第11話 日高誠と世界の秘密
翌日の朝。
水鞠コトリが在籍している一年四組の教室を訪れた。
教室の扉の近くに居たクラスの人間に本人を呼んで貰う。
するとヤレヤレと面倒臭そうに水鞠コトリがやって来た。
うっわ。本当に魔法使いが教室に居たよ。
水鞠は何だか落ち着かない様子だ。
短く揃えられた前髪を弄ったり、猫の様な瞳を泳がせている。
「何で朝から来たの? 会うのは放課後って言ったでしょ。
クラスじゃ孤高の美少女キャラで通しているんだから止めてよね!」
「知らんわ! 科学室が開いてなかったからこっちに来たんだよ」
何でキャラ設定まで俺が気を使わなくちゃならんのだ。
「で、何?」
やや斜め上を見た姿勢で、長い針金の様な髪をサラリと靡かせた。
「昨日言いたかった事があったんだよ。志本紗英の事だ」
「志本紗英?」
明らかにリアクションが変わった。
志本は魔法使いにとってかなりの要注意人物みたいだな。
「どうしたの? 何か異変があった?」
「いや、結晶体云々の話じゃないんだが……」
「何? 早く言いなさいよ。
それよりも、何で昨日さっさと言わなかった?」
「百回位言おうとしてたけどな。誰かさんが聞こうとしなかったんだよ」
「まあいいわ。で、何?」
自分が不利になるとこうだよ。いい性格してるよ全く。
「何て言うか、いきなり志本の家が近所になっていたんだ」
「何言ってんの!?」
水鞠は頭がおかしくなったのか、と言いたげな表情だ。
「いや、本当なんだよ。だからこうして報告しに来たんだ。
なるべく早い方がいいかと思ってな」
「ハハッ! そんな事あるわけ……あ、ちょっと待って」
急に焦り出し、周りから見えない様にスマホを手に取る水鞠。
何かのアプリを開いている様だ。
一瞬だけ「ビクッ」となった後、視線を俺に戻す。
「志本さんなら四日前に引越ししてるけど、それが何?」
「お前、絶対今知ったろ。
重要人物なんだったら志本の動向は毎日チェックしておけよ!」
危うく俺はストーカー犯扱いされる所だったんだぞ?
シャレにならんだろ。
「志本紗英はアタシの担当外なんだ。
最近忙しかったせいで情報を見逃していたんだよ!
誰かさんが世界から消えたりしてたからね」
「ハイハイ、全部俺のせいで構わねぇよ。
それってどうなんだ? そんな偶然、あり得るのかよ」
「未来改変だって言いたいの?」
水鞠は面倒臭そうにアプリを閉じ、別のアプリを起動した。
何やらグラフやら地図なんかが表示されている。
「大丈夫。今の所、改変データに乱れは無いよ」
「アプリで分かるの!?」
どんな仕組みなんだよ……色々とおかしいだろ。
魔法使いらしく水晶とかカードとか使って欲しかったよ!
いや、そんな事より……。
「今大丈夫って言ったか?」
「そうだよ。全部偶然って事だよ」
「あり得ないだろ。……そんな話」
「魔法業界では割と普通なんだよ」
「えっ!? マジでか……」
この世界ではそんなミラクルが溢れているって言うのかよ。
まさか空から少女が降って来たり、豚の姿になったりもする訳?
納得の行かない俺を見ると、水鞠は猫の様な瞳を細めて俯いた。
「魔法世界では色々な要素が未来と絡み合う。起こり得ることさ。
でも急激な環境の変化は好ましくは無いね。
まだアンタの存在は世界に安定していないから」
「俺はどうしたらいい?」
「志本紗英に近寄らないでみたら」
「それだけでいいのか? だったら簡単な話だ」
志本紗英は学校のアイドルでテニス部のエース。
俺は帰宅部で最下層の住人だ。
クラスも違うし接点が無い。
登下校時にだけ気を付けておけばいい。
二つの点は永遠に重なり合う事は無いのだから。
「意外だね。ガッカリしないんだ」
「何がだよ」
「だって、あんな美人とお近付きになれたのに、残念じゃないの?」
「いや、俺は水鞠コトリと仲良くなれればそれで十分だ」
「ま、真顔で恥ずかしい事言うな! 周りに人が居るでしょ。
アホなの!? 変態なの!?」
顔を紅くさせた水鞠が張り手を連打。
それを喰らった俺は、隣の教室の廊下まで押し出されてゆく。
「ちょ、水鞠!?」
抵抗を試みるが、もう遅かった。
既に水鞠はダッシュで三組の教室へと逃げ帰っていた。
「何だよ。イチイチ可愛いな」
最近、本心がそのまま口に出てしまう事がある。
本当の自分から逃げていた反動なのかも知れない。
いいのか悪いのか分からんが。
ま、時間も無いし続きは放課後だな。
水鞠の反応にほっこりしつつ、一組の教室へ向かって歩き出した。
不安要素は山の如しだ。
俺から志本紗英に会わない様にした所で、回避不可能な問題がある。
そう。彼女には多くのファンが居るらしい。
そいつらは「この状況」を知って黙っていてくれるのか?
