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第六十六段 岡本関白殿(1)

(原文)

岡本関白殿、盛りなる紅梅の枝に、鳥一双をそへて、この枝に付けて参らすべきよし、御鷹飼、下毛野武勝に仰せられたりけるに、「花に鳥付くるすべ、知り候はず。一枝に二つ付くる事も、存知候はず」と申しければ、膳部に尋ねられ、人々に問はせ給ひて、又武勝に、「さらば、おのれが思はんやうに付けて参らせよ」と仰せられたりければ、花もなき梅の枝に、一つを付けて参らせけり。


(舞夢訳)

岡本関白殿が、満開となった紅梅の枝に、一つがいの雉を添えて、この枝につけて差し出しなさいと、御鷹飼の下毛野武勝にお命じなされた。

しかし、下毛野武勝は、

「花に鳥を付ける手段など知りません、ですので、一つの枝に二羽を付ける手段なども知りません」と申し上げる。

そこで、関白殿はお屋敷の料理人に尋ねられ、また他の人々にも尋ねられたうえで、再度、下毛野武勝に、「それなら、お前の思うように付けて差し出しなさい」と、仰せになられた。

下毛野武勝は、花の無い梅の枝に、一羽を付けて差し上げたのであった。



※岡本関白殿:近衛家平。正和2年(1313)から翌々年にかけて関白。

※御鷹飼:鷹の飼育、訓練、鷹狩を職務とする役人。

※下毛野武勝:右近衛府の番長。下毛野氏は古来、秦氏、中原氏と並ぶ随身の名家。

※膳部:料理人。宮中の料理人なのか、関白家の料理人なのかは、不明。



さて、思いつきの命令を下す岡本関白殿に、キッパリと断る御鷹飼下毛野武勝の構図になる。

普通であれば、命令を拒絶するのだから、何等かの罰などありそうなのだけど、岡本関白殿も、それをしない。

慎重に、下毛野武勝以外の人にも「出来るか出来ないか」を尋ねた。

結果として、尋ねた人全員から、「出来ません」との返事だったのだろう。

それで、素直にあきらめ、「お前のしたいようにして、出してくれ」と命じ、下毛野武勝は、「出来る事だけ」をして、差し出す。

岡本関白殿にとっても、簡単に処罰ができない、下毛野武勝は大切な家来だったのだと思う。

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