16.一堂に会する(1)
三日後の謁見は、ユリアーナとアガトの熱がなかなか下がらず意識も朦朧としているため、一週間後に延期になった。謁見を秘密裏に行うため、王宮ではなく国王と王妃が王子宮にやって来ることになった。
「アガト、お妃さまが来るんだって」
ユリアーナは寝台で横になったまま、隣に眠るアガトに話しかける。
「会いたいの?」
「会いたい!」
また本の影響を受けているなとアガトが苦笑いをする。
ユリアーナが好んで読んでいた絵物語には、お姫様や王子様、お妃様などが多く登場していた。王子様はユリアーナの理想と違っていて、王太子やルーカスが王子と知った後のユリアーナの落胆ぶりは見ていて可哀想だった。果たして王妃様はどうだろうか。
数人の騎士と従者に守られた国王と王妃がやって来るまで、ユリアーナは落ち着かない様子でわくわくと扉を見ていた。
先に入って来たのはルーカスによく似た面差しの壮年の男性だった。柔らかい印象のルーカスと、精悍な印象の父親。顔の造形はよく似ているが、並ぶと雰囲気がまるで違っていた。
国王のユリアーナと同じ鮮やかな赤い髪を見て、アガトが驚いた顔をする。
アガトはなぜルーカスが自分達を王宮に連れてきたのか、なぜ国王や王妃との謁見がかなったのかを疑問に思っていたが、国王を見た途端一つの仮定が浮かんで冷や汗が出た。
一方のユリアーナは国王の後ろに控えている女性に釘付けだった。
頬を薔薇色に染めて、憧憬の眼差しを向けている。四十歳を過ぎたくらいの茶色の髪を結い上げている女性は、目鼻立ちの整った威厳ある理想のお妃様だった。
「なんだあれ?私の時と全然態度が違うじゃないか」
二人を迎え入れるために立ち上がって礼をしながら、王太子がルーカスに小声で訴える。
「僕達と違って、母上は合格だったんでしょうね」
ソファに座ったユリアーナとその隣りに座るアルファーを見て、国王は複雑な感情を抱く。
かつて恋い慕った女によく似た少女は、国王に懐かしい思慕を思い出させた。目の前の少女の赤い髪も緑の目も、自分から受け継いだものだとすぐに分かった。娘だと認めることはできないが、本人が望めばせめて不自由のない身分までは引き上げてやらなければと考える。
そして目の前のもう一人の男は、彼の女を迎えに来た黒髪の男だった。女と親密であることがひと目で分かったその男は、三十年以上前と変わらない姿で国王の前に姿を現した。
アルファーはわざと目を合わせないようにして、国王とは違う方向を見ていた。
「あなたがユリアーナね。はじめまして」
「お妃さまはじめまして!ユリアーナです」
王妃に話しかけられたユリアーナがソファに座ったまま満面の笑顔で答えると、貴族の作法など気にする様子もなく王妃が微笑み返す。
「単刀直入にお尋ねいたしますが、この少女は私の妹なのですか?」
王太子が意を決して話の口火を切る。きょとんとしたユリアーナが、アルファーの方を向いて何か言いたそうにしている。それに気づいたアルファーは迷ってるんだよと小声で返す。それを聞いたユリアーナは、王太子に向かって否定の言葉を発した。
「わたしはあなたの妹ではないと思うの。だってわたしはあなたより年上だから」
「なんで言うんだ?迷ってるって言っただろう」
「だって迷ってるってことは言いたくないけど、言わないといけないと思ってるんでしょう?アルファーは言う気がないなら迷わないもの」
ぐっと言葉に詰まったアルファーが初めて国王と視線を合わせる。二人の視線が合い、お互いの目に動揺が浮かぶ。
「ちょっと待って。ユリアーナが兄上より年上とかあり得ないだろう?」
「わたしが生まれたのは三十一年前なの」
「恐らくその娘は、俺が十六の時の子だろう」
唐突に国王が言った言葉に王子兄弟とアガトは愕然としているが、王妃はあらかじめ聞いていたらしく特に表情が変わることはなかった。
ユリアーナはアガトに話したことと同じ内容を国王達に話した。話を聞いている途中、うなり声を上げながら王太子が何度か両手で頭をかいていた。
「色々言いたいけど、なんでその話をユリアーナが知ってるんだ?」
