25.夢を渡る(1)
王宮魔法士団本部は王宮の裏手に建築された装飾の少ない堅牢とした建築物だ。対面には王宮騎士団の城塞や訓練場が城壁に沿うように建てられている。魔力で国を守る魔法士団と、武力で国を守る騎士団。かけがえのない二つの機関は背後から王宮を守るように位置している。
魔法士団に用のない者は通らない道を、騎士を伴った場違いな子供が歩いている。紺色の騎士服は王族の警備を担う近衛騎士だけが纏うことを許された色。窓から紺色の制服を見た魔法士達は、ぎょっとした顔をして一行を見ている。
ユリアーナとアガトは便宜上、ルーカスが市井から連れて来た魔力持ちの子供だ。魔力の強さから第三王子に請われ、魔法士長自ら弟子とすることになったというのが表向きの理由だ。魔法士長が直接の弟子を取らなくなって久しく、新弟子の噂は瞬く間に魔法士の間に広がった。
また、後見が第三王子のルーカスであることから、どれほどの人材なのかと魔法士団の中でも注目を集めていたが、まさか騎士を伴ってやって来るとは思わなかった。
少女と並んで歩いている少年は、貴族の子が着るような仕立てのよいシャツと袖なしの上着、短いズボンを穿いていた。日に透けて金茶に見えるふわふわとした髪が、風に吹かれて揺れている。
少女よりも幾分か小さい少年は、植栽や女神の像など目に入ったもの全てに興味を持って走り出そうとする少女の手を引いて目的の建物へと進む。
真昼の移動となったため、ユリアーナはつばの広い帽子と厚めの外套で露出を減らし、傘で日光を遮っている。傘の間から隠れ見えるのは愛らしい相貌で、同じく整った顔立ちの少年と並ぶと一対の人形のようだった。
「近衛騎士に使い魔つきの弟子とは豪華ですな」
ユリアーナに抱かれた黒猫と、アガトの肩に乗った鴉を見て、魔法士長が愉快そうに笑った。
近衛騎士を護衛につけるのは、王宮の息がかかった子供であることを知らしめるための牽制だと国王が言っていた。
魔法士団長室は重厚感のある大きな机と、本棚や机に収まりきれない本や書類があらゆる場所に無造作に置かれ、床やソファの端までも侵食している。森の家の二階は同様に魔女の本で溢れかえっていたので、ユリアーナは魔法士団長の部屋は森の家に似ていると思った。
広さのある部屋であるはずなのに、物が所狭しと置かれ隙間は少ない。
部屋には他の魔法士は誰もおらず、予め用意された飲み物がテーブルに置かれていた。二人の近衛騎士は魔法士団長の部屋の外で待機しており中へ入って来ることはない。
「姫君は使い魔が何かご存じですか?」
「アルファーとリィスのこと」
「そうですな。では、森で会った屍使いの操った狼は使い魔だと思われますかな?」
「使い魔?」
魔法で操るのであればそれは使い魔なのだろうかとユリアーナが答えると、魔法士団長は首を振ってそれを否定した。
「使い魔ではありません。使い魔は主と契約を交わして使役される、絶対的な主従関係を築いたもののことです。死んだものと契約を交わすことはできませんので、屍使いの操るものはただの死骸で使い魔ではありません」
絶対的な主従関係と聞いて、アガトはユリアーナとアルファー達の間にそんなものがあるだろうかと考える。絶対的な信頼関係はあっても、主従関係ではなさそうだと思う。
魔法士団長から魔法とは何か、いかにして魔法を使うかの一通りの講義を受けたユリアーナは、自分でも実践してみたくてうずうずしていた。
「さて早速ですが姫君。魔法を使ってみましょう」
テーブルに置かれた燭台の蝋燭に火をつけてみましょうかと魔法士団長が言う。ユリアーナは目を瞬かせて、蝋燭をじっと見つめる。
「手に触れても宜しいかな?」
魔法士団長の皺だらけの手がユリアーナの手に重なると、魔法士団長によって送り込まれた魔力がユリアーナの手に熱量を与える。
「温かい!」
「それが魔力です。すぐに魔力を感じられるとは流石ですな。目を閉じて姫君の中の魔力を探ってみて下さい。どうですかな?今感じているものが姫君の中にありませんか?」
「あるような気がする」
ぎゅっと目を閉じて頭に浮かぶのは、先日魔法士団長に見せられた白い壺だ。魔法士団長は壺は体だと言っていた。流れ込んでくる魔力とは似て非なる透明の水が溢れ出そうとしている。その奥に見えるのはもっと淀んだ暗い水。壺の中から出ようとする二つの水。
ユリアーナは蝋燭に火がついたところを頭に浮かべ、自身の壺の中から女神の魔力だけを外に出すことを想像した。暗い水を抑えて、透明の水だけを外に出すように想像する。
