第105話 日高誠とカラオケ回②
カラオケルームに二人きり。
相手は同じ高校に在籍する、超絶に可愛い女の子。
しかも、この広い大部屋で何故か俺の隣に座っているし。全く意味が分からん状況だ。
まずは確認しなければなるまい。
火咲がどこまで事情を知っているかをだ。
「火咲。実は俺達、四等を狙っててさ……」
「水鞠さんから聞いているよぉ。七百七十七点を狙うんでしょお? 面白そうだよねぇ」
「お、おお。聞いているなら話は早いな」
火咲は俺が持つタブレットを興味深そうに見ながら、
「ねぇ。日高くんは何を歌うのぉ?」
「む、昔のアニソンとかかな……」
「へぇ、意外だねぇ。最近の歌は歌わないのぉ?」
「歌わない……知らないし」
ちょ、顔が近いな……。
「アニソンなら私もいくつか知ってるよぉ? 何を歌うのぉ?」
「火咲は知らない曲だと思うぞ。特撮ものがほとんどだし……」
「ふうん。楽しみだよぉ」
いや、近いって! 何で密着して来るのこの子。
大きな瞳、小さな鼻と口。
小柄な上にスタイル抜群で、シャツの胸の部分はパンパンだ。
個人的にどストライクなのだが、謎の言動が多くて本気で怖い!
…………落ち着け。
三ノ宮の話だと、火咲は外国人の血が入っているらしい。
きっと育った環境が違いが、不可解な言動に繋がっているのだろう。
深い意味は絶対に無い!
そう思う事にしたら、気が楽になった。
ステージ脇のモニター画面には俺の入力した曲が表示された。
よっしゃ。
まずは俺の十八番。「迅速人間ステップマン」で勝負だ!
席から立ち上がり、ステージに立つ。
迅速 迅速 迅速 ダッシュ!
迅速人間ステップマン
速いぜ? 速過ぎるぜ──。
*
八百二十一点
「微妙……!」
高くも無く引くも無く。目標点数にカスっている訳でも無い。
完全に空気……!
俺は本当にダメなヤツだよ、チクショー!
「じゃあ、次は私の番だよぉ」
火咲がステージに上がって来た。
マイクを手渡し、入れ違いで席に戻る俺。
「私、ちゃんと歌える曲がこれしかなくてぇ」
モニター画面には「ふぉーげっと〜忘れられないあの人〜」と表示された。
火咲はマイクを両手で持ち、にこやかに歌い上げる。
会いたい 会いたい
君に会いたい 気付いていない 私が好きな事
初めて会った時 気付けなかったこの想い
気付いた時知った 君はあの子の事が好き
切ない気持ちは いつまでも消えない
会いたい 会いたい
君に会いたい 気付いていない 私が好きな事
*
八百八十七点
惜しい! あと一点で三等だった。
目標の七百七十七点には遠かったが、そんな事はどうでもいい。
可愛いかったし、歌声も歌い方も最高だぜ火咲!
「ぜんぜん駄目だったよぉ」
自分の頭をコツンと突くあざとい仕草でステージを降りる火咲。
そのままちょこんと俺の隣に座った。
近っ!? また近い!
いくら何でも近過ぎるって!
わざわざさっきと違う場所に座ったのに、また隣に座りに来たよ!
……いかんいかん。
この機会に、ちゃんと伝えた方がいいだろう。
俺以外の健康な男子なら、完全に勘違いを起こす所だ。
このまま放置したら、ヤバい事件に繋がり兼ねない。
「あの……火咲。ちょっといいか?」
「どおしたのぉ?」
「さっきから少し距離が近いと言うか……」
「近い?」
「そう。この距離は日本だとかなり親密な関係じゃないとなかなか……」
すると火咲花奈は顔を赤らめた後、首を傾げる。
「……嫌だった?」
可愛いな! 可愛いけど。
「いや、嫌とかじゃなくてだな……。誰かに見られたら誤解されるだろ?」
「水鞠さんに?」
「ちが……、いや、そうだけど」
火咲は俺の反応を楽しむ様にコロコロと笑う。
そして耳元に唇を近付け、
「大丈夫だよぉ。安心してよぉ。全部分かってるよぉ」
そう囁いた後、スッと立ち上がった。
火咲は俺の隣から離れ、モニターの近くの席に移動する。
それと同時にガチャリと開く扉。
現れたのは緑のスポーツウェアを着た吉田玲二だ。
「よお日高。……って、あれ? 火咲も?」
吉田は鋭い眼を丸くさせ、スポーツ刈りの頭を摩った。
「吉田……」
「何だよ日高。俺が来る事を聞いてなかったのかよ」
「ま、まあな」
今回は魔法を必要しないミッションだ。
水鞠とあまり面識の無い火咲が参加しているのだから、吉田の登場に驚きは無いのだが、タイミングが意外過ぎた。
一体誰に呼ばれて来たんだ?
