19.一堂に会する(3)
「魔力?」
「君は多分、魔女の魔力と王族に継がれる女神の魔力の両方を持っている。魔法士団長がユリアーナと魔法の話がしたいと言っていたよ。アガトもね」
そう言うと、今度はアルファーの方を向いて同意を得ようとする。
「アルファーもそれでいいかい?」
ユリアーナの安全を考えた時、今のアルファー達では守り切れないことは身にしみて実感した。確かに王宮であれば森よりは安全だ。しばらくの間王宮にとどまることはやむを得ないとアルファーは決断する。
それでも国王にひと言言っておきたい。
「あんた達がこいつに害を与えないと、なぜ言い切れるんだ?」
「少なくとも僕は妹を傷つけるようなことは絶対にしないと誓える」
「わたしは妹じゃない」
「……姉かな」
ルーカスが微妙な顔をして言い直す。
「それについては俺が誓おう。娘だと分かった以上、俺にもその娘を守る責任がある」
「あんたが一番信用ならないんだよ」
アルファーと王の間にいいようのない緊張が走った。
「ユリアーナにお願いがあるんだけど。魔法士団長に会った後、僕の兄にも会ってくれない?」
「王子さまがもう一人いるの?」
「僕の兄は、もう二十年も眠ったままなんだ」
この場で第二王子の話が出るとは思わず、唐突に話を切り出したルーカスに国王達の視線が集まる。
第二王子バートランドは、四歳違いのルーカスが生まれた年から目を覚ましたことがない。体は成長しているが、食事も排泄もないまま二十年間眠り続けている。ルーカスが各地を回っているのも兄をどうにかして目覚めさせるためだ。
ルーカスが物心ついた時には原因不明の眠りに就いていたため、次兄とは会った記憶がない。
第二王子のことになると辛そうに顔を歪める父王。悲愴な面もちで泣く母。悲しげな顔をする長兄。家族の辛そうなところを見て育ったせいか、ルーカスは人一倍家族への思い入れが強い。そして、自分が生まれた年に眠りに就いた兄と自分は、何か関連があるのではないかと推量している。
ルーカスはユリアーナとの出会いをただの偶然とは思っていない。いつもの勘かもしれないが、何かしらの意味があると思っている。まずは王宮魔法士団長にユリアーナの魔力を分析してもらい、問題がなさそうであれば直接会わせようと考えていた。
国王とユリアーナの対面やアガトの過去などを気丈な振る舞いで見守っていた王妃が、第二王子の話になるとその目を滲ませた。気づいた国王が王妃の肩をゆっくりと撫でている。
「大事な人?」
「大事な人だよ」
「会ってもいいよ」
「でもその王子様も僕より年上だから、ユリアーナの理想の王子様ではないと思うよ」
肩の荷が下りた気がしてルーカスが軽口を叩くと、つられてユリアーナも笑っていた。
「わたしもアガトが大事なの。王さまはアガトを疑っているけどアガトの話を信じてね」
何も言わずにユリアーナがアガトのシャツをめくって、背中と腹の傷を見せる。幼い少年の肌に残る惨たらしい傷跡に、息子を持つ母親である王妃が一番大きな反応を示した。
「なんてひどいことを……」
アガトはユリアーナの突発的な行動に驚いて思わずユリアーナにしがみついていた。すると片手でシャツをめくったままの状態でユリアーナがよしよしと頭を撫でる。
「ユリアーナ、誤解をするな。俺は疑っているわけではない。教会の扱いは非常に厄介だ。証拠となるものがなければ逆にこちらが足を掬われる。そのための確認をするだけだ」
分かったというようにユリアーナが頷くと、背中を向けていたアガトも振り返って国王に頷いてみせた。
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幼い少女のようだが、意外に聡いのだと王妃はユリアーナを見直していた。
国王である夫の娘。
結婚前とはいえそのような娘がいたと聞いて、さすがの王妃も心穏やかではなかった。
当時、政略結婚を厭っていた王太子が、突然人が変わったように結婚に前向きになったことを思い出し、そういうことだったかと合点がいく。周りは王太子としての自覚ができたからだと言っていたが実はそうではなかったらしい。
初恋ともいえる女性にこっぴどく振られて、気心知れた相手との結婚に前向きになったのだろう。
自分があと十年若かったら、もっと嫉妬に苛まれて愚かな行動をとっていたかもしれない。
夫が十六歳の時の子。一体どんな女性であろうかと意を決して扉を開けてみれば、座っていたのは夫と同じ髪と目の色をした幼気な少女だった。国王の話では三十歳になるはずの娘は、どうみても孫娘と変わらないくらいにしか見えない。
あっけに取られていると、薔薇色に頬を染めた少女と目が合った。途端に満面の笑みを浮かべて少女が笑った。
王妃という立場上、憧憬や羨望の目で見られることには慣れている。その視線には多分にやっかみや嫉妬が入り交じり、少しでも隙を見せれば噂話の格好の標的になる。それが分かっているから、誰の前でも少しも気が抜けないのにももう慣れてしまった。
しかし、この視線はどうだろう。
少しの悪意もなく、純然たる憧れや好意しか読み取ることができない。あまりに予想外の反応にどうしたらいいものかと王妃は動揺していた。
国王や王妃を前にして、座ったソファから立ち上がることも膝を折ることもしない。他の者が見たら卒倒するような不敬な振る舞いであるのに、少しも咎める気が起きない。
見た目だけでなく性格も可愛らしいとは思うが、嫉妬や嫌悪感は抱かない。むしろ母親からの辛い仕打ちを聞いて、抱きしめてあげたくなった。
国王と同じ鮮やかな赤い髪、透き通った緑の目。色以外に夫に似たところはないのは、きっと母親に似たのだろう。
これが夫の愛した女性なのかと、美しい少女を見つめる。
王妃も母親譲りの美女だと言われているが、あと十年経った少女の美貌を想像して身震いする。
そして、何よりも王妃が気になっていることがある。
どうしてこの少女はわたくしにだけ敬語なのかしら。




