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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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32/32

32.願い事

 ユリアーナとアガトは居間のソファに座って、ルーカスに渡された本を読んでいた。離れたテーブルではリィスがユリアーナ達の飲み物と菓子の用意をしている。


 見慣れたいつもの風景だが、違和感を覚えたアルファーがユリアーナを注視していると、いつになっても本の頁をめくる様子がないことに気づいた。


 隣に座るアガトもそんなユリアーナの様子が気になるようで、ちらちらとユリアーナを見ているが声はかけずにいる。


 視線は本にあるが一点を見つめ、眼球は動いていない。本を読んでいるのではないことに気づいたアルファーがユリアーナに近づいた。


 アルファーはユリアーナに近づくと、片膝をついてユリアーナの頬に手をあてた。


「どうした?」


 アルファーは渋面のユリアーナを抱え上げると、同じ目線になったユリアーナに問いかけた。眉根にしわを寄せたユリアーナは、口をへの字にしたまま口を開かない。分かりやすくいつもとは様子が違うユリアーナの背を、アルファーは赤子をあやすようにぽんぽんと数回叩いた。


「口元に黒子のある、ジェナって魔女を知ってる?」


 アルファーの首にぎゅっと抱きついたユリアーナが、アルファーの肩に顔を伏せたまま問いかけた。


「どうしてその名を知っているんだ?」


 ユリアーナが知るはずのない魔女の名前を出したことで、アルファーに緊張が走る。探るようなアルファーの声を聞いて、ユリアーナはジェナが実在する魔女なのだと分かった。


「悪い魔女?」

「いや、魔女の中でもまともな魔女だな。どうしてお前があの魔女を知ってるんだ?」


 アルファーがオリガと共にある頃、数回ではあるがジェナと会ったことがある。ジェナは魔女ではあるが、オリガと比べても真っ当でおおよそ魔性らしくない魔女だった。


 オリガは興味のない相手は存在すら認識しない。気に入らなければ即座に攻撃をしかけるか、周りから囲って相手を破滅に陥れる。


 人間嫌い、魔女嫌いのオリガが、ジェナの接触は受け入れていた。


「王子さまの夢で会った」

「夢で?何か言われたのか?」

「言われた」


「それを気にして変な顔をしてるんだな」

「変な顔って言わないでよ」


 顔を上げたユリアーナが、口をとがらせてが不満を述べる。


「なんて言われた?」

「言いたくない」


 アガトを疑うようなことは口にも出したくない。もしアルファーやルーカスに伝えれば、アガトは疑いの目で見られるようになるだろう。ユリアーナはアガトをそんな目に遭わせたくはない。


「言わないと分からないだろう。言えよ」

「言わない」

「お前は本当に強情だよな」


 一度決めたら梃子でも動かない。そんなユリアーナの気性を知っているアルファーはそれ以上の追求を諦めた。


「言えるようになったら言えよ」


 ユリアーナはアルファーの言葉にうんともいいえとも返さず、不安な気持ちを抱えたまま首にしがみついた。


「あの魔女はまともな方とはいえ、所詮は魔女だ。語ることが真実だとは限らない。魔女は欺くし、騙るぞ」

「……分かった」


 ジェナの言ったことは本当のことではないかもしれない。


 アルファーの言葉は少なからずユリアーナの心を軽くした。



-----



 日の落ちた寝室外のバルコニーに座り込んで、ユリアーナとアガトは月を見ていた。万が一でも他者から見られないように、二人はすっぽりと頭から毛布をかぶって横に並んで座る。バルコニーの端に置かれた燭台が、月の明かりだけの夜を照らしている。


「何かあったの?」


 昼間のユリアーナとアルファーのやり取りを気にしているらしく、アガトがユリアーナに声をかけた。


 燭台の灯りに照らされた緑色の目にアガトの影が映っている。ユリアーナの目に映るのが自分だけであることに喜びを感じるが、その目が悲しみを湛えているように見えてアガトが息を呑んだ。


