第98話 日高誠とゲーム回 前編
家から自転車を走らせて八分少々。
県道沿いを進み、三角屋根が目印の「タジマ書店」にやって来た。
店内の客は十人ほどだろうか。
夕方過ぎという事もあり、帰宅前のサラリーマンが目立つ。
俺はいつもの流れでレンタルDVDの新作を確認した後、スポーツ雑誌コーナーへ移動した。
そしてサッカー雑誌を手に取り、レジへと向かう。
その途中。ド派手なギャルが目の前に現れ、俺の行手を阻んだ。
金髪碧眼ツインテール。
身体のラインが強調されたベージュのタンクトップにカーキのショートパンツ姿だ。
──真壁スズカ。
何で当主直属の魔法使いがこんな場所に居るんだよ。
「日高誠! 何でここにいるし!?」
それはこっちのセリフだ。
こいつに絡んでもロクな事が起きない。早く離脱しなければ。
「俺は雑誌を買いに来ただけで、すぐ帰りますけど」
そう言って、やる気の無い感じで手に持っていた雑誌を見せる。
すると、真壁スズカは素早いステップで距離を縮めて来た。
……顔が近い!
距離を拡げようと動いたが、真壁スズカに手首を掴まれて妨害されてしまった。
「ちょうど良かったし。暇ならあーしに付き合うし。こっちへ来るし」
「ちょ、話を聞いてますか? すぐに帰りたいんですけど!? イテテテ!?」
凄まじい腕力だ。抵抗出来ん……!
俺は万引きで捕まった犯人の様な扱いで、金髪ギャルにズルズルと引き摺られてゆく。
「さあ、入るし!」
連れ込まれたのは薄暗い部屋だ。
細長い部屋で、奥にはデカいスチールラックがあり、手前には四人掛けの簡素なテーブルが置いてある。
搬入ドアの手前には台車が置かれていて、返品用と思われる雑誌が山積みになっていた。
ここは本屋のバックヤードで間違い無いだろう。
『おや? 騒がしいと思ったら、日高君ではないですか』
パイプ椅子には青い羽根のオカメインコが止まっていた。
橘辰吉の魔法アバター「鳥吉」だ。
鳥吉と真壁スズカと俺か。また異色なメンバーが意外な場所で揃ったものだ。
「これから一体何が始まるんですか?」
「緊急会議だし」
そう言って真壁スズカがテーブルに着く。
「会議?」
「まずは座るし。話はそれからだし?」
……嘘だろ?
俺を敵視する真壁スズカが俺を会議に誘う?
あり得ない展開だ。
「夕飯までには帰りたいんで、急いで下さいよ」
「それはキミ次第だし」
「何ですかそれ。そもそも何で俺なんです? あまり役に立てるとは思えないのですが」
「実は他の人間とは既に会議済みだし。残るはこの二人だけなんだし」
「最後の最後って事か……」
志本紗英が参加した時に、俺も一緒に呼べよって話だ。本当に酷い。
三人が席に着いた所で、ようやく謎の会議がスタートした。
真壁スズカは、どこぞの指令官の様に両手を前で組み、声のトーンを下げる。
「実は、西隅谷店の売上がまた下がったし……」
「はい?」
『ああ、タジマ書店の西隅谷店ですね?』
すかさずフォローする鳥吉。
「即急な対策が必要だし。存続のピンチだし」
『何と!? そこまでとは……。本屋が無くなる事は、魔法業界にとって深刻な事態です』
「な、何か大袈裟過ぎませんか?」
真壁スズカは首を横に振る。
「全く大袈裟な話では無いし? 本屋と魔法使いは古くから深い繋がりがあるし!」
「そうなんですか?」
鳥吉は頷き、
『魔法の素質がある者は本屋に惹かれる……と言われています』
何を訳の分からない事を言って──。
「……あ!」
思い出した。そう言えば俺にもあった。
魔法試験の時だ。
俺はビデオをレンタルしにこの店に来ていた。
そこで魔法トレーニングの本をゲットしていたのだが……。
