第百五段 北の屋かげに消え残りたる雪
(原文)
北の屋かげに消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅も、霜いたくきらめきて、有明の月さやかなれども、隈なくはあらぬに、人離れなる御堂)の廊に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女となげしに尻かけて、物語するさまこそ、何事にかあらん、尽きすまじけれ。
かぶし・かたちなど、いとよしと見えて、えもいはぬ匂ひの、さとかをりたるこそ、をかしけれ。
けはひなど、はつれはつれ聞えたるもゆかし。
(舞夢訳)
家の北側の陰には、まだ雪が消えずに残り、しっかりと凍りついている。
そこに差し寄せた車の轅には、霜がキラキラと輝いている。
有明の月は冴えざえと照っているけれど、曇りがないというほどではない。
人気のない御堂の廊下では、人並みとは見えないような男が、女となげしに腰をおろして、言葉を交わしている。
いったい、何の話なのだろうか、尽きることもないようだ。
その二人の、顔や表情などが、実に優雅で、なんともいえない芳香が風に乗り、ふわふわと漂ってくるのがまた、雰囲気がある。
二人の声が、時々聞こえて来るのもまた、心をひかれるものがある。
この雰囲気のある男と女の様子は、冴え冴えとした朝の風景の中の、ひとつのゆらめく灯、男と女の様子そのものを含めて、風景画でもある。




