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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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2.魔女の娘(2)

 冷たい地下牢。滴り落ちる雨水。満たされない空腹。

 大きな音を立てて振り下ろされる長い鞭。焼けるように熱い背中の傷。



「……いや……だ」


 うなされている声に気づいたユリアーナが少年のそばに駆け寄ると、少年は苦しそうに顔を歪めて切れ切れに懇願の言葉を口にする。


 ユリアーナが少年の肩を何度も揺らして起こすと、はっと少年が目を開いた。少年は目に涙を浮かべながら、しばらくの間荒い息を吐いていたが、意識が働き出すと同時に全身に走った痛みに身をよじった。


「……っ!」

「大丈夫?」


 肩に触れた温かな感触に目を開けると、アガトの視界に赤い色が飛び込んできた。驚いて目を凝らすと、見事な赤髪の少女がアガトを心配そうに覗き込んで声をかけている。


 右足が特に痛むが、腕も肩も背中もどこもかしこも痛い。脂汗をかきながら周りを見渡すと、見たこともない部屋で寝ていることに気づいた。


 見上げた吹き抜けの高い天井には梁から薬草らしき植物が吊るされ、床に置かれた木の箱からは乾燥した細枝が覗いていた。少し離れた大きな暖炉からは、パチパチと薪が爆ぜる音が聞こえてくる。まだ火を使う季節ではないはずだが部屋の中は暖炉の火で暖められてちょうどいいくらいだ。


 体を動かそうとして思わず痛みで呻き声が出た。動くことすらままならない自分の体に驚き、馬車が川に落ちて流されたことを思い出した。


 体を動かすと痛みが走るが上半身だけをそっと起こして、ユリアーナに自分の状況を問いかけた。


「……ここは?」

「わたしの家。川を流れてたの」


 体を動かせないアガトからも見えるようにと、少女の高い声がアガトの顔の上から聞こえてきた。少女のくりくりとした目は、森の木々と同じ色をしている。鮮やかな赤髪に緑色の大きな目、熟れた果実のような薄桃色の頬。ひと目見て可愛らしい少女だとアガトは思った。


「親戚の家に行く途中で川に落ちたんだ。他の人は?」

「川を流れてたけど死んでた」


 ユリアーナがアガトの額に貼り付いた髪の毛を剥がそうと手を伸ばすと、アガトはびくっと体を震えさせて警戒を露わにする。アガトの警戒に気づいたユリアーナはそれ以上アガトに触れることなく、ソファの横に座り込んだままじっとアガトを見つめている。


「こわくないよ」


 ユリアーナの言葉にも警戒を緩めず、アガトがユリアーナを凝視する。そんなアガトの反応にユリアーナは首小首を傾げて困った顔をしている。


 しばらくすると、大きな足音を立ててアルファーが部屋に入ってきた。その後ろには盆にカップを載せたリィスも付いてきている。

 アルファーは至近距離でアガトと話をしているユリアーナに気づくと、眉間にしわを寄せて二人に近づいた。


「目が覚めたのか?」

「熱があるみたい」

「足が折れてるかもしれないし、熱くらいは出るだろうよ」


 アルファーはアガトからユリアーナを引き離すように引っ張り上げると、片手で担ぎ上げた。


「助けることができたのはお前だけだよ。他は残念ながら死んでいた。まあ、とにかくとっとと出て行けるようにしてくれ」


「アルファー、ひどいこと言わないで!」

「ひどくない。子供とはいえどんな人間か分からないんだ。長居はさせるべきじゃない」


 睨み合うユリアーナとアルファーはどちらも一歩も引かない。嘆息したリィスは二人を尻目にアガトにカップを差し出すと、受け取るのを躊躇した後にようやく受け取った。アガトがカップの中を覗くと、独特の臭いをした液体は少しとろみのある緑色をしていた。


