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第二十五段 飛鳥川の渕瀬(2)

(原文)

京極殿・法成寺など見るこそ、志留まり事変じにけるさまは、あはれなれ。

御堂殿の作りみがかせ給ひて、庄園おほく寄せられ、我が御族のみ、御門の御後見、世の固めにて、行末までとおぼしおきし時、いかならん世にも、かばかりあせ果てんとはおぼしてんや。

大門・金堂など、近くまで有りしかど、正和の比、南門は焼けぬ、金堂はその後倒れ伏したるままにて、とり立つるわざもなし。

無量寿院ばかりぞ、そのかたとて残りたる。

丈六の仏九体、いと尊くて並びおはします。

行成大納言の額、兼行が書ける扉、あざやかに見ゆるぞあはれなる。

法華堂なども、いまだ侍るめり。

是も又、いつまでかあらん。

かばかりの名残だになき所々は、おのづから礎ばかり残るもあれど、さだかに知れる人もなし。

されば、よろづに見ざらん世までを思ひおきてんこそ、はかなかるべけれ。

さびしき気色、さる事侍りけん。


(舞夢訳)

今の京極殿や法成寺などを見るたびに、往時の人のお気持のかけらだけが残り、繁栄していたことなど痕跡もなく、我が心を揺さぶるものがある。

御堂殿が、これらを心血を注いでご立派に造営なされ、荘園を数多く寄進なされ、御堂殿の御一族だけが、帝の御後見役として、そして世の中の主宰者として、永遠に栄え続けるようにと願われた時には、将来いかなる時代が来ようとも、ここまで荒れ果ててしまうなど、お考えにもなさったはずはない。

それでも、法成寺の大門や金堂は、最近まで残っていたけれど、正和の時代に南門が焼失した。

金堂は、その後、倒壊したまま、再建の計画さえがなかった。

ただ、無量寿院だけが、往時の名残として存続している。

その中には、丈六の仏が9体、尊い御姿をして、お並びになっておられる。

また、行成大納言様の書かれた額と、兼行の書いた扉が、今でも鮮やかに見えるのは、趣が深い。

法華堂については、まだ残っているようだ。

ただしかし、この法華堂にしても、いつまで残るのだろうか。

この寺ほどの由緒が何も無い他の諸寺などは、たまたまに礎石だけが残っている場合もあるけれど、そもそもが、何の寺跡なのかを正確に知る人などは、少ない。

そういうことを考えると、万事につけて、自らの死後のこの世のことまで、考えて気苦労をするなど、全く虚しいことになる。


※京極殿:藤原道長邸。土御門大路の南、京極大路の西に位置し、南北二町を占める。後一条、後朱雀、後冷泉の三代の帝の生誕地。

※法成寺:道長が京極殿の東、鴨川の西に建立した大寺。寺域は約1万8千坪。

 1,058年の火災以降、何度も火災となり、炎上、廃絶した。

 兼好氏の室町期には、その遺跡の位置や範囲も、不明になっていた。

※御堂殿:道長の敬称。法成寺の阿弥陀堂にちなむ。

※庄園:荘園とも書く。道長の死後、彼の荘園のうち、良質な荘園は、全て法成寺に寄進された。

※正和の頃:1312~1317。花園天皇の御世。

※無量寿院:;阿弥陀堂の正式な名前。

※丈六:一丈六尺。約4.85m。

※行成大納言の額:藤原行成。能書家として当時から著名、また道長と懇意だった。

※兼行が書ける扉:源兼行が詞を書いた扉。極楽の様子を描いた絵の上部、色紙の形に仕切られたところに、浄土経に関する字句を書いたものと推定されている。



兼好氏の言う通りで、かの栄華を誇り、それを存続させようとした道長の寺でさえ、300年も経てば、荒れ放題。

天皇の外戚の地位を獲得し、自らの血筋だけが栄えるようにと、良質な荘園を多く寄進させる等の懸命の工作を行っても、このような状態。


結局、命も富も永遠はない。

色即是空、空即是色、そのものである。

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