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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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11.魔女を探す者(4)

「アガト!」


 ユリアーナを庇って噛まれたアガトを抱き留めると、肩の咬傷と背中の爪でえぐられた損傷から多量の出血をしている。


 救いを求めるようにユリアーナがアルファーとリィスを見ると、そこに人の姿はなく横たわる鴉と黒猫の姿が目に入った。死に瀕した使い魔はとうとう人の姿を保てなくなったようだ。


 早くアルファーとリィスを助けなければ、小さな体では狼に食いちぎられてしまう。ユリアーナは出血したアガトに負担がないようそっと地面に横たえた。


「どうした?とうとうお前だけになったぞ」


 三人が死にかけている元凶に声をかけられて、ユリアーナは怒りで目の前が真っ赤に染まる。怒りのせいか頭の奥で耳鳴りが止まない。


「“やめて!”」


 ユリアーナが少年に向かって言い放つと、少年の側にいた狼が二匹突如として爆ぜた。爆ぜた狼の四肢や肉片が衝撃とともに少年にぶつかる。術者の命令は絶対であるはずの狼達が、アルファー達を襲うのをぴたりとやめた。虚ろな目は怯えているようにも見える。


 一瞬の出来事に愕然とした少年がユリアーナを見ると、少女の緑の目は深紅に光り、鮮やかな赤い髪も黒味を帯びた色に変化している。深紅の目と視線が合っただけで、絡め取られるような感覚を感じて少年はすぐに視線を逸らした。心臓が早鐘を打っており、いつにない自身の反応に狼狽する。


 深紅の目と黒髪は魔女のしるし。なぜこの少女にその変化があるのか。

 狼が爆ぜたのは間違いなくユリアーナの仕業だろうが、なぜそんなことが起きたのか。少年は信じられないことに遭遇し落ち着きを失っていた。


 森中の鳥が飛び立ったのではないかと思うほどの大音量の羽音が聞こえ、獣の遠吠えや鳴き声で森がざわめく。強い風が吹いたわけでもないのに葉擦れの音が響き渡る。まるで森全体が抗議の声を上げているようだ。


「お前何をした?」

「……?何もしていない」


「嘘をつくな。俺の操る狼を殺しただろう。どうやった?どうやったらあんなことができるんだ?魔女ではないのにどうして!」


 その隙を狙ってユリアーナがアルファーとリィスに駆け寄って二人の体を抱き上げた。血だらけの体に涙が止まらず、傷に障らないよう優しく抱きしめる。アルファーの翼はちぎれかけ、リィスの前足は肉が削げている。


「お前達構うな、殺せ!」


 少年が残った狼に命じると、一瞬躊躇するような動きを見せた狼達がユリアーナに向かって駆け出す。ユリアーナは襲ってくる狼に備えて、二人を前屈みに庇ってその場に座り込む


 襲われると思った瞬間、耳をふさぎたくなるような狼の鳴き声が聞こえた。はっとして顔を上げると、見たこともない騎士が狼に剣を立てていた。剣を立てた騎士とは別にも三名の騎士がユリアーナを取り囲んでいる。


「大丈夫か!?」


 更に騎士の後ろから現れたのは、祭りの会場でユリアーナに絵本を譲ってくれたルーカスだった。知っている顔を見てほっとしたユリアーナは、座り込んだまま滂沱の涙を流す。


「助けて!皆を助けて!」


 翼のちぎれそうな鴉、怪我をして血を流した黒猫。そして意識のない血塗れの少年。少女に大きな怪我はないように見えるが、体はがたがたと震えている。


 祭りで別れた後もルーカスがずっと気にしていた少女と、こんな形で再会するとは思わなかった。目隠しの森に立ち寄ったのも、何か確信があったわけではない。ただのいつもの勘だ。


 ルーカスがユリアーナの横に膝頭を地面につけて座り、取り出したハンカチでユリアーナの涙を優しく拭う。ルーカスは顔を上げたユリアーナを見て目を見開くが、涙を拭うようにとハンカチを手渡す。

