20.魔法の理(1)
ユリアーナ達は最初に与えられた客間を当面の滞在場所として、部屋からの一切の外出を禁じられた。どこに間者の目があるか分からないためだと告げると、ユリアーナ達は不満を口にすることもなく了承した。
また王子宮に滞在する人数が増えすぎても目立つため、客間以外では使い魔は獣に戻ることも約束させられた。
アガトと部屋を分ける話も出たが、ユリアーナが一緒がいいと言い張ったので使い魔を含め同じ客間を使うことになった。
離宮の客間は居間と寝室、簡素な執務室で構成されており広さは十分にある。せめて寝台は分けるべきだと強固に言い張る王子兄弟の意見が通り、寝室にアガト用の寝台が増やされた。
「もっと嫌がるかと思ったよ」
意外だとルーカスが言うが、元々森の外は危険だからとアルファーに外出を禁じられていた。居場所が変わるだけで扱いが変わるわけではないので特に異論はなかった。
「わたし森から出たのは、この前のお祭りが初めてだったの」
「大切に守られていたんだね」
ユリアーナは敵意を持って攻撃されたことなどなかった。使い魔に守られた三人だけの生活では、何かを恐いと感じることはなかった。ジョンに襲撃されて大切な人を喪うかも知れないと思った時、生まれて初めて恐怖を味わった。
「もらった絵本、森に置いてきちゃった」
「王宮の図書館にないか聞いてあげるよ」
「ありがとう!」
ルーカスが題名を問うと、ユリアーナが念押しするように何度もルーカスに伝える。あまりに必死なのが可愛くて思わず笑いをこぼした。
「さて、もうそろそろ魔法士団長が来るよ」
ユリアーナとアガトの熱が下がるのを待って、約束通り魔法士団長と会うことになった。ユリアーナ達が客間から出るわけにはいかないので魔法士団長が部屋へやって来る手はずだ。あまり普段しないことをすると怪しまれるため、今回の旅でルーカスが見つけた異国の珍しい魔法書を鑑定しに来るという名目になっている。
「体調はいかがですかな?」
「もう元気!」
「ありがとうございました。残滓を取り除いてもらってから随分と楽になりました」
「それはよかった」
居間のテーブルの椅子に三人が座って、少し離れたソファから使い魔とルーカスがその様子を見ていた。アルファーとリィスはテーブルに用意されたカップで紅茶を飲みながら、一緒に出された菓子を摘まんでいる。
「姫君は教会が何を信仰しているかはご存じですかな?」
「知らない」
魔法士団長がまずユリアーナに質問を投げかける。教会のことすらよく知らないユリアーナは素直に首を振る。その答えに魔法士団長が頷くと、次はアガトの方を見て同じ質問をする。
「公子はいかがですかな?」
「僕はもう公子ではありません。アガトとお呼び下さい」
少し躊躇しながらアガトが魔法士団長に請うと、老人は苦笑いをして言葉を続ける。
「ではアガト、いかがですか?」
「救世の女神です」
「その通りです。まだ世界が分かれていない頃、邪なものに世界が侵されそうになり、天から遣わされた女神が世界を救ったそうです。女神は共に戦った若者と恋に落ちて夫婦となり、生まれた子達がそれぞれ国を作り地上は分かたれたのです」
「じゃあ王族は女神の子孫なの?」
「そういうことですな。女神の子は三人。地上は三分割され、そこからまた国が分かれ、長い年月をかけて今の国々の形となりました。その最初の三つの国の一つが我が国ですな」
初めて聞く内容に興味津々なユリアーナが質問を繰り返す。
アガトにとっては公爵家嫡男として教育を受けていた時に学んだ内容だった。この国の子供であれば誰しもが親や教師に教わる国の起源にまつわるものだ。
「女神さまはどこに行ったの?」
「夫亡き後は天に還ったそうです」
世界で最も信仰する人が多いのが女神信仰だ。教会はもちろんのこと、王宮ですら至るところに女神に関する像や彫刻、絵画が掲げられている。
