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第五十九段 大事を思ひ立たん人は(1)

(原文)

大事を思ひたたん人は、去りがたく、心にかからん事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。

「しばし、この事はてて」、「同じくはかの事沙汰しおきて」、「しかしかの事、人の嘲りやあらん、行末難なくしたためまうけて」、「年来もあればこそあれ、その事待たん、ほどあらじ。もの騒がしからぬやうに」など思はんには、えさらぬ事のみいとどかさなりて、事の尽くるかぎりもなく、思ひ立つ日もあるべからず。

おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆このあらましにてぞ一期は過ぐめる。



(舞夢訳)

出家を考える人は、避けがたく、気がかりな事に対して結論が出なかったにしても、かまわず、そんな事は捨て去るべきである。

「もう少し後にしよう、この事が片付いてから」であるとか、

「どうせ出家の身になるのだから、あの件を処理してから」とか、

「これらの様々な案件について、そのままにして出家してしまえば、世間の人たちから呆れられ嘲られてしまうだろう、後々そんな事を言われないように、しっかりと処理してからだ」とか、

「今までずっと先延ばしであったのだから、その案件がきれいに片付くのを待ったとしても、どれほどの時間を待つだけであろうか、大慌てで出家することもあるまい」

などとためらっていては、どうにもならない用事が次々に重なって来るし、やらなければならない仕事も、いつまでも無くならない。

結局、出家を決意する日など、来ようはずもない。

だいたいにおいて、世間の人の様子を観察すると、多少の仏道への心を持つ程度の人は、全員がこんな様子で一生を過ごしてしまうのである。



兼好氏の出家論となる。

何となく出家をしたいと思っている程度の人は、今現在の諸案件、そして近未来に関係しうる案件を「きれいさっぱり片付けてから」、「ほったらかしにして世間から馬鹿にされないように」と思ってしまって、なかなか出家ができないで終わってしまうという論である。


さて、出家をためらう人は、「なんと人間らしいことか」と思う。

「どうせなら、きれいさっぱり心配なく、他者に迷惑がかからない状態で」出家したいのが、当たり前なのではないか。

突然、逃げるように出家されてしまう周囲の人から見れば、無責任極まりない人なのだから。


「あなたはそれで満足だろうけれど、こんな中途半端な時に出家して、超迷惑」

「出家って、他人に迷惑をかけてまでするものなの?」

「仏道って言ってもね、他人に迷惑をかけるのが仏道なの?」


出家をためらう人は、おそらくこんな言葉を恐れたのだと思う。


そして、それに対する兼好氏の反論は、次回となります。



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