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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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22.魔法の理(3)

 魔法士団長は王子宮から王宮へと渡り、国王の執務室へ歩を進める。執務室に立つ警護の騎士が魔法士団長と確認し扉を開いた。

 執務机に座ったままの国王が魔法士団長に気づいて顔をあげた。室内にはすでに宰相と王太子がソファにかけて、いくつかの書類の束に目を通している。


「ルーカス殿下がご不審がっておられましたぞ」

「ルーカスはユリアーナに肩入れしすぎて、まともな判断はできないだろうからな。それで二人はどうだった?」


 ルーカスは初めてできた妹に浮かれている。長兄は七歳の年の差がある上に、王太子としての教育で忙しく共に過ごす時間はほとんどなかった。次兄は生まれた年に眠りに就いたため共に過ごしたことすらない。

 恐らく少しでもユリアーナを疑うようなことを言えば、ルーカスが腹を立てて話すらままならないだろう。


 召集をかけた全員がそろったところで、国王が執務机から立ち上がり宰相達の元へ移動した。机には古い書類や本が重ねられている。貴族名鑑や領地調査結果、議会の発言録など内容は多岐に渡る。


「姫君の魔力は桁違いですな。どの王子殿下よりも魔力の量が多くて強い。陛下の魔力によく似ておられます」

「それでお前はあの娘をどう思った?」


 国王は初めて会ったユリアーナを愛らしく思い、その性格にも好感を持った。しかし国王としてあの一時だけでユリアーナの全てを信用してはならない。欺くための偽りである可能性もある。そこで魔法に長けた魔法士団長にも検分を依頼した。


「随分と無垢でいらっしゃいますな。魔性の魔力を秘めているとは思えないほど純粋で無邪気です。女神の魔力が強いから、魔性の魔力を取り込んでも無事に生き伸びることができたのでしょう」


 魔法士団長がユリアーナ達にした説明を国王達にも伝えると、眉をひそめた国王が大きなため息をついた。


「魔力に振り回されるのも哀れだな。どうにかならんか?」

「難しいでしょうな」

「……そうか」


 ひとまずユリアーナのことは疑わなくてもいいようだと、あからさまにほっとした表情を浮かべた国王に魔法士団長の口元が緩む。あの見た目よりも幼い少女が、父親である国王に厭わしく思われているわけではないと分かり安堵した。


「陛下が王太子の頃、頻繁に抜け出していた結果があの姫君ですか」

「他の魔法士は気づかなかったのに、お前は見逃したではないか」

「陛下が権力を笠に脅したのでしょう?」

「それに屈したお前が悪い」


 魔法士団長が懐かしそうに笑い国王も苦笑いする。魔力の強い当時の王太子は、王宮や城門にかけられた魔法すらものともしなかった。魔法の才に恵まれていた当時下っ端の魔法士団長は、夜になると頻繁に城門をくぐる王太子に気づいたが、本人自らの口封じにあった。そんな経緯もあって国王と魔法士団長もまた気易い関係にあった。


「アガトの罪咎の紋とは随分と外道なものですな。意識を縛り意のままに操る類の魔法です。アガトも女神の魔力を持っているので、完全に紋で縛ることができなかったようです」

「王族の魔力に守られたか」


 母親が王妹だったアガトは女神の魔力を母親から受け継いでいる。王族に引き継がれる特別な魔力がアガトを守ったのだ。


「そうです。代償に魔力も封じられたようですが」

「よく生きていたな」


 アガトが長く囚われた中で、生来の魔力が使えれば逃げることができたのかもしれない。しかし魔力の訓練を受けたこともなく魔力を封じられていたアガトでは、どうすることもできず囚われ続けることしかできなかった。


