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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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17/32

17.堕とされた公子

 アガロットはロクシー公爵を父に、降嫁した王妹を母に生まれた。政略結婚ではあったが両親の仲は非常によく、幸せに包まれた幼少時代だった。

 ロクシー公爵家は古くから続く、保有する領地も地位や特権も桁違いな国有数の大貴族だ。


 嫡男のアガロットは次代の公爵として、小さい頃から両親に愛されながらも厳しく育てられ、伯父にあたる国王にも可愛がられていた。


 ロクシー公爵家は国王派と呼ばれ王族との関係は良好だが、逆に反国王派と呼ばれる貴族とは腹の探り合い、足の引っ張り合いの連続だった。


 それはアガロットが十歳の時に起きた。いつもと変わりない晩餐の席で突然アガロットの両親が胸を押さえて苦しみ出したのだ。割れる食器、音を立てて落ちるカトラリー、血を吐いて崩れ落ちる両親。

 アガロットは駆け寄ろうとして立ち上がったが、目の前が真っ暗になりそのまま意識を失った。


 次に目が覚めると見たこともない粗末な部屋に閉じ込められていた。敷物のない木の床、堅い寝台、粗末な上掛けとかろうじて近くを見渡すことのできる小さな蝋燭。地下階なのか日の光は入ってこなかった。

 外に出ようとしても扉に鍵がかかっていて開けることもできず、両親は無事なのか、あの日一体何が起きたのかも判らないままアガロットは閉じ込められていた。


 人の気配もせず、足音すらも聞こえない部屋で、数日置きに届けられるわずかな食事だけで生きていた。立ち上がる気力も体力もなくなり、横になったまま朦朧として過ごしていた。


 日にちを数えるのをやめてどれくらい経った頃か、鍵を開ける音がして父の弟が入って来た。叔父はアガロットが知っている顔よりも随分と老けて見えた。

 助けに来てくれたのかと期待して顔を上げたが、どうも様子が違っていた。


「お前から兄に頼んでくれ。枕辺に立って責めるのをやめてくれと」


 起きあがることすらままならないアガロットに、叔父は泣きながら懇願する。そこで初めてアガロットは理解したのだった。あの日の出来事を企てたのはこの叔父だったのかと。


「……なぜ?」

「兄だけがどうして恵まれているのか。どうして私は家を継ぐことができなかったのか。理不尽だ。だからあの方に助けていただいたんだ。だがどうしてなんだ。兄がずっと責め続ける」


 叔父は狂人のように何度も同じことを繰り返しわめき続けた。しばらくすると部屋に若い男が入って来た。


「父上、困りますね。これ以上僕の足を引っ張るのはやめて下さい。あなたはもう公爵ではなくなるのですよ。アガト、十年振りだな。お前は明日この屋敷を出ることになったからな」


 アガトと愛称で呼ぶ若い男はアガロットの従兄によく似ているが、知っている従兄とは年とは合わない。アガロットを見下ろしている男はどう見ても三十くらいだが、アガロットの従兄はまだ十代だったはずだ。


「お前年を取っていないんだな。呪われたとは本当だったのか」

「……とし?」

「兄を殺したことの良心の呵責に苛まれて、父上がお前を教会に隠し続けていたのがばれたんだよ。お陰で我が家は教会に睨まれてしまった」


 叔父と従兄を見たのはそれが最後だった。翌日、頭から布を被せられると硬い荷台に載せられてどこかへ運ばれた。運ばれた先は教会だと教えられたが、連れて行かれたのは地下水が流れ込む燭台さえない地下牢だった。


 それから地獄のような日々が始まった。


 うめき声や鳴き声が聞こえるので、他にも囚われている者がいるようだったが、しばらくすると声が聞こえなくなり引きずられて行くような音が聞こえた。そしてまた新しいうめき声が聞こえてくるようになるのだった。


 教会に囚われてすぐに罪咎の紋を刻まれた。紋を刻まれた者は教会魔法士によって監視され、居場所も行動も思考も全て筒抜けになる。思考も閉じられ自我を失い教会の意のままになる者もいた。アガトにも紋は刻まれたが、なぜか行動や思考までを縛られることはなかった。


 罪咎とは教会に仇なすこと、逆らうこと、手むかうこと。教会に反することはすべて罪だと処せられた。


 公爵家の地下階とは比較にならないほど劣悪な環境で、食事もまともに与えられず寒さをしのぐものもない。冷たい石の床は寝ているだけでアガロットの体温を奪った。髪は伸び放題になり最初は気になった自分の異臭も感じなくなった。


 思い出したように投げ入れられる堅いパンを少しずつ咀嚼するが、何の味も感じない。食べなければ死ねるのかと思うが、目の前に差し出されれば空腹に逆らえず口に入れてしまう。たまにヘインズがやって来て暗闇の中で朦朧とするアガロットに、何かを飲ませたり食わせたりした。


 ヘインズは定期的にやって来て愉しそうに鞭を打つが、怪我を治療してくれる人もなく、傷が治りかけては新しい傷が増える。


 死にたいと思ったが、空腹で死ぬことも傷が悪化しても死ぬことはなかった。

 日にちを数えることもやめ、何度寝て起きたのかも判らなくなったある日、地下牢にヘインズがやって来た。


「お前の魔力も利用しよう」


 アガロットは貴族の子らしくその身に魔力を持っていたが、罪咎の紋を刻まれた時にその魔力も封ぜられてしまっていた。


 アガロットに与えられた任務は魔女を探すこと。何のために魔女が必要なのかなどは一切教えられなかったが、教会は魔女が必要なのだと言う。生け捕りが好ましいが、最悪死んでいても体があればいいと言う。


 ヘインズに牢から出されて、アガロットの見張りも兼ねた教会魔法士達と曰くある場所を回らされることになった。


 魔性の者は人里から離れた場所に住み、魔力の影響やかけられた魔法で、その場所に何らかの影響を与えるのだという。


 なぜか王宮も魔女を探しているらしく、王命という大義名分を得た教会は露見しない程度に手荒なことも行いながら魔女を探し続けた。


 ヘインズはアガロットが囚われてから六十年間、少しも年を取っていない。そしてもう一人、引きずるほどに長い銀髪の男もその姿を変えていない。


 それはアガロットに罪咎の紋を刻んだ、教皇と呼ばれる教会で最高位の聖職者だった。

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