14.王宮へ(3)
「その娘に会おう。早い方がいいだろう」
「ユリアーナももう一人の少年も高熱を出しているので、少なくとも熱が下がるまではお待ち下さい。それから、少年は魔法士団長に診ていただきたいので許可を下さい」
「なぜ魔法士団長に?」
ルーカスは国王と王太子に、二人を連れ帰るに至った経緯を説明する。祭りの会場で起きた騒動、目隠しの森であったことの次第を具に報告する。
「先に言っておくが、俺は王妃と結婚してから他に子ができるようなことはしていない」
報告を聞き終わった国王がルーカスにそう告げる。ルーカスはユリアーナに随分と入れ込んでいるように見える。家族への思い入れの強い息子は異母妹かもしれない娘に同情しているようだ。
困惑したルーカスが国王を見ると、国王は大きく頷いた。
「それはつまり……?」
「話すならまとめてが手っ取り早い。三日後に王妃も含めて話をしよう。魔法士団長の件は許可する。ロードリック、明日にでも魔法士団長を王子宮へ派遣しろ。それにはロードリックも立ち会って来い」
見定めて来いと言われ、王太子は静かに頷いた。
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少しずつ覚醒したユリアーナが、いつもとは違う風景にびくりと体を震わせる。寝ぼけていた目をこすり周りを見渡すと、何度寝返りを打っても落ちそうにない広い寝台に寝ていることに気づいた。
ここが森の家ではないことを思い出して飛び起きると、隣りに眠るアガトの姿が見えた。ほっとして近づくと、アガトは苦しそうに荒い息をしている。そっと頬に触れると随分と体温が高い。
「ルーカスが熱があるって言ってた」
寒そうに体を震わせているので、周りにあるありったけの上掛けをかけて暖めると、少しは寒さが和らいだようだ。
ふと視線を感じて寝台の隅を見ると、鴉がユリアーナを見つめていた。
「……わたし怒っているの」
分かっているとでもいうように、白いまぶたを見せながら鴉がゆっくりと瞬きをした。鴉の隣では丸くなった黒猫が眠っている。その腹が上下しているのを見て、ユリアーナはほっと胸をなで下ろす。
寝室の扉の外が俄に騒がしくなったと思うと、ノックの音とともにユリアーナを呼ぶ声が聞こえた。
「ユリアーナ、起きたみたいだから入るよ」
扉を開ける音がして、ルーカスと髭を生やした白髪の老人がユリアーナのいる天蓋のカーテンを開く。起き上がっているユリアーナを見たルーカスが優しげな目をして微笑みかける。
「顔色がまだ悪いけど、触ってもいい?」
ルーカスはユリアーナの額に手を触れて困惑した表情をする。
「まだ随分と熱が高いね。約束通りアガトを診てもらうために来てもらったよ」
老人とユリアーナの目が合うと、老人が顔をこわばらせた。
「これは驚きましたな。お初にお目にかかります。拙老は王宮魔法士団長を務めております」
「魔法士団長って?」
「王宮で一番魔法が上手な人だよ」
「ユリアーナに触るなよ」
突然聞き覚えのない男の声が聞こえ、驚いて声の方を見ると全裸の男が寝台の端に腰掛けている。切れ長の目がユリアーナに触れるルーカスを睨んでいる。その隣には同じく全裸の女が寝台に横になっている。
厳重な警備を敷かれた部屋にどうやって侵入したのかとルーカスが警戒する。
「使い魔ですな」
魔法士団長が蓄えた髭をさすりながら、興味深そうに二人を注視する。目の前の男女二人からは確かに魔性の力を感じる。ルーカスの話が正しければ目の前の少女は魔女の魔力を持っているはずだ。しかし少女からは魔女の力は極わずかしか感じ取ることができず、逆に国王によく似た魔力を強く感じる。
「なるほど、面白い。魔女と女神の相反する魔力が相殺しあっているということですな」
なにやら愉快そうに独り言ちる魔法士団長を見て、ルーカスがまた悪い癖が出たかと呆れた顔をする。魔法や魔力のことになるとこの魔法士団長は周りが見えなくなるのだ。
「兄上は?」
「後から来られるそうです」
「兄上って誰?」
「王子様だよ」
ユリアーナにそう告げると、ぱああっと顔を輝かせた。
「本当!王子さまが来るの?」
キラキラとした期待の眼差しで遠くにある扉を見る。心躍らせながら待ち望むユリアーナの予想外の反応に眉をひそめるルーカスに、アルファーがどうなっても知らないぞと額を押さえる。
ユリアーナのはしゃいだ声でアガトが薄く目を開けた。目を開けたアガトに気づいたユリアーナが、顔を覗き込むと熱のある赤い顔でユリアーナに笑いかけた。
「……無事で良かった」
「わたし、アガトにも怒っているの」
「僕は何かした?」
「わたしを庇って怪我なんかしないで」
寝台の上で上半身を起き上がらせたユリアーナにアガトがすり寄って手を握る。握られたのとは反対の手でユリアーナがアガトの頭を撫でる。
「ユリアーナが怪我をする方が僕は辛い」
「少し診てもいいですかな?」
寝台に近づいた魔法士団長がアガトに手を触れようとすると、ユリアーナが手を出して庇う。
「アガトに変なことしない?」
「信用して下され。何もいたしません」
「何をするの?」
「邪悪な魔力の残滓が噛まれた傷に残っているようです。それが熱の原因ですので、取り除けば少しは楽になるはずです」
魔法士団長が手をかざしてアガトに残った魔力の残滓を払うと、アガトの強ばっていた顔が和らいだ。熱はまだあるが確かに体が楽になったとアガトは礼を言う。
王太子が来る前にと寝室から続く居間へと移動して、それぞれがソファに座る。ユリアーナの隣にはアガトがぴったりとくっついて座り、反対側にはアルファーが座っていた。リィスはユリアーナの後ろに立ってユリアーナの髪をといている。全裸だったアルファーとリィスには、従者が持ってきた服が与えられた。
ユリアーナが王子さまが来るんだってとアガトに興奮気味に伝えると、不安そうな顔を隠さずにユリアーナをじっと見つめる。
ユリアーナは絵物語を読んでいる時に、王子様に強い興味を持っていた。お姫様を救う勇敢で素敵な人だと書いてあったせいだ。
アガトを悪夢からすくい上げてくれるただ一人の人。王子様に惹かれないでとアガトは心の中で懇願する。
「王子様に会いたいの?」
「会いたい!」
しばらくするとノックの音が聞こえ、ルーカスと同じ髪の色をした男が入って来た。紋章を刺繍した上着を着た男は、ルーカスよりも大分年上に見えた。
「王子さまは?」
「ほら、この人が王子様」
「……王子さまじゃない」
ユリアーナは見るからにがっかりという顔をしてしょんぼりと肩を落とす。浮かし気味だった腰をソファに沈めると、隣りのアルファーの腕にしがみついて下を向く。
「え?何がそんなに不満だったの?凄く期待してなかった?」
「ユリアーナは本の影響で王子様に多大な憧れを持っていたのですが、実際の王子様が想像よりも年増で理想通りではなかったようです」
ユリアーナの変わりように困惑するルーカスと、冷静にユリアーナの感情の機微を分析するリィス。それを聞いたアガトがほっとして肩の力を抜く。
「ちょっと待てルーカス。私はなんで初めて会う少女と女性から、こんないわれのない謗りを受けなくてはならないんだ?」