……って事だ。
今ここで余計な恨みを買って結晶体の大量生産をされてみろ。
俺は確実に消える自信がある。
「おお、日高」
一組の教室の前で吉田玲二に遭遇した。
テニス部の朝練から帰って来た様だ。
「吉田。ちょっと話を訊いてくれよ」
「ああ。さっき志本から聞いたぞ。すげぇ偶然もあるんだな」
ならば話が早い。さっそく訊く事にしよう。
「なあ吉田。志本のファンに今の状況がバレたらどうなると思う?
俺はフルボッコか?」
すると「うーむ」と吉田が唸り出した。
「それは分からねぇが、逆にお友達になりたがる奴が増えるかもな」
「どちらにしても面倒臭いな!」
確かに俺の家に来たいとか言い出す輩が出てきそうで怖い。
今まで守り通して来た可愛い妹に危害が及ぶぞ。
吉田は溜息をついた後、俺の肩を叩く。
「そう思って、志本には周りに話すなと言っておいたぞ。感謝しろよ」
「吉田……お前最高かよ」
これで多少の時間は稼げるかも知れない。
その間に問題を解決しなければ。
* * *
「吉田玲二が怪しい」
水鞠コトリが言った。
放課後の科学室。
俺と水鞠は向かい合い、中央の席に座っている。
そんな中、俺は今までに起きた事を順番に説明していた。
夜中に魔法使いに侵入され超絶迷惑だった事。
学校のアイドル志本紗英が近所に引越して来た事まで。
こと細かくだ。すると秒で水鞠から出て来たのがその回答だった。
「怪しいって、どう言う事だよ」
「言葉の通りだよ!
むしろその状況で吉田玲二を疑わない方がどうかしてるよ!」
吉田を疑う……?
「何でだ?」
「ああ……もう。分かんない奴だねアンタも」
水鞠コトリは悔しそうに机を叩く。
「吉田玲二がボッチだった日高に近寄って来たきっかけは何?」
「志本が俺の事を訊いて来たからだろ?」
すると水鞠は予め用意していたドヤ顔を披露する。
「同じテニス部だからって、そんな理由でそこまでする?」
「あいつならそうするかもな。そう言う性格なんだよ」
「ぐぬぬ……」
ドヤ顔が崩れ、悔しそうに机を叩く水鞠。
「そもそも、その吉田の行動は俺が魔法を使ったのが発端だろ?
俺の魔法で吉田や志本の関係が変化しているんだ。
それは魔法で未来を変えている事にならないのか?」
この機会に前から気になっていた事を訊いてみた。
すると水鞠は勢いよく両腕を水平に伸ばす。
「杭が傾いて無いからセーフ」
「杭? 杭って、地面に突き刺すあの杭の事か?」
「そう。魔法の杭。魔法での未来改変が続くと壊れるんだ」
「つまり、その杭に影響が無ければ問題無いって事か?
どう言う事だよそれ……。その杭が壊れたらどうなるんだ?」
「世界が崩壊する」
「いきなり話がおかしい!」
崩壊って何だ!?
「こう……パズルのピースみたいに世界がバラバラになるんだ」
「待て待て。話が豪快過ぎて頭に入って行かない。
何でそうなるんだよ」
「それは誰も知らない。
分かっているのは五百年前に世界がバラバラに崩壊した事だけ」
今、サラリととんでも無い事を言わなかったか?
五百年前に世界が崩壊?
「魔法使い達は魔法の杭を世界中に打ち、強引に未来を改変した。
世界は救われたけど、魔法のエラーが大量発生する結果になった」
「そのエラーって、魔法暴走や結晶体の事か」
「そうだよ。だから魔法使いは組織を作って対抗しているんだ。
アタシはこの土地に刺さる杭を管理してる一族って訳よ」
「マジかよ……」
サクッと世界の秘密を知ってしまった。
「今のアンタは杭に影響を与え兼ねない危険な存在なんだ。
小さい事に拘っている場合じゃ無いからね!」
「そんな無茶な……」
あれだけ他人の行動やら環境を変えた事が小さい事?
魔法使い基準では未来改変に当たらないってのかよ。
スケールがデカ過ぎる!
コンコン、とノックの音が科学室に響く。
扉に視線を送る水鞠コトリ。
それに反応したかの様に科学室のドアがスウッと開かれた。
「来たみたいだね」




