流れがおかしい!」
水鞠を制すると、「えー?」と不満そうな顔になる。何でだよ!
「水鞠。吉田は犯人じゃないって話になったろ」
「犯人じゃ無い証拠は?」
「証拠!? 証拠……は無い」
「ほら」
「考えが極端過ぎるだろ!」
「いいんだよ。怪しい奴は根からガツンと破壊する。
それがアタシのモットーだからね」
「吉田は黒カビかよ!」
ああ、もう腹が立って来た。
俺は立ち上がり、水鞠のマネをしてバシンと机に両手を着いた。
「犯人だっていう証拠も不十分だろ!
何なら俺が吉田の無罪を証明してやるよ」
それに対して水鞠はフフンと笑う。
そして猫の様な瞳を瞼で半分隠して俺を見る。
「ふーん。分かった。でも時間が無いから急いでよね」
「おお。すぐに証明してやるよ」
俺は怒りに任せたまま荷物を持ち、席を立つ。
「待って日高」
「何だよ」
「これを渡しておく。何かあったら連絡して」
紙切れを渡された。何だこれ?
何やら謎の番号が書かれている。
いや、これって水鞠の電話番号か?
俺が結晶体の攻撃に巻き込まれると思っているらしい。
ピンチになったら電話で呼べって言うのか?
余計なお世話だ。
「一応登録しておく。連絡する事は無いと思うけどな」
俺はそう言い放ち、科学室を出た。
そのまま足早に移動し、化学室から離れた場所で立ち止まる。
キョロキョロと周りを確認した後、素早く廊下の柱の陰に隠れた。
スマホを取り出し、メモを見ながら素早く電話帳に登録。
そこでホッと一息吐く。
「水鞠コトリの連絡先を手に入れてしまった……」
頭の中で重要アイテムをゲットした時のファンファーレが流れる。
いや、感動している場合か!?
俺は早く吉田の無実を晴らしたい。
このままアイツの魔法パンチを喰らってみろ。
その影響で吉田が別人の様になったらどうする? 悲し過ぎるだろ。
でもどうやって水鞠を納得させる?
無実の証明書って奴はどうやったら手に入るんだよ。
吉田に向かって訊いてみるか?
「お前は俺を世界から消そうとしているのか?」……ってな。
イエスかノーの前に秒で救急車を呼ばれてしまいそうだ。
それよりも手っ取り早い方法がある。
俺が吉田に「志本紗英が好きなのか」を確かめる事だ。
もし吉田が犯人なら何かの魔法的なリアクションがあるはず。
……まあ、絶対にあり得ないけどな。
見てろよ水鞠コトリ。吠え面かかせてやんよ。
ついでに魔法使いに協力出来るって所を見せてやるぜ。
* * *
部活動終了の時間を待ち、校門に場所を移動。
俺に余計な作戦など必要は無い。
部室棟から出て来る吉田を捕まえて直接訊くだけだ。
アイツは俺を消そうとは願わない。
吉田玲二は裏表の無い奴だ。
俺に消えて欲しければ「消えてくれ」と直接言って来るだろう。
冗談では無く、そう言う性格だ。
世界から消えた時。
俺は絶望的な状況の中で「吉田なら俺の事が見える」と感じていた。
今はその直感を信じたい。
柔らかい風が頬を通り過ぎ、空を見上げた。
水色とオレンジ色が混ざり合う夕暮れの空が初夏を感じさせる。
そんな中をカラカラと聞き慣れない音が近付いて来た。
「何してるのさ」
赤い自転車を両手で引きながら水鞠コトリが現れた。
謎の異音の正体が気になって、タイヤの骨に視線を向ける。
プラスチックのリングでも着けているか?
……と見てみたが、そんなレトロなものは装着されていない。
それにしたって、高校生が乗るには派手すぎる色だ。
何だか全体的にギラギラしてる。
猫のキャラクターのステッカーなんかも貼ってある特別仕様だ。
自由過ぎるだろ魔法使い。
「何してるって、見りゃ分かるだろ? 吉田を待ち伏せだよ」
「ハン。あんだけ荒い息で飛び出したのにそれ?」
その態度ムカつくな! 何だよハン、て。
余計なお世話だ。
「俺達の間には面倒臭い策なんてのは必要無いんだよ。今に見てろよ」
「ふうん。よく分かんないわ。そう言うの。じゃ、アタシは帰るよ」
赤い自転車をカラカラと鳴らしがら手で押して進む水鞠。
「意外だな。帰りは魔法のホウキで飛んで行くんじゃないのか?」
少し冗談ぽく言うと、水鞠は足を止めて真顔で返して来た。
「アタシはまだ魔法ホウキ免許を持って無いからね。
十八歳になったら合宿で取るつもり」
「へえ……」
本当か嘘か分かり辛いな!
ツッコんでいい所なのか分からねーよ。
もしかして魔法教習所でもあるのか?
「だから今はこの魔法自転車に乗っているんだ。
魔力を燃料にすれば、最高時速六十キロまでスピードが出る」
「六十キロ!?」
「因みに時速二十キロを超えると全裸になる」
「全裸!?」
どんな仕組みなんだよそれ。
全力疾走するには魔法ライダースーツ的な物が必要って意味なのか?
水鞠がサドルに腰を乗せると、謎のエンジン音が響き渡る。
激しい振動が地面から伝わって来た。
……うん。最早これ、自転車じゃねーだろ。
「じゃあね日高。何かあったら連絡しなさいよね。
まあ、……くてもいいけど」
エンジン音が酷くて最後が良く聞こえなかった。
「え? 何て言った?」
顔を近付けて聞き直すと、水鞠は不機嫌そうな顔になる。
「何でも無い。顔が近いっての! セクハラで訴えるよ」
水鞠コトリは自転車のペダルを回し、猛スピードで走り去る。
瞬きをする間もなく一瞬で姿が見えなくなってしまった。
メチャクチャなスピードだな……。
全裸になっていなければいいが。
そんな余計な心配をしつつ校門脇から部室棟の方に視線を動かす。
すると、遠くに吉田玲二が歩いている姿が見えた。
今から帰る所みたいだ。
タイミングがいいな! 俺の念力でも伝わったのか?
まずは何て声を掛けようか。
様々なパターンを想定し、いざ参ろうとした。
その時だ。
異変に気付き、慌てて校門脇に身を隠す。
「女……?」
吉田の隣には女子が歩いている。
おいおい。どういう事だこれは。
仲の良い女子が居るなんて聞いてないぞ?
知らない奴ならまだ良かった。
驚いたのは、その相手が俺の知る人物だった事だ。
中背に痩せ型で、背中までの髪の長さ。
目立たないタイプだが、妙な存在感がある女子。
俺と同じ一年一組、三ノ宮菜々子。
俺が引き寄せた物の中の一つ。
「ペンケース」の持ち主だ。