ルーカスが話が途切れたところでユリアーナに問いかけた。母親である魔女に殺されかけた話や、娘への感情はなかったなどとどうして赤子だった当の本人が知っているのか。
「ユリアーナは物心がつく前から、魔女しか知らないことを知っているかのように話すことがありました。魔力と一緒に記憶を引き継いだのでしょう。後で知るより、先に話していた方がいいと思い私が話しました。ユリアーナの自我が確立された後は記憶に引きずられることはなくなったので、一時的な記憶の混乱だったのでしょう」
けろりとした顔をしてリィスが悪気も何もなさそうに話す。ユリアーナも気にした様子もなく、うんうんと頷いている。
「父上は何をしてるんですか!若気の至りとは言わせませんよ!」
王太子が苦言を呈すると、国王は苦笑いをする。
「女も知らない子供が、魔女の手練手管に落ちないはずがないだろう」
「てれんてくだ?」
「お前は覚えなくていい言葉だ。すぐに忘れろ」
ユリアーナが初めて聞く言葉に首をかしげると、アルファーがそれを慌てて遮った。
「……過保護だな」
父親であるはずの国王が呆れた顔をして二人を見ている。
「魔女が欲しかったのは子種だけか」
国王が自虐気味に呟くと同情するところがあるのか、アルファーは無言で目を逸らす。あの日の少年は魔女に心から愛情を持った目を向けていた。二度と会いたくないと思っていた男ではあるが、国王も魔女に振り回された側だ。
「魔女は娘をなんだと思っているんだ?」
憤ったルーカスが呟くと、わたしは気にならないからとユリアーナが答えた。そして対面に座る国王を見据えると初めて話しかけた。
「あなたがわたしを殺そうとしている王さま?」
唐突に名指しされた国王が、ユリアーナの思いがけない言葉に息を呑む。
ユリアーナには魔女のような妖艶さはないが、確かに恋をしたあの女によく似ている。くるくるとした緑の目が警戒心を滲ませて国王をじっと見ていた。
「父上はそんなことをしていたんですか!」
「なんてひどいことを!」
身に覚えのないことで息子達に責められた国王が、うんざりした顔で眉根を寄せる。
「その娘の存在すら知らなかった俺が、なぜ殺そうとするんだ?ユリアーナ、俺がお前を殺そうとしていると誰が言っていた?」
「森にいた騎士が、王さまの命令で魔女を探しに来たと言っていたの」
目眩ましに遭いながらも森を捜索していた騎士が部下と思わしき騎士に、そう言って叱咤しているのをユリアーナとアルファーは確かに聞いたのだ。
アルファー達は国王がユリアーナに向けて間者を送り込んでいると思っていたが、どうやら本当に娘の存在を知らなかったらしい。
森で魔女を探していたのは、恐らく教会騎士だとアルファーは考え直していた。王宮にいる騎士と森にいた騎士とでは、騎士服の意匠が異なっていた。森で見た騎士服には女神を象った白い花が刺繍されていた。これは教会騎士の証なのだという。
「それについては、教会騎士かもしれんと最近分かった」
「そうなの?わたし知らなかった」
「アガトがいうには、表向きは王命で教会が魔女を探していることになっているが、本当は教会が生死問わず魔女を探しているらしい」
アガト祭りの夜の話は、ユリアーナは途中からしか聞いていなかったかとアルファーが思い出す。
「そちらの少年は何者なんだ?」
ユリアーナにというよりは、アルファーに対して国王が問う。
アガトはユリアーナが国王達に真実を話したのなら、自分が疑われていることを払拭するために話すべきだと意を決する。
今まで誰にも話したことがない、むしろ話す相手もいなかった思い出したくもない過去。信用してもらうためには話をしなくてはならないと決心したのに、思うように声が出ない。
過去の恐怖に押しつぶされそうになって手の震えが止まらない。青い顔をしたアガトをユリアーナが心配そうに見ていることに気づき、大丈夫だと小さく頷いた。
「僕の名前は、アガロット・アーケイン。父はロクシー公爵でした」
アガトが本名と名乗ると国王達の顔色が変わった。
ロクシー公爵といえば初代の次男に叙された、国と同じほど続く由緒ある爵位だ。しかし現在の公爵家にアガロットのいう名の男子はいなかったはずだ。
「ただし、父は現当主から五代前の当主です」




