23.魔法の理(4)
「王宮の警備魔法を強化いたしましょう」
重い沈黙を破って魔法士団長が皺だらけの顎をさすりながら言う。
「アガトが城門を通れたのは王族の血を引き、過去に王宮へ登城することを許されていたから。もし教皇がルーカス殿下の洗礼式で登城していたのなら、いつでも王宮に入り込めるということです」
王宮への登城は発行された許可証をもって可能となる。しかし貴族や聖職者など、頻繁に登城する者は予め警備魔法に組み込まれる場合もある。まさか何十年も生きる者がいるなどとは想定されておらず、よほどのことがない限り貴族や聖職者の許可は取り消されることはない。
最悪の事態を想定して策を講じる必要があるが、誰が教会に寝返っているか分からない。今となっては国王派の貴族ですら無条件に信用するわけにはいかない。
誰を信用したらいいのかが分からないのならば、篩にかけるしかないと国王は決断する。
「今までに教会に有利な発言や法案を通した家門を洗い出せ。誰が敵か味方か分からない状態では何も手だてがとれん。これ以上好き放題されてたまるか」
国王が苛立ちを隠さずに声を荒げた。
宰相の話を聞くにつれ、体中に見えない何かが纏わり付くような嫌な感覚を覚えた。自分の知らないところで思いも寄らないことが起きていたことに戦慄する。
「相手の出方を見るために、教会から魔法士でも招き入れるか」
どうせすぐには尻尾など掴ませないであろう相手だ、こちらの隙を見せてあえて有利な情報を与えてみてはどうだろうかと提案する。
「どうして最初から博打を打とうとなさるのですか。諸刃の剣ですよ」
眉間に皺を寄せた宰相が珍しく強く反対をしたので、半ば本気であったが国王は素直に引き下がった。確かに自分でも暴論であるとは自覚していたからだ。
王宮は国王の公邸であり政務の場でもある。教会の間者を招き入れるなど言語道断だ。それでなくても、王族の住まう最重要な場所にすでに教皇の侵入を許してしまっている。
国王がため息をつきながら執務室の高い天井を見上げると、見事な金箔の漆喰彫刻が目に入った。何十代も前から受け継がれる国王のための執務室。この場を受け継いだからには国王として、国と民を守らなければならない。
「なんで俺の代なんだ?」
「正確には四、五代前からですが」
国王のつぶやきをすかさず宰相が訂正する。分かっていると国王が捨て鉢に答えた。明らかになったのが現国王の代であっただけで、以前から教会は議会や王宮、国政に侵食していた。
「父上の代で解決していただかないと、私が大変ではないですか!」
「そうか。お前に早めに譲位して俺は楽になるという手があるな」
現在この事態を収束させる責任を持つ国王と、将来その責任を継ぐ王太子が破れかぶれで言葉を交わす。
「冗談はさておき、どういたしますか?」
「俺はバートランドのために、教会に魔力の強い者を探すように命じていたのに、なぜ魔女を探せと曲解されたんだ?」
「教会が魔女を欲しているなら王命はまさに渡りに船。教会だけで探すよりも王命を笠に着て好きにできるからでしょうな」
「何が目的だ?」
誰も答えを持たない問いを国王があえてする。
「そう言えば、アガトは教会で成功例と呼ばれていたとのこと。成功例がいるということは失敗例もあったということ。どれほどの失敗があって、何に成功したのでしょうな」
罪咎の紋などと人の尊厳を踏みにじるようなことを平気でする教会が、どんな外道なことを行ったのか想像しただけで身震いがする。失敗例といわれる一体どれだけの人が犠牲となったのか。
「なるほど!」
宰相が声を上げた。何事かと視線を集めた宰相は、ソファに沈めていた体を伸ばし胸の前で組んでいた指を組み直すと、一呼吸置いて口を開いた。
「私はずっと教皇が狙ったのがなぜバートランド殿下だったのかを考えておりました。つまり成功例はアガロット、それと殿下に共通すること……」
「王族の血か」
王族の血に付随するもの。王族たる者だけが代々受け継ぐことのできる女神の魔力。
いくつもの失敗を重ねた結果、教皇はアガトにおいて成功をおさめた。過去の失敗例と成功例アガトを比較して、その母親が王妹であることに思い至ったのだろう。
アガトの持つ女神の魔力が成功に関係したのならばと次に狙われたのが第二王子バートランド。ロードリックは王太子として厳重に警護されており教皇ですら近づくことは困難だ。
その点当時のバートランドといえば、そのような危険が迫っているなどとは露も疑わなかったため、確かに王太子よりは警備が甘かったといえる。しかもその日はルーカスの洗礼式の準備で王宮内は慌ただしくしていた。今となってはどうして第二王子にしっかりと目を向けていなかったのが悔やまれる。
危険を冒し王宮に侵入してまで、なし得たかったこととは何だろうかと国王は思案する。
「不老長寿はすでに教皇自身が成している。では次なる目的はなんだ?玉座か?」
話を聞いていた王太子が右手を挙げて注目を集める。
「目的よりも気になることがあります。教会はなぜか魔女を探しています。教皇の目的には王族の血が、女神の魔力が必要だとして、両方を兼ね備えたユリアーナは教会が最も欲しがる者ではないですか?」
まだ教会は知らない事実だが、いつ露見するかは時間の問題だといえる。すでに屍使いの少年とは相見え、しかも一戦を交えている。
「ユリアーナとアガロットに護衛騎士を付けろ。決して教会には渡すなよ」
バートランドと同じ轍を踏むことは断じてあってはならない。一度だけならず二度までも我が子を教会に害されてたまるかと、国王の目の中に怒りの炎が宿る。
「わしは陛下に許可をいただきたいのです。あの二人に魔力の使い方を伝授したいのですが宜しいですかな?」
「なぜだ?」
「ご自身で身を守る必要が出てくるかもしれません。それに魔女と女神の魔力を兼ね備えた存在です。わしは最初に姫君を見た時は震えましたぞ。正に奇跡の存在。姫君をこのままにしておくのは魔法士としての損失。あの未知なる魔力を是非とも解明させていただきたい!」
「お前は少し黙っていろ!」
相変わらず魔力のこととなると、周りが見えなくなる魔法士団長の言葉を国王が遮る。呆れかえった国王はソファに背もたれにぐったりと体をもたれさせて、気が抜けたわと苦笑いした。
バートランドのことを聞いて多少頭に血が上っていた国王は、興奮する魔法士団長を見ることで平静を取り戻していた。
「アガロットはどうする?魔力を封じられているんだろう?」
「それについても、もう少しきちんと視てみたいと思っております。姫君は目がいいので、ご協力いただければ突破口が見つかるかもしれませんぞ」
それを聞いて国王は、ルーカスがユリアーナは目がいいと言っていたことを思い出す。他では視ることのできない魔法の本質を見抜くことができると。果たしてそれは魔女の魔力なのか、生まれついての女神の魔力なのか。
何にせよ可哀相なことに巻き込んでしまったと申し訳なさが先立って、なんともいえない気持ちになる。
「幼い恋がこのような結果をもたらすとは思いもよりませんでしたな」
当時の王太子にとっては遊びの恋ではなかった。何かに突き動かされるように魔女とは知らずに恋に落ちた。あれがなければ魔女と女神の魔力を備えた娘など生まれることはなかったはずだ。
「あるいは女神の采配でしょうか」
自分が思っていたことと近いことを言い当てられ、複雑な思いで自分よりも大分年を重ねた魔法士団長を見つめた。




