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第四十七段 ある人、清水に参りけるに

(原文)

ある人、清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら「くさめくさめ」と言ひもて行きければ、「尼御前、何事をかくはのたまふぞ」と問ひけれども、答へもせず、なほ言ひやまざりけるを、度々問はれて、うち腹たちて、「やや、鼻ひたる時、かくまじなはねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡山に児にておはしますが、ただ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。

有り難き志なりけんかし。


(舞夢訳)

ある人が、清水寺に参詣した時のこと。

道連れとなった、老いた尼が、道を歩きながら「くさめくさめ」と唱え続けるので、「尼様、何でそないなことを言っとるんや」と尋ねられるけれど、老尼からは答えがなく、なおも唱え続ける。

そして、ついに、何度も同じことを尋ねられて、ついに怒ったようだ。


「もう、うるさいなあ!」

「くしゃみをする時は、このお呪いをしないと、死んでしまうというやないか」

「私の我が君は、今は比叡山の稚児になっとるんや」

「ほんま、あの君が、くしゃみをなさっていると心配なんや」

「だから、この呪いを言い続けるんや」


と、答えていたけれど、世にもまれな真心なのだと思う。


※くさめくさめ:くしゃみが出た時に唱える呪文。くしゃみをするのは不吉とする俗信があったようだ。

※養ひ君:おそらく老尼が乳母として養育した貴族の子弟。比叡山にのぼり、稚児となり、給仕・雑役に従事しながら学問、仏道にも取り組んだらしい。


比叡山は、夏はかなり蒸し暑く、冬も極端に寒い厳しい環境である。

そんな環境に、可愛くて仕方が無い「養い君」がいる。

時季は、冬だったのかもしれない。

風邪を引いて苦しんでいないだろうか。

偉いお坊さんや、先輩たちと仲良くやっているだろうか、苛められていないだろうか。

老尼の不安は、尽きないけれど、比叡山は当時、女人禁制。

逢いたくても逢うことなど、不可能。

せめて、清水の観音様に詣でて、ご加護をお願いするのだろう。

そして、その詣でる道で、始終「くさめくさめ」と、唱え続ける。

周囲から見れば、他人から見れば、「気がふれたか?」と思うほど、滑稽かもしれない。


しかし、老尼の心は、養い君を心配する「純な心」のみ。

他人に何と思われようと関係ない。

私の養い君が無事でありますようにと、誠心誠意呪文を唱え、観音様におすがりするだけ。


徒然草の中でも、好きな一段であり、この哀しいまでの、純な心には手を合わせて拝みたくなる。

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