「アガトは可愛いね」

「突然どうしたの?」


 何の脈絡もなく言われた言葉にアガトが目を丸くする。


「アガトはいい子だね」

「ユリアーナ?」


「アガトはわたしの大切な子なの」

「……誰かに僕のことを言われた?」


 アガトが答えるとユリアーナはアガトの手をぎゅっと握って、肩にもたれかかった。


「他の人に何か言われても、僕にはユリアーナがいるから気にならないよ」

「わたしが嫌なの」


「さっき様子がおかしかったのはそれ?」


 第二王子の夢で会った魔女が、ユリアーナにアガトの何かを告げたのだろう。その内容は気になるが、アルファーがどれだけ聞いても絶対にユリアーナは口にしなかった。きっとアガトが聞いてもユリアーナは言わないつもりなのだろう。


「アガトはわたしのこと好き?」

「好きだよ」


 少しの迷いもなくアガトは即座に答えた。その答えに満足したユリアーナは、アガトに寄りかかったままほっと息を吐いた。


「だったらもういいよ」

「どうしたの?」


「アガトは大人になったら何がしたい?」


 明るい口調になったユリアーナが、アガトと繋いだ手を上下に振りながら空を見上げている。つられてアガトも空を見上げると空一面に星が瞬いていた。


「僕は大人になれるのかな?」

「それはわたしも分からないよ」


 ユリアーナは母親から移譲された魔女の魔力を持っているが、魔女ではない。ユリアーナは魔女のように長命なのか、あるいはこのまま成長し続け人のように年老いて死ぬのか。ユリアーナにも使い魔にも分からないままだ。アガトの成長が止まっていることについては、更に誰にも分からない。


「だから難しいことは考えなくていいと思うの」

「じゃあユリアーナは何がしたい?」


「わたしはまたお祭りに行きたい。美味しそうな物を食べたい」


 祭りの屋台で売られていた薄い生地に焼いた肉を挟んだものや、チーズと芋を焼いたもの。見たこともない果物など、祭りの混乱のせいで叶わなかったが、目移りするほど食べたい物がたくさんあった。


「アガトの分は、わたしがちゃんと先に食べてあげるから安心だよ」

「また行けたらいいね」


「あとは王宮の図書館に行ってみたい!」

「きっとどこよりもたくさん本があるよ」


 アガトに読んでもらわなければ一頁読むだけでも随分と時間のかかっていたユリアーナだが、今では一人でも本が読めるようになってきた。ルーカスが持ってきてくれた本もいいが、自分でも選んでみたい。


「アガトの生まれた場所にも行ってみたい」

「すぐには決心がつかないけど、いつか行ってみたいな」


 故郷は懐かしい思い出ばかりではない。両親に愛されて育った記憶と、両親を殺され十年も閉じこめられ続けた記憶が錯綜する。目の前で血を吐いて絶命した両親の姿が、昨日のことのように甦る。


「お姫さまとお茶会をしましょうねって、お妃さまが言ってたの。すごく楽しみ」

「じゃあ、先に王妃様とお姫様ごっこをしないとね」


「アガトも一緒に行くんだよね?」

「王妃様のサロンだから、僕は無理だよ」

「じゃあ、わたしも行かない!」

「折角だから行っておいでよ」


 むうっと顔をしかめたユリアーナが、繋いでいない方の手でアガトの頬を掴んだ。


「アガトはうちの子だからね。わたしとずっと一緒にいるんだよ。わたしが拾ったんだから、わたしが責任を持って守ってあげる」

「僕もユリアーナを守れるようになりたいよ」


 わたしが守ってあげるのにと不満そうなユリアーナが空を見上げて声をあげた。


「流れ星!」


 流れ星に三回願い事をするとその願いが叶うという。アガトは咄嗟に願ってみたが、一瞬にして消えた流れ星に三度の願いをすることはできなかった。


「何をお願いしたの?」

「ユリアーナと一緒にいられますように」

「わたしも同じだ」


 どうか願いが叶いますように。

 一度もアガトの願いが叶ったことはないが、この願いだけは叶って欲しいと切にそう願った。

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