この国の大聖堂も女神の聖地と呼ばれる場所に建築されている。世界中に女神の聖地は数多く存在するが、この国の聖地は女神が地上に遣わされ最初に降り立った地だと伝えられている。他にも女神が天へと還った場所を聖地とする国や、女神が邪なものを倒した場所を聖地とする国もある。
魔法士団長は女神についての簡単な説明を終えると、次に魔法についての説明を始めた。
「この壺を姫君の体、この中身を魔力とします」
魔法士団長が繊細な細工の施された小さな白い壺をテーブルの上に置く。蓋を開けて満杯に水の注がれた中身を二人に見せると、その壺に同じ意匠の蓋を被せて中が見えないようにする。
「こうするとどうなりますかな?」
「中が見えなくなった」
「この壺の中に満杯に水が入っていても、このように蓋があっては外に出すことができません。どれだけの魔力を秘めていても、普通の人は蓋があっては外に出すことができないのです」
ユリアーナは蓋の被せられた丸みのある白い壺をじっと見て、納得したように何度も頷いた。
「それができるのが魔法士と呼ばれる者です。魔力を持って生まれた者が魔法士としての訓練をすることで、魔力を自在に壺の外に出せるようになるのです。そうして使うことができるのが魔法と呼ばれるものです」
アルファーも興味深げに話を聞いている。魔性のものが人の魔法について知る機会などほとんどない。リィスは真剣に話を聞くユリアーナ可愛いと言いながら頬を緩ませていた。
「魔力の中でも、王族の方が女神から受け継いだ魔力は他と違って特別なものです。姫君もアガトも女神の魔力を持っておられますな」
「確かに僕も魔力を持っていると言われていましたが、今は何もできません」
アガトが肩を落として、自分の魔力について打ち明けた。
幼い頃、確かにアガトは強い魔力を持っていると言われていた。もう少し成長して魔力が安定したら、魔法士団長に視てもらうことになっていたがそれが叶うことはなかった。
「罪咎の紋ですかな?」
ルーカスからアガトの罪咎の紋について話を聞いている魔法士団長が、アガトの全身にじっくりと視線を這わせる。
アガトの体のどこからか厭忌すべき魔法の残滓を感じるが、はっきりとどこだとは判らない。どうやら巧妙に隠されているようだ。
罪咎の紋は刻まれた者の居場所も行動も思考も全て筒抜けになり、場合によっては思考も閉じられ自我を失い教会の意のままになる。なんて厭わしい魔法なのかと魔法士団長が憤慨する。
「どこの部分に刻まれたかお分かりになりますかな?」
「紋を刻まれた時は意識が朦朧としていたので、僕にも分かりません」
「頭!頭が嫌な感じがするの」
椅子から立ち上がったユリアーナが、アガトの頭を胸に抱き込んでその頭を撫でた。
「ユリアーナは分かっていたの?だから僕の頭をよくなでていたの?」
「よく分からないけど、アガトの頭からずっと嫌な感じがしてる。時々黒い靄みたいなものが見えるの」
確かにいい目をしていると驚きを隠せない魔法士団長が、アガトの頭に手をかざすとにわかに後頭部が熱を持ち始めた。アガトが万力で締め付けられるような痛みを感じた所で、ユリアーナが魔法士団長のかざされた手を横に押しやる。
「これ以上は駄目。アガトが痛くなる」
「失礼しました。急いては事を仕損じますなアガトの魔力が使えなくなっているのは、言うなればその紋が壺の蓋を接着して開かないようにしているからでしょう」
「どうやったら紋はなくなるの?」
ユリアーナが救いを求めるような視線を魔法士団長に注ぐが、魔法士団長は申し訳なさそうに首を振るばかりだった。
「我々王宮魔法士はこのような許し難い魔法は使いません。少し時間を頂戴して色々と調べてみることにしましょう」