「痛み止めの煎じ薬です。飲めば少しは楽になります」

「そこまでしてやる必要あるか?とっとと森から出すぞ」


 アルファーの腕から逃れたユリアーナはそのままリィスに飛びついた。リィスの胸元に抱き着いたユリアーナをリィスは優しく撫でて、両手でユリアーナの頬をそっと包むと顔を上げさせた。


「あなたはどうしたいですか?」

「子供の怪我が心配なの」


 ユリアーナがリィスを見上げて切々と訴えかけると、リィスは優しく微笑んで大きく肯いた。


「そうですか。では怪我が治るまではここに置くことにしましょう」

「リィス!お前何言ってるか分かってるか?」


「ユリアーナが望んでいるからです」

「……俺は知らないからな」


 アルファーが両手で顔を覆いながら低い声で呟いた。リィスはユリアーナの望んだことに反対することはなく、この二人が結託するとアルファーの意見など無きに等しい。


「わたしはユリアーナ。あなたは?」


 ユリアーナの好奇心に満ちた目は少年から視線を外さない。アガトはその視線に怯んだ様子を見せたが、やがて小さな声で名前を告げた。


「……アガト」

「アガト!」


 アガトの寝ているソファに近づいたユリアーナは、アガトが口をつけずに持ったままのカップを手に取った。


「熱いかな?」


 ユリアーナがアガトの持っていたカップを手に取って、一口飲んでみる。


「わたしは熱くないけど」

「……飲みます」


 アガトがユリアーナの持つカップを受け取ると、ゆっくりと口に含んで全部を飲み干した。


「ありがとうございます」


 アガトが礼を言うと、対面のソファに座ってじっと様子を窺っていたアルファーがしかめ面で口を開いた。


「で、アガト。お前はなんで川なんかに落ちていたんだ?」


 疑っていることを隠さない口調でアルファーが詰問する。


 ユリアーナが小走りにソファに駆け寄ると、アルファーの横に座ってアガトの話に耳を傾ける。アルファーは隣に座ったユリアーナの頭を撫でると、隣を見ていた視線を少年に戻して答えを待つ。


「幼い頃に両親を亡くして親戚の家で世話になっていましたが、別の親戚の家の行く途中で荷馬車が横転しました」

「なんでわざわざこの森を抜けようとした?普通はこの森は通らないだろう?」


 アルファーの発言に驚いた顔をしたアガトが聞き返す。


「そうなんですか?僕はこの辺は初めてなのでそれは知りませんでした。そういえばおじさん達が変なことを言ってました」

「変なこと?」

「僕には道が見えているのに、おじさんと荷馬車の御者がどっちに進んだらいいか分からないと言って馬の御し方を誤ったんです。そのおじさんが僕を引き取ってくれた人なんですが……」


「残念ながら死んでいた」

「……そうですか」


 親を亡くした子供が親戚に引き取られた。背中の傷を見る限り、日常的に折檻を受けていたんだろう。せっかく虐待から逃げられるところだったのに、引き取り先の親戚は事故で死んでしまった。


 さてどうしたものかとアルファーが思案する。


 アガトは傷が辛そうに顔を歪めると、目を閉じて大きく息を吐いた。



 その後のアガトは熱を出して、寝たり起きたりを繰り返した。リィスが体調を見計らって食事を与えるが、アガトは手を付けようとしない。


「ご飯食べたくないの?」


 ユリアーナがアガトの寝ている寝台の上に座って問いかける。アガトは気まずそうに顔を歪めるだけで返事をしない。


「……お嬢、熱くないか一口食べてみろ」

「分かった」


 アルファーに言われるがままにユリアーナがスープを飲んでみる。ぬるいわけでもないが、特段熱くもない。アルファーの意図が読めないままアガトに熱くないよと器を渡すと、しばらく考えた末にアガトがスプーンを手に取った。


「リィスのスープは美味しいよ」


 時間をかけてスープを飲んだアガトの頭をユリアーナが偉いねとなでた。

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