その瞬間、燭台の蝋燭は桁違いに火を噴いて一気に燃え上がった。すんでの所で魔法士長が消火したお陰で、燃えたのはユリアーナの前髪と、庇うように飛び出してきたアルファーの翼の一部だけで済んだ。
「なんとまあ、凄まじい魔力であることか」
流石の魔法士団長も予想外の出来事に肝を冷やした。万が一を考えて、王子宮ではなく魔法士団本部を選んだが、まさか本当に魔力が暴走するとは思わなかった。
新人魔法士が力を暴走させたり、新しい魔法の制御ができずに周りに被害を出すこともある。そのため、魔法士団の建物は過剰な魔法を吸収するような魔法措置が取られている。そのお陰でユリアーナの魔法の暴走を最小限に抑え被害を出さずに済んだ。魔法士団長はこれを制御できるようにするのは大変ですなと苦笑した。
結果はすぐさま国王達にもたらされ、苦渋の表情を浮かべる国王とは対照的にルーカスは面白そうに笑っていた。
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「昨日は頑張ったみたいだから、ご褒美にお姫様を見せてあげよう」
王太子の娘クラリッサ王女が王宮の薔薇園で茶会を開くことを調べたルーカスが、こっそりとユリアーナ達を王女の通り道へと案内する。垣根の外に三人で座りこんで、王女側から見えないように身を隠す。
「もうすぐクラリッサ王女がここを通るよ。お姫様を見たいんだろう?」
「お姫さまが見られるの?」
「本当はこんなことをすると怒られるんだけどね。今日だけは特別だよ。僕がいない時はやっちゃ駄目だからね」
ルーカスが重々言い含めると、ユリアーナは大きく頷いた。
薔薇園へと向かうクラリッサと侍女、近衛騎士の一行は、王宮から続く庭園のアーチを潜って目的地である薔薇園へ向かっている。
クラリッサ王女は見事な金色の巻き毛をゆったりと結い上げて、青いリボンで結んでいる。薄い桃色のドレスは胸元にレースがあしらわれ、腰を細く絞ったスカートがふわりと裾まで広がってクラリッサ王女の雰囲気にもよく合っていた。
ユリアーナは初めて見たクラリッサ王女に釘付けだ。興奮を隠さずアガトを何度も揺すっている。
「見て!アガト、お姫さま可愛い。金色の髪でユリアーナ姫みたい」
垣根から顔を半分だけ出してクラリッサ王女を盗み見る。促されて顔を出したアガトは金髪だねとだけ返した。薄い反応に納得がいかないユリアーナが、アガトの顔を両手で挟んでもう一度王女の方を向かせた。
ユリアーナの名前の由来となった、絵本のユリアーナ姫は金髪碧眼だった。特別お気に入りなその絵本は、ユリアーナ姫が国の敵となる邪悪な悪魔を倒すというよくある物語だ。
お気に入りだったことはアガトも知っているが、架空のユリアーナ姫とクラリッサ王女を重ねる意味が分からない。可愛らしい王女だとは思うがそれだけだ。
「見てよ。綺麗でしょう?」
「ユリアーナの方が可愛いし綺麗だよ」
「わたしが言いたいのはそういうことじゃないの!」
ユリアーナは大好きな主人公に似た王女を一緒に称える同志となりたいのに、当のアガトはまるで興味がなさそうだ。同じ理由で王妃にも憧れているが、これもまたアガトには伝わらない。
クラリッサ王女が庭園の中に消えてしまうと、ルーカスが部屋に戻ろうかと声をかけた。離れた場所で三人を見守っていた近衛騎士に声をかけて、移動することを伝えている。
「わたしアガトに会ってからたくさん話せるようになったし、本も読めるようになった。魔法も少しだけ使えたし、できることがどんどん増えてとても嬉しい」
先に立ち上がったユリアーナが、座り込んだままのアガトに両手を差し出しながら見下ろしている。きらきらとした緑の目がアガトを見て微笑んでいる。
「僕はずっと死んでしまいたいと思っていたけど、あの辛い日々がユリアーナに逢うためだったのなら耐えてきて良かったと思う」
差し出されたユリアーナの手を取ってアガトが立ち上がると、いつものように薄茶の髪を何度も撫でた。最初はアガトの頭にある嫌な気配が気になって撫でていたが、今は自然となでるようになっていた。髪を撫でるとアガトが言い様もないくらい嬉しそうな顔をするからだ。
「辛いことがあっても、わたしが絶対に助けてあげるから」
「僕は死ぬまでずっとユリアーナの側にいたい」
「いたらいいよ」
「アルファー達みたいにずっとユリアーナと一緒で、命を共有して、僕もユリアーナの使い魔になりたい」
「使い魔にはなれないよ」
人は魔女の使い魔にはなれない。どうしてそんな分かりきったことをいうのかと、きょとんとした顔をしてユリアーナが生真面目に答える。ユリアーナの腕に縋り付いたアガトが小さな声でうんと答えた。




