第十九段 をりふしの移るかわるこそ(2)
(原文)
花橘は名にこそ負へれ、なほ梅の匂ひにぞ、いにしへの事も立ちかへり恋しう思ひ出でらるる。
山吹のきよげに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨てがたきこと多し。
(舞夢訳)
橘の花は、懐旧の情を呼び起こすものとして名高い花になるけれど、それよりも、梅の香りこそが、かつての時代がよみがえり、恋しく思わせると思う。
その他は、山吹が清楚に咲く姿や、藤がふんわりと花房を垂れる姿など、見逃すことのできない情趣が多い。
橘を詠んだ名歌としては、
古今集 夏 読み人しらずが有名。
「さ月待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする」
以来、橘は懐旧の情をそそるものとして、定着したようだ。
梅の花も、伊勢物語第四段に「梅の花さかりに、去年を恋ひて行きて・・・」とあり、源氏物語「早蕨」にも「花(紅梅)の香も客人の御匂ひも、橘ならねど、思ひ出らるるつまなり」と、橘の香りとともに、懐旧の情をそそるものとされたようだ。
その他は、山吹と藤、清楚さとふんわりさ、いずれも春の名花としてあげている。
桜の花への言及の後に、梅の花を語るなど、順序だってはいないけれど、これも自由に書く随筆ならではと思う。




