30.前兆(2)
第三王子の側近であるデールは、ルーカスがユリアーナに付き添って魔法士団を訪れる日は別行動となる。ユリアーナへの魔法訓練の場へは、誰も入室を許されておらず、デールですら例外ではないのだ。
デールが王宮に向かって移動していると、前方からやって来る思わぬ相手を発見した。急いで庭園のアーチに体を滑り込ませると、相手に気づかれないようにそっと様子を見る。
祭りで会った領主が、緊張した面持ちで王宮をふらふらと歩いているのだ。
一時でも関わった貴族のため念のために調べて見れば、領主の名はマイルズ・アクトン。教会派のパードット子爵であることが判明した。その領主が王宮で一体何をしているのか。看過できないとデールは素知らぬ振りをして探りを入れることにした。
デールが何食わぬ顔で姿を現すと、デールに気づいたマイルズの方から声をかけてきた。
「ご無沙汰しております。まさか王宮でお会いできるとは思いませんでした」
「領主こそどうなさったんですか?」
貴族らしからぬ笑顔を振りまく領主は、広大な王宮内で迷っていたらしくデールを見てほっと胸を撫で下ろしたのだった。
聞けば領内で起こっている獣害事件で教会騎士団と魔法士に助けを求めたところ、人手が足りないと断られたとのことだ。
「断られたんですか!領主が教会に?」
教会は貴族の献金を大部分の収入源としているため、貴族とは良好な関係を持ちたがる。領内の教会が領主の要請を断るなど、通常はあり得ないはずだ。
「他領でも獣による被害が多発しているらしく、すでに出払っているためうちには回せないと言われました。今日は漸く王宮から登城許可が下りたので、どうにか助けていただきたいとやって参りました」
「そうだったんですね」
「それにしても王宮は広いですね。馬車を降りたらすっかり迷ってしまいました」
デールが騎士団本部まで領主を案内すると、ちょうど顔見知りの騎士が数名出てきたところだった。声をかけて領主を紹介すると、一人の騎士が領主主の案内を買って出てくれた。
「何やら騒がしいようですが、何かあったのですか?」
デールは兄と同期の騎士を見つけ声をかけた。
「各地で獣に襲われる事件が頻発して、王宮騎士団への要請が増えているんだよ。出発の準備やらなんやらでてんてこ舞いだ」
「獣?」
「死傷者も多数出て、魔獣の可能性もあるらしい。同時に王宮魔法士団にも派遣要請が来ているみたいだ」
「突然どうしたんでしょうね。危険はないのですか?」
王宮騎士団が到着すると煙のように消えてしまうことが多く、今のところ騎士が獣に遭遇したことはない。魔獣であれば何らかの魔力の残滓が残っているはずだと、同行した王宮魔法士が獣の痕跡を辿ろうとするが何も残っていないのだ。
数日様子を見て王宮に戻れば、また別の土地で獣害事件が起きるということが数回繰り返されている。
デールがしばらく待っていると、領主が出てきて王宮騎士団が要請に応じてくれたと安堵の表情を浮かべていた。王宮騎士団で派遣できる人数を調整し、二日後の早朝に東の街へ向かって出発することが決まったのだ。
これで領民を守ることができると張り詰めていた領主の気持ちが、少しだけ軽くなったようだった。
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ふと何かに気づいて顔を上げた魔法士団長が、私室の入り口に向かって歩いていく。開いた扉の向こうにいたのは魔法士団の副団長。四十を迎えたばかりの痩身の男で、結界や防御魔法に長けている。その実力は魔法士長ですら舌を巻くほどと言われる男だ。
「二日後の早朝より、騎士団と共に東の街に行って参ります」
「そうか。頼んだぞ」
「城門の術式変更については、南の門を残すところです。戻ってから続けます」
「なんだ。まだ終わっていなかったのか」
髭をなでながら言う魔法士団長の軽口に、副団長が目を剥いた。
「終わるはずないでしょう!数も多く、術式も古い!それを紐解きながら、術式変更をしているんですよ!ここまで終わったことを誉めていただきたいくらいですよ」
唐突に王宮の警備強化をすると言われ、ほぼ不眠不休で城門の魔法を変更し続けた。王太子はねぎらってくれたが、当の上司はこの調子だ。質の悪い冗談を受け入れる余裕のない副団長が、更に何か言おうと息を吸ったところで、魔法士団長が両手を挙げてまあまあと手振りした。
「分かっとる、分かっとる。冗談だよ。お前にできないことはわしにもできんよ」
「皆に迷惑をかけないようにお願いしますよ」
「お前はわしを何だと思っておるんだ」
「本来は私は残るべきなんでしょうが、これだけ任務に駆り出されると魔法士の数が足りなくなるのですから仕方ありません」
部屋を出ようとした副団長と、部屋の奥にいるユリアーナとアガトの目が合った。
「秘蔵っ子の君達には、何かお土産を買ってきてあげよう」
副団長は笑うと皺の刻まれる顔でそう言うと、魔法士団長に礼をして部屋を後にした。
少しの休憩の後はいつもの訓練が始まる。
ユリアーナは白い壺の中にある透明の水を想像する。その奥にあるのは淀んだ暗い水だ。今日は更に奥に、何か凝ったものがあるのに気づく。
あれはなんだろうとユリアーナは小首を傾げた。
もう少しよく見ようとしたところで、ユリアーナの直感が告げた。
あれは近づいてはならないものだ。
鴉と黒猫が体に異変を感じてはっと顔を上げた。すぐに消えてしまったが、一瞬ではあるが魔力が体に満ちるのを感じた。
慣れ親しんだ魔女の魔力。オリガの魔力を確かに感じたのだ。
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今日も反王宮派の貴族議員達によって議会は紛糾していた。一体、その内のどのくらいが教会の息のかかった者であるのか。
国王は大臣から渡された議会の記録を見ながらため息をつく。その場にいなかったとは言え、議会の混乱振りが手に取るように目に浮かぶ。
「教会が領地を所有できるようにすべき、教会は王宮から切り離し独立させるべき、教会の所在する領民に教会への税を課すべきか。好きに言ってくれるな」
領地は国王から領主に爵位とともに下賜されるものだ。爵位を返上、剥奪された場合は、領地は爵位とともに国に戻される。
領主は領民から税金を徴収し、その一部を国庫へと納めることが義務づけられている。この国の教会は領地を持つことが許されていないため、教会は領主からの多大な献金で成り立っている。自領での税金を増やすなど教会に利はあるが、領主にとっては領民の反発を招き得策ではない。
更に揉めているのが、王家の直轄地で最近見つかった鉱物原石の採掘権に関することだった。上質な紅玉石が見つかった山は王家の所有する領地だ。採掘された原石は王家の所有物となり、その一部の収益が採掘権を得た者のものとなる。
国王は金の鉱脈が発見された時以上の過熱振りに頭をひねった。
ふと紅玉石と聞いて思い出したのは、魔女から受け取った大きな石だった。国王は苦い思い出に自嘲めいた笑いを浮かべ、誰にも言わずにしまいこんである紅玉石は、ユリアーナに返すべきだろうと考えていた。




