8.魔女を探す者(1)
紋章のない馬車に揺られながらルーカスは腕を組む。こんな地方の祭り会場で、死骸を操る高度な魔法を使ってまで騒動を起こした者の狙いはなんだろうかとルーカスは考える。
「気になりますか?」
うんうん唸っていたルーカスに、対面に座ったデールが苦笑いをしている。
「大いに気になるね」
「それでも、そろそろ王宮に帰らなければなりませんよ」
今晩は馬車を少し走らせて、懇意にしている貴族の屋敷に泊めてもらう予定だった。明日の朝、屋敷を出発すれば予定の日に間に合うのだが、どうもルーカスにその意思がなさそうだ。
「目隠しの森には寄りたいんだけどな」
「屋敷からは逆方向ですよ。あちらに向かうと泊まる場所さえなくなります」
目隠しの森があるのは田舎町だ。とてもではないが王族であるルーカスが泊まるような宿はない。泊まる場所と言われて、いいことを思いついたとルーカスが面を輝かす。ルーカスがそういう顔をする時は大抵後処理が面倒なことが多い。幼馴染みでもあるデールは、少々うんざりとしながらルーカスに話の先を促す。
「領主の屋敷に泊めてもらおう。あっちは侯爵家とお近づきになりたがっていたし、僕も確認したいことがある。さっきの騒動のお見舞いだとか何とか言って訪ねてみよう」
「また面倒事を起こす気ですね」
「お前は僕をどんな風に思っているんだ?」
デールはわざとらしい大きなため息をつくと、馬車の窓を開けて御者に行き先変更を告げる。併走する騎士達にも同様のことを告げ、一人の騎士を先触れに向かわせた。
そのまま一行は領主の屋敷へと向かったところ、ルーカスの予想通り領主は侯爵家子息のデールを諸手を挙げて歓迎した。ルーカスはデールの従者という役回りだ。
食事を終え食後酒を酌み交わしながらカードゲームに興じていると、立ったままの従者に扮したルーカスがデールに目配せをする。葉巻の煙を燻らせながらデールが口火を切る。
「そういえば、目隠しの森では不思議なことが起きると噂で聞きましたが本当ですか?」
「あなたもあの森に興味がおありになるのですね?」
「私もと言うと?」
「最近、教会関係者からも同じようなことを聞かれたので」
教会も気にしているという目隠しの森。祭りに現れたヘインズ。ルーカスは何かが繋がったような気がした。
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「この森に魔女はいない」
アガトの発言をアルファーがはっきりと否定する。アガトが誤魔化しなく真実を話そうとしているように、アルファーも嘘は言っていない。
「本当ですか?」
「本当だ。但しかつてこの森に魔女は住んでいた。森全体に目眩ましがかかっているのもその名残だ」
「その魔女はどこに行ったんですか?」
「……三十年以上前に死んだよ」
一呼吸置いてアルファーが答えたが、アガトにはその言葉が湿り気を帯びているように聞こえた。
三十年以上前に死んだ魔女のことを、まるで見てきたかのように話すアルファーに、アガトは妙な違和感を抱く。少なくともアルファーは三十歳以上には見えない。
「魔女を知っているみたいに話すんですね」
心底不思議に思ってアガトが尋ねると、思いもしない方向から声が聞こえた。
「魔女はわたしの母親だからね」
そこには部屋に帰ったはずのユリアーナが立っていた。その後ろにはリィスもいて、寝間着のユリアーナに肩掛けを羽織らせようとしていた。
「なんでわたしがいない時にそんな話をしているの?」
「お前に聞かせたくないからだよ」
ユリアーナはアガトの対面に座るアルファーの横に腰を下ろした。
「アガトはわたしを殺しに来たの?」
「殺さないよ」
暗がりの中でまっすぐにアガトを見つめるユリアーナから、目を逸らすことなくアガトが答える。
ユリアーナが魔女の娘。魔女の娘は教会や王宮が探している魔女になるのだろうか。思いがけない言葉にアガトが混乱していると、ソファから立ち上がったユリアーナがアガトの隣りに座った。
「魔女を探してどうするの?」
「教会は魔女を生け捕りにするように言っている。でも無理なら生死を問わないとも言っている」
「それ、殺す気満々だろ!」
アルファーが声を上げると、声に驚いたユリアーナがびくりと肩を震わせる。その勢いで肩からずり落ちた肩掛けをユリアーナにかけながら、アガトがユリアーナの肩に寄りかかる。
「僕を殺していいよ。僕の居場所は教会に筒抜けなんだ」
ユリアーナに甘えるように寄り添いながら、アガトが淡々と言葉を続ける。
「なんでそんなこと言うの?そんなことするわけない」
アガトの発言に怒ったユリアーナが、アガトから身を離して向き合うように向きを変える。二人が真っ向から向き合うと、アガトが涙を流しながら何度も首を振っていた。
「僕はもう六十年以上も教会に囚われている」
「アガトは六十歳なの?」
呆然としたユリアーナが近距離でアガトを凝視する。アガトの顔には皺もなくつるつるとした肌をしていて、至って普通の少年に見える。これが六十歳なのだろうかと頬を指で押してみる。ぷにぷにとした弾力のある十歳くらいの少年にしか見えない。
視界が明瞭になったユリアーナが振り向くと、リィスが燭台に火を灯していた。ユリアーナ達の対面に座るアルファーが眉間に皺を寄せて睨んでいる。
「そんなわけあるか!」
アルファーはこの少年が六十年以上生きているとは信じられなかった。魔女のような魔性の者ならいざ知らず、アガトはただの人に見える上に魔力も微量しか感じられない。
「生まれたのは八十年前です」
涙を流すアガトは、頬に触れているユリアーナの手に自分の手を重ねる。泣かなくていいよと慰めながらアガトの頭を撫でると、ユリアーナがアルファーを睨む。
「そんな言い方したらアガトが悲しくなっちゃうでしょう!」
「そんな子供が八十とかあり得るか?」
「わたしだって三十年以上生きてるでしょう!」
「え!?」
ユリアーナの発言に驚きのあまりアガトの涙が止まる。自分のように穢れた存在であるならまだしも、ユリアーナはただの純粋で稚い少女に見える。
「ユリアーナはいくつなの?」
「十二、十三歳くらい?」
首を傾げながら答えると、大体そのくらいと言って小さな笑いをこぼす。
「魔女は三十一年前に私を生んだけど、わたしは二十年近くずっと寝ていたから、起きてからは十二、三年くらいなの」
「どうしてそんなに眠っていたの?」
「魔女の魔力がわたしの体に馴染まなかったから」
アルファーは顔を歪めると、聞きたくないとばかりにユリアーナから目を逸らした。そんなアルファーを見たリィスからため息が漏れる。
ユリアーナがアガトに過去のことを、ぽつりぽつりと話し始めた。
「わたしもリィスから聞いた話なんだけどね。魔女は自分が死ぬ時が分かるんだって」
死期を悟った魔女が憂えたのは使い魔のこと。使い魔は魔女が死ぬと元の獣に戻ってしまう。獣に戻った瞬間、長く生きた年数が体を襲い直ちに塵になってしまう。
魔女は自分の使い魔を生かすために、使い魔を作った魔力を移譲することを決めた。普通は他者に魔力の移譲などはできないが、魔女の生んだ子であれば可能かもしれないと考え、使い魔にも伝えず密かに子を孕んだ。
しかし、生まれた子はただの人間の娘だった。




