15.王子は恋に落ちる
王子は一人遠乗りに出かけた先で美しい女と出逢った。艶やかで真っ直ぐな黒髪に、朝露に濡れたような潤んだ菫色の目をした美貌の女。丸みを帯びた豊満な肢体。
まだ十六歳の少年はすぐに恋に落ちた。
女を忘れられず二度目に女の家を訪れた時、王子は気がつけば女を押し倒していた。特に抵抗することもなく王子を受け入れた女は、男を受け入れることに慣れているようだった。自身の中でちりちりと燻る嫉妬の感情に蓋をして、王子は女の元へと通い続けた。
街外れの家に住む女は、少年が何者かを問うこともなかった。
あまりにすげない女の態度に寂しさを感じながらも、詮索されないことに安堵していた。いずれ身分を明かし本当の恋人になりたいとも願っていたが、許される相手ではないことも理解していた。
厳重に閉ざされた王宮から、王子は騎士も伴わずに何度も抜け出しては女と逢瀬を重ねた。
王宮魔法士が厳重にかけた城門の魔法すら、強い魔力を持つ王子を捉えることはできなかった。誰にも知られることもなく、王子は王宮から抜け出しては夜だけの想い人の元へと通い続けた。
「名前を教えてはくれないのか?」
「私達の間にそんなものは不要でしょう?」
そう素っ気なく言われるとますます逃したくなるが、女は最後まで名前を教えてはくれなかった。
そんな日々が半年続いた逢瀬の日、突然寝台から立ち上がった女が見たこともない妖艶な笑みを浮かべた。今までの女からは想像もできない、ぞっとするほど艶めかしい微笑みだった。
微笑みを浮かべて王子を見下ろしている女の目が、菫色ではなく深紅に変わっていた。
「欲しいものが手に入ったわ。お礼にこれをあげるわ」
奥の戸棚から、見たこともないほどの大きさをした紅玉石を取り出し王子に渡す。
国宝でもここまで大きな紅玉石はない。それを街外れに住むただの女が持っていることが信じられずに目を見開く。女の変わりように呆然としていた王子は、訳も分からないまま拳ほどの紅玉石を受け取っていた。
「……リガ。やっと見つけた」
扉が開かれて鍛えられた黒髪の男が入って来た。女は一瞬にして服をまとうと男に近づく。慣れた仕草で女の腰に手を回した男が何ともいえない表情で王子を見る。
「私のことは夢だったと思ってお忘れなさい。あなたは魔女に惑わされただけ」
睦言を交わしていた口調とはがらりと変わってしまった女が、深紅の冷たい目で王子を見つめる。そしてそのまま振り返ることなく迎えに来た男と家を出るとすぐに姿を眩ませた。
漆黒の髪に深紅の目。魔法のように現れ出た女の服。消えるように去った二人。
「……魔女」
弄ばれたとは思わないが、女には自分に対する一切の感情などなかったと、深紅の目を見てすぐに分かった。
消えた女を想いながら、王子は顔を歪めて溢れそうになる涙を堪えた。
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政略結婚から逃げ回っていた王子はその後すぐに正式な婚約をし、三年後に幼馴染みともいえる令嬢と結婚をした。婚約者候補の自分から逃げ回っていたことを察していた令嬢は、王子の変わりようを不思議がりながらも恋心を募らせていた王子と結ばれたことを喜んだ。
魔女と同じ顔をした娘との邂逅は、それから数十年後のこと。
女が欲しがっていたものが、魔力を移譲するための器だったとその娘から知らされた。強い魔力を持つ者としか魔女は子を成すことができず、女がそれだけの理由で自分を選んだと知るのも同じ時。
魔女は愛する使い魔を生かすため、欠片ほども興味のない王子の娘を生んだのだった。




