13.王宮へ(2)
灰白色の宮殿の廊下を進むと、吹き抜けのある広い部屋に出た。天井は遙か高く、天井や壁には色鮮やかな幾何学模様が描かれていた。アーチ状に切り取られた窓枠には金色の装飾が施され、一定距離で配置された燭台が燦然と部屋中を照らしている。
国王達が住まう王宮と比べると随分と規模は小さくなるが、かつては側室のための宮殿だったこともあり内装は煌びやかだ。現国王は側室を娶ることがなかったため、王子達が住む宮殿として使用された。王子宮と呼ばれたその宮殿は、王太子が結婚して別の宮殿に移り住んでからはルーカスと第二王子で使用している。
上階への幅広い階段をユリアーナを抱えたルーカスがゆっくりと上っている。
「あの少年はなんて名前なの?」
「アガト」
「じゃあ、アガトと一緒に休める部屋まで移動しよう」
不安そうにユリアーナがルーカスを見上げる。
「アガト大丈夫?」
「途中で熱冷ましの煎じ薬は飲ませたんだけど下がってないね。医者に診せようと思ってるよ」
「ありがとう」
ユリアーナを抱き上げて何かしら話しかけているルーカスを、デールがその背後でじっと見ている。
ルーカスは何かを確信した上で子供達を連れ帰った。ルーカスは勘と言っているが、あの能力はある意味予知に近いとデールは思っている。何が起きるのかを事前に知っているわけではないが、ルーカスが直感的に感じ取って判断したことはその通りになることが多い。
今はその勘を活かして、ルーカスの兄である第二王子を救うために王命で国中を奔走している。
今回の旅も別の街で空振りしたところで、本来はすぐに王宮へ帰る予定だった。しかしルーカスが予定外の収穫祭に行くと言い出して、祭りの会場でユリアーナと出会った。
「どうした?」
「あなたの非常識な勘について考えていました」
「褒められている気はしないな。それよりデール、ちょっと替わってもらっていいかな?」
客間まであと少しだというのに、ユリアーナを抱えているルーカスの腕が痺れてきた。普段重いものを持つことがない王子には、小さな少女といえども人一人を運ぶことが限界になったようだ。
「部屋まで遠くないか?」
「格好つけて自分が運ぶとおっしゃったのは、どなたでしたか?」
デールはがっくりと肩を落としてルーカスからユリアーナを受け取ると、颯爽と客間へ移動する。ユリアーナがデールに申し訳なさそうにお礼を言うと、君は気にしなくていいと慰められた。
デールの実家の侯爵家は、優れた騎士を多く輩出している名門だ。その侯爵家の次男であるデールもまた、幼い頃より体を鍛え剣の修練を積んできた優れた剣士だ。
他の兄弟のように騎士の道に進むこともできたのだが、デールは自ら望んでルーカスの側近として仕えている。
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ルーカスの父である国王は若くして王位を継いでから、豪快で斬新な政策を行う王として国民の人気は高かった。
領土問題などの大きな問題は抱えておらず他国との関係も悪くはなかった。どちらかというと国内の領地問題や特権を享受している階級との小競り合いが多かった。新しい試みを取り入れようとすると、特権を守ろうとする古い貴族からの反発が強くなる。
国王の執務室に、王太子ロードリックが血相を変えて飛び込んできたのは夜遅くのことだった。国王の隣いた宰相も驚いた顔をして王太子を迎えた。
尋常ではない様子の王太子が、国王の執務机の前に立って息を整える。
「どうした、血相変えて」
「ルーカスが子供を二人連れ帰りました」
「子供?あいつは何を考えているんだ」
王宮はおいそれと人を招いてもいい場所ではない。数日あるいは数ヶ月前から登城を願い出る必要がある。
「その子供達は、城門の魔法に拒まれることなく王宮に入ることができました」
「なんだと?」
流石の国王も驚いて王太子の対面に腰を下ろすと、詳しく話すように促した。しかし王太子も詳細な情報を持っているわけではないため、すぐに弟を呼ぶよう使いを出していた。
「ルーカスを呼びにやりましたので、もうすぐ来るはずです」
「問題ばっかり起こすな。あいつは一体誰に似たんだ?」
「父上に一番似ているのはルーカスですよ」
「顔の話だろう」
「中身もですよ」
親子が無言で見つめ合っているのを、なんとも言えない顔をした宰相が見ていた。
しばらくすると、ルーカスが国王の執務室にやって来た。眉をつり上げて立ち上がった王太子が何かを言う前に、激昂したルーカスが声を荒げた。
「父上!僕はあなたを見損ないました!」
思いがけないルーカスの態度に、逆に冷静になった国王が隣に座る王太子に小声で尋ねる。
「……なんで俺はルーカスに怒られているんだ?」
「何かお心当たりは?」
「ないから聞いているに決まってるだろう」
面食らった顔をして緊張感のない会話をしている父王と兄には気づかずに、ルーカスは言葉を続ける。
「年端もいかない少女を捨て置いて、あなたは責任というものをどのようにお考えなんですか!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにしたルーカスが、父王を睨んでいる。
「どの少女を言っているんだ?」
「私が知るはずないじゃないですか」
「もういい。ルーカス話が進まない。お前の言う少女とは誰のことだ?」
「父上の娘のことですよ!」
「初耳だが、俺には娘がいたのか?」
王子は三人いるが娘は持った覚えのない国王が、目を丸くしてルーカスに問う。
「そんな方がいるなら、早く言っていただかないと色々と問題が起きます」
黙ってやり取りを聞いていた宰相が初めて口を開いた。国王が王位を継承してから盟友として共に国政を担ってきたが、今頃になって庶子の存在が明らかになるなど、予想だにしない出来事に黙っていられなくなったのだ。
「しらばっくれる気ですか!あなたと同じ髪と目の色をして、父上によく似た魔力をもつ少女などあなたの娘以外にあり得ますか!?」
魔力を持った者は貴族に生まれやすい。しかも王家に生まれる者は、他にはないもう一つの魔力を持って生まれることが多かった。
「しかも彼女は魔女の魔力も持っています!」
「……その娘はどこにいる?」
それを聞いた国王の顔色が明らかに変わった。ルーカスは父王はユリアーナのことを本当に知らなかったのだと察した。そして、やはり勘は当たったようだと頭を抱えた。
「いつそのようなことがあったんですか。母上はご存じなのですか?」
いつもよりも低い声でルーカスが父王を問いただす。息子の目から見ても仲睦まじい夫婦だったが、その裏で父親は別の女性と関係を持っていた。貴族の男にはよくあることでも、人一倍家族に思い入れを持つルーカスには受け入れがたい事実だった。
子供ができたのは知らなかったのかもしれないが、結果としてユリアーナは森の中で危険にさらされた。それもルーカスには非常に腹立たしいのだ。
「それには私も同感ですな。このような激務の中そんな時間をどうやって捻出されました?時間に余裕があるならもう少し仕事の量を増やしましょうか?」
「ルーカスも宰相も少し黙っておけ」
うんざりした顔をして国王が二人を口をつぐませる。