「爵位を持つ者が死ぬと最も近い血縁の男子が継承する。たしかにロクシー公爵位の地位や財産は魅力的だろうからな」


 国王がテーブルを指で叩きながら呟いた。爵位は長男しか継ぐことができない。そのため公爵位を狙った実弟に殺されたロクシー公爵。


 国王と魔法士団長の話をろくに聞かず、宰相によって集められた書類に目を通していた王太子が硬い表情をして資料から顔を上げた。見ているのは古い貴族名鑑と家系図だ。


「宰相、これはどういうことだ?」


 王太子の質問の意図に気づいた宰相が、暗澹とした面持ちで王太子を見た。


「いくつもの仮説立てましたが、全て同じ考えに至ります」


 宰相は悩んでいた。あらゆる可能性を考えて仮説を立てるが、いつも同じ結論になる。一度凝り固まってしまった頭ではまともな判断ができないと、あえて先入観を与えずに王太子に資料に目を通してもらったが、やはり結論は同じだったようだ。


「まさか……」

「どうした?ロードリックはっきりと言ってみよ」


 国王が王太子に先を促す。


「確かに八十年前にロクシー公爵家にアガロットという男子が生まれてます。そしてその男子が十歳の時に公爵、公爵夫人、男子ともに流行病で亡くなったと記されています。公爵位を継いだのは亡き公爵の弟。その弟も十年後に事故で亡くなり、息子が後を継ぎました」

「それがアガロットの叔父と従兄か」


 爵位欲しさに実兄を殺害したものの良心の呵責に苛まれ、秘密裏にアガトを十年監禁し続けた叔父。そしてそのことが教会に露見しアガトは教会に引き渡され、ロクシー公爵位は息子に代替わりした。公爵は恐らく殺されたのだろう。


「ロクシー公爵家だけではないのです。この前後十年くらいに年若くして当主の替わった貴族がやけに多い。しかも代替わりしたのは国王派と呼ばれる貴族ばかり。国王派だった家門が新しい当主によって、王家に反発するような発言が多くなったのもこの頃からのようです。発言録を見ても教会寄りの発言が増えています」


 そこまでは王太子に説明を任せていた宰相が、机の上にあった別の資料を取り出した。結局は同じ結論に至ると覚悟を決め、次は宰相が説明を始める。


「たとえばこの家門が促進してきた聖職者の議席を増やすための法案。まず四代前の当主が聖職者の議会の傍聴を議会に認めさせ、三代前が正式な議員とし、二代前が王族、貴族、教会と議会を三分割にしました。その上での今回の議席の追加です。確実に議会での教会の発言力が増しています」

「……四代に渡って教会の意思を通させたのか」


「普通であれば考え辛いことです。代替わりすれば前当主のやり方を踏襲することを嫌う当主もいます。しかし長い年月をかけて、一つの結果を成就させています」

「どれだけ時間がかかろうとも、一人が統制を図るならば可能だな。それが教皇か?」


「恐ろしいのはこれだけではなく、長い時間をかけて教会に有利なように事が進められております」


 宰相が他の法案や発言録を指さしながら言葉を続ける宰相の顔色は悪い。そこには同じように長い年月をかけて成立した、教会に有利な事柄ばかりが記されていた。


「ロクシー公爵家の葬儀を大司教行ったと記されております。王家に縁の深い公爵家当主の葬儀とあれば、大司教が出向いてもおかしくはありません」


 通常は教区の司教が執り行うが、相手が高位貴族であったため更に位階が上の大司教が選ばれたのだろう。あるいは事を隠蔽しようとしていたのが、教会の上層部であったことの現れか。


「だが、アガロットは死んではいなかった。その葬儀を行ったと言っている教会は偽りを申していることになるな」


「誕生も死亡も教会の持つ権限の範疇です」


 領民の誕生や婚姻、死亡は教区の司教が証明書を発行し領主に届けられる。各地に根を広げる教会だから担える業務だ。しかし逆を言えば教会ならばそれを偽ることも可能となる。


「バートランド殿下が倒れた日、つまり眠りに就かれた日ですが、教会からルーカス殿下の洗礼のために大司教が遣わされています」

「教皇は大聖堂から出ることはなく、人前に姿を現すこともないのだったな。もし大司教の供として王宮へ登城したとしても顔も知られていなければ誰にも分からないな」


 背筋に冷たいものが走る。

 国王の執務室の温度が一気に下がった気がした。

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