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赤髪の魔女と使い魔  作者: 新在 落花


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1.魔女の娘(1)

 朝靄の目隠しの森に、二つの人影が浮かび上がる。


 人が立ち入ることを拒むこの森は、町の人からは目隠しの森と呼ばれている。一歩足を踏み入れると、目隠しをされたように自身がどこにいるのか分からなくなるからだ。


 魔女の娘であるユリアーナは人の寄りつかないこの森で、誰にも知られずに使い魔と暮らしている。魔女の遺した家は町にほど近い森の中に建っているが、目眩ましのお陰で外から干渉されることはない。


 魔女はユリアーナを生んですぐに死んだため、母親の使い魔二人がユリアーナの家族だ。




 雨が上がったのを見計らって、ユリアーナは使い魔のアルファーと森の中の散策を始めた。

 

 生まれてから一度も森から出たことのないユリアーナにとっては、勝手知ったる森の中が世界の全てだ。小さな変化を楽しみに、日々森を散策している。頭上を見上げたユリアーナは、木のうろにリスが営巣しているのをみつけて顔を綻ばせた。


 二人が歩く薄暗い森の中は、高木の枝葉が空を覆って地面まで太陽の光は届かない。どこまで行っても木陰が途切れるところはなく、気温の上がる夏の日でも森の中はひんやりと肌寒いくらいだ。

 朝方まで降っていた小雨の滴が風に煽られて葉に落ちると、森が音で溢れかえった。


 木々の間を吹き抜ける冷たい風が、ユリアーナの鮮やかな赤い髪をなびかせた。


 魔女の娘であるユリアーナは、人の身でありながら魔女の魔力を持っている。しかし、魔女の証である漆黒の髪や深紅の目は持っていない。鮮やかな赤い髪と森の緑の目は、ユリアーナが人であることを表している。


 元より魔性は闇に棲むもの潜むもの。強大な魔力を持つ魔性は昼夜問わずに行動できるが、脆弱な魔性は日に当たると皮膚が焼けてしまうため、日の落ちた夜の時間が彼らの時間だ。


 魔力を内に秘めているだけで体は人であるユリアーナも、太陽の光は苦手だ。そのため太陽の光の届かない森の中でも、長い袖と首の詰まった服を着て肌の露出を減らしている。ユリアーナは魔性のように皮膚が焼けることはないが、日に当たると肌が赤く腫れ上がり皮が剥けてしまう。


 青年の姿をした使い魔は雨で濡れた森の道でユリアーナが転ばないようにと、その動きを注視している。そんなアルファーの心配をよそに、ユリアーナは自由気ままにふらふらと歩き回ろうとするので、その小さな手を掴んで歩く。


「頼むから転んだりしないでくれよ」

「大丈夫」

「お前のその根拠のない自信はなんだ?」


 ユリアーナがふと顔を上げると、雨で水かさの増した川を人のようなものが流れて来るのが見えた。驚いたユリアーナがアルファーの上着を引っ張る。


「人が流れてる!」


 立て続けて流れて来た二人は途中で頭を強く打ったらしく、頭部が欠損してすでに絶命している。遅れてもう一人子供が流れて来たが、気を失っているのか事切れているのか。木の葉のように翻弄されながらぐるぐると回転している。大きな怪我があるようには見えないが、生きているのかも分からない。


「子供は生きてる?」


 ユリアーナが自分より随分上にあるアルファーの目をじっと見つめると、アルファーは心底嫌そうに首を横に振る。


「死んでるよ。気にするだけ無駄だ」


 今にも子供を助けに駆け出しそうなユリアーナをアルファーは無理やり抱え上げ、家までの道を歩き出す。鍛えた体躯のアルファーにとっては、小柄なユリアーナを抱き上げるなど造作も無いことだ。

 抱えられたユリアーナはじたばたと手足を動かして必死に抵抗をしているが、アルファーは喚くユリアーナを無視して歩き出す。


「子供を助けて!」

「助けたせいで、俺達のことがばれたらどうするんだ!?」


 ユリアーナが森から出ないのは国王の追跡を逃れるためだ。ユリアーナの存在がばれないように、所在が知られないようにとひっそりと暮らしているのに、どうして自分から危険を抱え込もうとするのか。アルファーが怒気をはらんだ声を上げるがユリアーナは怯まない。