 ルーカスがもう大丈夫だよと言うと、ユリアーナが嗚咽を上げて泣き出した。


「余計な奴が増えたと思ったら、お前は俺のお気に入りを盗んだ奴だな!」


 少し離れた場所から銀髪の少年がルーカスを責め立てる。何を言っているのかが分からずに首をかしげたルーカスが、立ち上がって少年に視線を注ぐ。


「お前のお気に入りとはなんだ?」

「俺の猫を返せよ!あれは俺が育てて殺した、お気に入りだったんだ!」


 ルーカスの顔色が変わった。祭りの会場で暴れた猫はこの少年の操る猫だったのか。あの猫は確かに死んでいた。死骸を操る魔力を持った少年を、このまま見過ごすわけにはいかない。


「これはお前がやったのか?」


 ルーカスがユリアーナとアガトに視線を向ける。


「その女が俺の魔法を破ったからだ」

「わたしは何もしていない!」

「嘘をつくな!」


 少年がユリアーナに向かって激昂する。


「その少年を捕獲しろ!強い魔力を感じるから気をつけるんだ。最悪、生死は問わん!」


 ルーカスが声を上げると騎士達が少年に向かって剣を構える。ルーカスの隣りにいたデールも佩いていた剣を抜き、ルーカスを守るように前に立つ。


 残った狼達は騎士の斬撃によって一匹を残して動かなくなった。手練れの騎士の前では狼は反撃する術すら持たなかった。


「くそっ!お前の顔は覚えたからな!赤毛、お前もだ!」


 少年は舌打ちすると、大型の個体に跨がって木立の間を縫うように駆けて行った。後を追う仕草を見せた騎士達に、ルーカスが片手を上げて制する。


「いい、馬もないし深追いするな。生き返ったら厄介だから狼の首は落としておけ」


 足場が悪く傾斜の厳しい場所もあるからと、馬を森近くの町に預けてきたことが悔やまれる。しかし、障害物の多い森の中では、どの道小回りの利く狼には敵わないだろう。


 それよりも目の前の少女をどうしたものかとルーカスは困惑していた。



-----



「得体の知れない者を、殿下と同じ馬車に乗せるわけにはいきません!」


 たとえ貴族であっても王子と同乗するなどはあり得ない。防犯上や不敬であるなど理由はいくらでもあった。しかし、デールが強固に反対してもルーカスは聞く耳を持たず、ユリアーナとアガトを同じ馬車に乗せた。


「血で汚れるだろうけど、張り替えとかは請求してもらっていいから」

「そんな心配をしているわけではありません」

「知っている」


 馬車の中ではユリアーナが鴉と猫を抱えて座り、その横にアガトが寝かされている。馬車に乗るまではルーカスに支えられながらも自力で歩き、ルーカスと会話もしていたユリアーナが、馬車に乗ってしばらくすると意識を失うように眠り込んでしまった。


「この少女の何がそんなに気になっているんですか?」

「ただの勘とか言ったら怒るか?」


「殿下のただの勘が侮れないことは十分存じております、でも、怒るのは私ではなく、陛下と王太子殿下ですよ」

「兄上、頭固いもんな」

「殿下が柔らかすぎるのでは?」


 普段は堅苦しい言葉で話す幼馴染みは、二人きりになると途端に遠慮がなくなる。ルーカスもそれを望んでいるので二人の関係は非常に良好と言えた。


「この鴉、翼がちぎれかけてませんでした?」


 ユリアーナの抱く鴉に目を向けたデールが首を傾げる。森で見た時は胴体から翼がちぎれかけていたように見えていた。ユリアーナが離さないので応急処置さえできないが、怪我は思ったよりも酷くないのかもしれない。


「……そうだったか?」


 デールに答えながら、ルーカスは森で見たユリアーナの深紅の目を思い出していた。今は髪の色も元の鮮やかな赤髪に戻っているが、あの時は確かに髪は黒みがかっていた。


 とんでもないものを拾ったのかもしれないと、ルーカスはその身を震わせた。

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