思い返してみると、偶然とは思えないタイミングだった。
「一時期は書店員の半分以上が魔法の素質を持っていたし」
「す……すごいな書店員……」
『電子データで管理していなかった時代は、書店員が魔法で管理していたと言われています』
「今でも書籍に挟まっている紙の管理カードは呪符の名残りだし」
「ちょ、本当ですかそれ。いい加減な事を言わないで下さいよね」
やっぱり冗談半分で聞いておこう。でないと精神が持ちそうに無い。
真壁スズカは真剣な表情で左手で三本の指を立て、
「最盛期は九店舗を持っていたタジマ書店も残るは三店舗だけだし。数々の対策も効果は無いし。そこで知恵を貸して欲しいし」
「タジマ書店が復活するには……か」
あの真壁スズカが俺にここまで言うとは。よっぽど厳しい経営なのだろう。
そもそも全国的に本屋の減少が問題になっている上に、駅の近くの好立地は巨大書店が幅を利かせている。
ネット書店もあるし、郊外店の小さな本屋は厳しい状況と聞く。
タジマ書店のヘビーユーザーである俺にも深く関わる話だ。ここは協力させて貰おう。
「了解。じゃあ、素人考えで良ければ」
『ワタクシも同様ですが、意見させて頂きます』
「じゃあ鳥吉から何か言うし!」
オカメインコを指差す真壁スズカ。
『ムムッ!? いきなり来ましたか』
鳥吉はしばらく考え込んだ後、
『オリジナルのポイントカードを発行してみては?』
真壁スズカは首を横に振る。
「既にあるし。ビッグタイトルの発売日に合わせてポイント二倍になっているし」
鳥吉は右の羽根を挙げ、
『では、雨の日をポイント二倍にするとかはどうです?』
「やっているし。土日も二倍にしているし」
そうだ。簡単に思い付く事は既に全部やっている。
俺もここで買う時にはポイントカードにハンコを押して貰っているのだ。
真壁スズカは俺を指差し、
「日高誠は何かあるし?」
いやあ、そう言われてもなあ……。
「じゃあ、何かオリジナルの店舗特典を付けるのはどうです? 漫画キャラクターの栞とか、たまに本屋で配っているみたいじゃないですか」
美希はそれが欲しくて、わざわざ遠くの店舗まで行って漫画を買ったらしい。嬉しそうに自慢して来ていた。
『おお! それはいいですね!』
鳥吉も乗り気だ。
あからさまに表情を曇らせる真壁スズカ。
「全くキミ達は何も分かってないし。クズだし」
「言い方が酷過ぎませんか!?」
「まあ、素人がイメージを掴めないのはしょうがないし。だからコレを用意して来たし」
真壁スズカが机に出したのはプラスチックのケースだ。
いや、ケースじゃ無い。これは……。
「ビデオゲームのカセットですよね」
俺の言葉に、鳥吉がトサカをピンと立たせる。
『おお! 日高君は知っているのですか? かなり古めのゲーム機のカセットだと思いますが』
「ええ。父の影響で。古いゲーム機は一通りやっています」
『おお! 私も結構持ってましたよ。ツーディーオーって知ってますか?』
「それは知らないです」
『じゃあ、バーチャルボ……』
「それも分かりません」
『そ、そうですか……』
真壁スズカは胸の前で両手を叩き、
「これはあーしが作った書店経営ゲームだし。これで今のタジマ書店の状況を分からせるし」
「作ったんですか? ゲームを!?」
「ま、実は元にあるゲームを改造しただけだから、二時間くらいで出来たし」
「二時間……」
「日高誠。折角だから、キミにはこのゲームの試遊をやって貰うし!」
どうやら、今回は「ゲーム回」というやつらしい。
しかしこの流れ……。
どう考えてもダメな結末にしかならない気がする。
後編に続きます。