「子供が死んだらどうするの!?」

「すでに死んでいるだろう!」

「生きてる。動いたもの」


 川が蛇行し水流がなだらかになる場所で、浅瀬に乗り上げた少年がわずかに身動ぎしたように見えた。


 ユリアーナは両手でアルファーの顎を上に押し上げて反ったような体勢を取らせると、膝でアルファーの腹を蹴って腕から飛び降りた。そのまま素早く体勢を整えて、水辺に横たわる少年の元へと駆け出した。


「くそっ、いてぇな!国王の間者かもしれないんだぞ」


 話を聞かずに駆けて行くユリアーナに嘆息すると短い髪をくしゃっと掻いて、諦めたようにユリアーナの方へ向けて歩き出す。


 ずぶ濡れになりながらユリアーナが浅瀬から少年を引っ張り上げていると、少年の目が薄く開いた。


 流されてきた少年は十歳くらいか。ユリアーナよりも幾分か年下に見える。目を瞑っていても分かる整った顔立ちは、一見すると少女のようだ。


「大丈夫?」


 覗き込むユリアーナの目と少年の薄茶色の目が合ったように見えたが、力なくすぐに閉じてしまった。目が合った際に少年の指がユリアーナの服をぎゅっと掴んだため、ユリアーナは更に助けようと必死になる。


「ああもうくそ!俺は止めたからな!」


 アルファーがユリアーナの横から手を出して少年を抱えると、川から少し離れた木の下に運んだ。ずぶ濡れの少年は紫色の唇をしてがたがたと小刻みに震えている。


「随分と体温が低い。このままじゃ危ないだろうな」

「家に連れて帰る」


「……本気で言っているか?」

「本気で言ってる」


 ユリアーナがアルファーに真剣な眼差しを向けると、根負けしたアルファーが態とらしいため息をついた。


「リィスにはお前から説明しろよ。俺は連れて帰りたくないんだからな」


 もう一人の使い魔に怒られるのは結局自分なのだろうと、アルファーは肩を落とした。



 リィスは森の家でアルファーと散歩に出かけたユリアーナの帰りを待っていた。外の話し声に気づいたリィスが扉を開けて二人を出迎えると、アルファーが背負っているものを見て顔を強ばらせた。


「あなたは一体何を拾って来たというのですか?」


 リィスのつり目気味の目が、より厳しい目でアルファーを責めている。明らかに怒っている様子のリィスに、焦ったアルファーが少年を床に下ろしながら弁明する。


「待て、俺じゃない。あれを拾うと言ったのはお嬢だ。俺は当然止めた」

「あれが国王の間者だったらどうするつもりですか?」


「それと同じことを俺もお嬢に言った。あれが止めて止まるわけないだろう」


 言い合っている二人を無視して、ユリアーナは少年の濡れた服を脱がそうと上着に手をかける。へその辺りまで脱がしかけたところでユリアーナが手を止めた。不自然な動きに気づいたアルファーが、ユリアーナに声をかけた。


「どうした?」

「怪我してるみたい」

「狼にでも食われたか?」


 ユリアーナが驚いた傷は新しい傷ではなかった。滑らかな少年の背中にあったのは目を覆うような背中いっぱいの古い傷だった。縦横無尽に鞭で打たれたような裂傷の痕と肉が引き攣れてみみずのように盛り上がった傷。


「穏やかではありませんね」

「思いっきり訳ありじゃねぇか」


 アルファーは厄介事の気配しかしない少年を拾ったことを、改めて後悔していた。


「アルファー、これも見て」


 ユリアーナが指さした少年の右腕は、打撲痕のある場所が熱を持って赤く腫れ、一部は紫色に変色している。


「こりゃあ、折れてるかもな」


 アルファーが少年の濡れた服を着替えさせて髪も乾かすと、リィスが怪我に薬を塗って毛布を敷いたソファに横たわらせる。


 眠ったままの少年が眉を寄せるのを見て、ユリアーナは小さな少年の薄茶色の髪を何度も撫でた。すると少年の表情が少し和らいだように見えた。

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