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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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24.魔法の理(5)

 教皇の居室でソファにごろんと横になったジョンは、部屋中に焚きしめられた香りに顔をしかめた。部屋中に漂う甘ったるい香りが好きではないからだ。


 甘い香りにかき消されてはいるが、ジョンだからこそよく知る匂いが紛れている。以前より匂いが強くなっていることに教皇は気づいているのだろうかと疑念を抱くが、どうでもいいとばかりにソファに体を沈めて目を瞑る。


 部屋は白い壁紙と調度品で統一されているため、目を瞑っていても明るさを感じる。壁には女神の絵姿や女神を表す抽象画が飾られており、中央には大理石の女神像が据えられていた。


 今日は苦手なヘインズがいないのでジョンはゆっくりと寛いでいる。なぜかヘインズは昔からジョンへの当たりが強い。ジョンの不遜な態度が気に入らないというわけでもなく、存在自体を忌避している。


 枢機教や大司教達もジョンを訝しんでいるが、神のように崇拝する教皇が許している存在なので見て見ぬ振りをしている。


「ジョンはどの大きさまでの死んだものを操ることができるのでしょうか」


 ジョンを呼び出した割にいつまでも話しかけることのなかった教皇が、耳心地のよい声でジョンに問いかけた。

 構い過ぎて死んでしまった小鳥を手に乗せたジョンが、教皇の言わんとすることを読みとって答える。


「それは人間ってことか?」

「そうですね」


 ジョンが一通り試したものは家畜や小型の獣ばかり。先日は狼の死骸を数体操ったがジョンの体に負担をかけるものではなかった。もっと大型のものは試したことはなく、人間で試したくても人は殺すなと厳命されているので手に入れることができなかった。


 手の中の小鳥の死骸に魔法をかけると、横たわっていた小鳥が羽ばたきジョンの肩に乗った。小鳥は肩に乗ったまま、作り物のようにじっとして微動だにしない。さっきまではジョンを嫌がって嘴でつついたり噛んだりしていたのに、死んだ途端に無反応になり面白みがなくなる。


「人の死体はやったことないな。やってみたかったら用意してくれるか?」

「……もう少ししたら、数体手に入るかもしれませんよ」


 教皇がそう言うのなら近々誰かが死に、その死体をくれるつもりなのだろう。玩具にして遊べるのだと考えただけで愉快になった。


「いつ頃もらえるんだ?」

「そうですね。近日中に数人」


 ジョンは赤髪の少女から女神の魔力を感じたと言っていた。ジョンは扱い辛い少年ではあるが魔力は本物だ。そのジョンが言うのだから恐らく間違いはないだろう。


 唯一の成功例であるアガロットは逃がしてしまったが、魔力も失われそれほどの利用価値はないので仕方あるまいと教皇は考える。それよりも今どこにいるのかの方が重要だ。想像通りであれば赤髪の少女が何者なのか確信が持てる。


 教皇の願いを叶えるための準備に、予想以上の年月がかかっていることで苛立ちを感じていたが、現状から脱することを予感させる情報に思わず笑みが零れた。



-----



 ルーカスは自分を召集しなかったのは父王の差し金で、ユリアーナやアガトに不利な話をする予定があるからあえて呼ばなかったのだろうと予想していた。


 国王の判断としては正しいと理解しているので、魔法士団長に無理に付いていくのはやめておいた。何より沈んだ表情をするアガトが気になって放っておけなかったのだ。


「魔法を学ぶのが楽しみかい?」


 当たり障りなくユリアーナに話しかけると、表情を明るくしたユリアーナが何度も頷いている。


「楽しみ!おじいちゃん凄かった。あれわたしもできるかな?」

「どうだろうね。僕や兄上は魔力が少ないからよく分からないけど」


「アガトも楽しみ?」


 繋いだ手をぶんぶんと振ってユリアーナがアガトに話を振ると、アガトは弱々しく微笑んだ。


「僕は魔法を教わっても使えないと思う。長く生きているのに僕にはできることが何もない。魔力も知識も、剣が使えるわけでもない」


 十歳で囚われたとはいえ、八十年も生きているのに何も成長していない。頭の中は十歳の頃から変わっておらず、長く生きた者の老獪さを備えることもできない。ただ無為に長く生きていただけだ。少しでも知識や経験があれば、今何かの助けになれたのにと口惜しい。


「お前は十歳までしか教育を受けることも人と関わることもできなかったんだ。何十年生きていようと暗闇に何十年も囚われているだけでは人は成長できない。お前はまだ十歳の子供なんだ。これから、ここで経験を積んで成長するればいいんだよ」


 見開いたアガトの目から大粒の涙が零れ落ちる。公爵家の嫡男として育てられたアガトは何不自由なく暮らしていた。しかし、忘れられない七十年前のあの日から、嬲られ囚われ続け、公子としての誇りも失い教会の言いなりになっていた自分に強い劣等感と罪悪感を抱いていた。


「お前達を拾って帰ったのは僕だ。だから僕は責任を取らないといけないんだ」


 ユリアーナの言を借りてルーカスがアガトにそう言うと、横で聞いていたユリアーナがうんうんと頷いている。


 ユリアーナは泣いているアガトに顔を近づけると、そのまま涙を流すアガトの目に唇を寄せた。慌てて止めようとするルーカスに、事情が飲み込めないユリアーナが首を傾げた。ふと少年を見下ろすと耳まで赤くなったアガトが硬直していた。涙を浮かべていた目がユリアーナに釘付けになっている。


「そんなこと誰に教わった!?」

「わたしが泣くとリィスがいつもしてくれていた」


「泣いているユリアーナも可愛いでしょう?」


 うっとりとリィスが頬に手をあてながら言う。


「それはリィスにしかしては駄目だ!」


 気を取り直してルーカスが腰に手を当てながらユリアーナを諭す。


 使い魔と森で暮らしていた少女は物事の道理が分かっていない。幼い今はよくても、将来この顔で好き勝手すると勘違いする者が頻発しそうだ。

 アルファーならまだしもリィスは全く当てになりそうになく、この少女に常識を教えるのは自分しかいないとルーカス決意する。


「アガトはうちの子だよ」

「うちの子でもリィスにしかしてはいけません」


「アルファーは?」

「……アルファーも駄目。とにかくリィス以外は駄目だ」


「おい。俺は関係ないだろう」

「ユリアーナに誰ならいいか区別がつくとは思えない。連帯責任でアルファーも駄目だ」


 確かにそうだとアルファーが不承不承ながら聞き入れた。そもそも森から出すつもりのなかった少女だ。まさか王宮で保護されるなど夢にも思っていなかったので、人の世界の常識など教えるつもりも予定もなかった。


「アガト嫌だった?」

「嫌じゃないけど、リィスと僕以外にはしちゃ駄目だよ」

「ほら。いいと言っている」

「アガトはどさくさ紛れに何を言っている!」


 存外この少年も癖が強いなとルーカスは思った。

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