吉田はやれやれといった様子で席に座り、涼しい顔でタブレットを操作して曲を入力する。
「いやよう。志本からメッセージが来てな。ここで日高が待ってるって書いてあったんだ。志本も後で来るみたいだぞ」
「な、なるほどな。そうだったのか」
……水鞠の奴。
志本にメンバー選考を丸投げしたな?
後で水鞠が合流した時に、揃った二人を見て妙なテンションにならなきゃいいが。
ちゃんとスルーしてくれるんだろうな。責任持ってくれよ。
嫌な予感の波が漂う中、モニターには「サバイバー」と表示された。
あ。これってあれだ。
俺でも知ってる、今流行りのロックミュージックだ。
かなりの難易度だが大丈夫か?
いや、器用な吉田ならもしかして……。
吉田は激しいギターの伴奏に乗り、踊りながらステージに上がった。
「ワァオ!」
*
五百六十点
いや、そんなもんか。
器用な吉田だが、歌の実力はそこまででは無かったらしい。
点数は届かなかったものの、吉田は満足そうな笑みを浮かべ席に着いた。
うん。良いパフォーマンスだったぞ吉田!
何だか俺も勇気が湧いて来た!
「よし、俺の番だな!」
今度こそ七百七十七点を出す!
俺が立ち上がった所で、扉がガチャリと開かれた。
そこに立っていたのは黒のワンピースを着た「意外な人物」だった。
長い髪、色白の肌。
前髪の奥から半目の瞳が覗く。
「ふふふ……。来ちゃった」
ここで三ノ宮菜々子の登場だ。
嘘だろ……。
まさか三ノ宮が助っ人として来るとは思わなかった。
そんな顔をしていると吉田が手を挙げ、
「俺が誘ったんだよ。人が足りないって話だったからさ」
「そ、そうなのか」
この後、志本も合流するんだろ? 問題の三人が揃っちまうよ。
大丈夫かなこれ。いや、絶対ヤバい!
「ふふふ……カラオケは初めて……。ん?」
ご機嫌だった三ノ宮だったが、火咲花奈の姿を見て凍りつく。
「う、宇宙人!? 宇宙人が何故ここに!?」
そう言えば三ノ宮は火咲の事が苦手だったな。
花火大会を一緒に過ごした仲なのに、まだ宇宙人扱いなのか。
ここの関係は溝が深そうだな。
火咲は企んだ表情になると、
「三ノ宮さん、隣に来るぅ? 空いてるよぉ」
「嫌だ! 脳ミソが溶かされる!」
「ちょ、三ノ宮。返しが怖過ぎるだろ! あと普通に失礼だからな」
「でも……でも……」
三ノ宮は恐怖で震えている。
見かねた吉田はタブレットを手にして、
「とりあえず歌うか? 何の曲にする?」
「歌う……」
三ノ宮がタブレットに入力した後、モニターには「ミステリーゾーン ゼロ」と曲名が表示された。
三ノ宮菜々子がフラリとステージに上がり、腕を高く振り上げる。
「ヘイ、ヨー!」
*
九百五十九点
……ラップの曲だった。
そしてやたらと上手かった。
何となく意外な事をして来る予感はあったのだが、そういう結果になったか。
三ノ宮はニヤリと笑い、
「これはカルト的人気番組『超絶! 不思議発見ミステリー』の主題歌。これだけ歌うの得意……」
鼻息を荒くしながら、吉田の隣にストンと座った。
いやいや、かなりの盛り上がりだったぞ。
爪痕を残したな三ノ宮。
「えっと、次は誰だっけ?」
……あれ?
まさか、次は俺の番か?
三ノ宮のパフォーマンスが凄すぎてハードルが上がり過ぎてる!
何を歌ってもスベる未来しか見えない。
……いや、事故るのを怖がっている場合じゃ無いだろ。
水鞠の為に七百七十七点を取る。
それが最優先なのだ!
タブレットで選曲をしていると、画面には見た事の無い英語の曲名が表示された。
俺はまだ入力していない。
「この歌……誰だ歌うんだ?」
「次は、あーしの番だし!」
ちょ、ええ……?
いつの間にか金髪ツインテールの少女が紛れていた。
「真壁スズカ……!」
もう何でもアリになって来たぞ!?
カオス過ぎるだろ、このカラオケ大会。
果たして日高達は四等をゲット出来るのか。
次回、カラオケ回最終話です。




