春のコンビニ
初投稿です。
月曜日の真夜中にいつも、ここのコンビニに来店する人がいる。
軽やかに鳴る入店音とともに店に入ってくる長身の男性。ぐしゃぐしゃの髪に眼鏡、だぼだぼのスウェットに健康サンダルという昔のヤンキーっぽい格好をしている。いつも月曜発売の少年漫画の雑誌にポテトチップス、缶ビール2缶だけ買って去っていく。
最初に身分証を提示してもらう前までは、自分より年下か同じくらいの年だとは思っていなかった。けれど、身分証には自分とは違う元号が書いてあり、自分よりも一回りも上の年で驚いた。
私がこの時間のシフトに入ってから必ず来て同じものを買っていく人は一人しかいない。だから覚えてしまった。同じシフトの小島さんとは、親しいようで会話をしているのを見るからかなりの常連客なのだろう。
今日もパッタンパッタンとサンダルを鳴らしながらやってきた。髪からは滴がしたたり落ち、スウェットの肩の辺りだけ色が濃くなっている。
雨が降っているのか。
窓の方を見ると、コンビニの灯りに照らされた雨粒が流れ落ちていく。天気予報ではくもりだったが雲が耐えきれず降り出したようだ。来週には満開になるはずの桜も散ってしまいそうな勢いだな。
男性が来店してからしばらく時間が経った。
いつもだったらまず雑誌コーナーに向かい、その後店奥の缶ビールとポテトチップスを持ってレジに来て去っているような時間だ。最短距離であり無駄のないルート。だから入店してから店を出るまでにかかる時間はカップラーメンができるより短い。
カップラーメン、最近新商品出たんだよなあ。カップラーメン塩レモン味、食べたいなあ。よし、帰りに買おう。
こんなことを考えていてもまだ来ない。店内に客は男性一人。何かあったのかと雑誌コーナーを覗いてみる。すると、男性はしゃがんできょろきょろと目の前の雑誌を見比べている。
男性がいつも買う雑誌は人気で、分かりやすいところに置かれているはず。ましてや発売日当日の今日に売り切れているわけが・・・あ。私はあることを思い出した。
ゆっくりと近づいて私は男性に声をかける。
「あの、何かお探しですか?」
男性はびくっと肩を揺らしこちらを見る。驚かせないようゆっくり近づいたのだが、申し訳ない。
私の方を目を細めてじっと見てから、男性は小さく頷いた。
「いつも買ってる雑誌が見当たらないんです。売り切れちゃいました?」
眉をハの字にした表情の幼さと反して低い男性らしい声が響く。私の顔の方に目線を上げたとき、私はようやくこの人が眼鏡をしていないことに気づいた。いつもの眼鏡越しではない目が見える。つり目気味の大きな目だ。
というか、やはり知らなかったようだ。
「今週号、発売日は土曜日です・・・」
私がそう告げた直後、男性は目を見開いたまま固まった。湿った髪からちらりと覗いた耳が真っ赤になっていく。
「あの、」
私が再び声をかけ終える前に、男性はすくっと立ち上がり、何も言わず、そのまま小走りに去ってしまった。
対応の仕方を間違えただろうか。常連客だったのに失敗してしまった。とりあえず仕事をしようと私はレジに戻っていった。
灯りに照らされた雨粒はさっきより大きく激しさを増していた。
一週間後、またあの男性はやってきた。
この前のことがあって正直気まずいのだが、仕事だしそんなことも言ってられない。でもなあ、気まずいものは気まずい。お客さんだし。
うーんと首をひねっていると、カウンターに影が差した。見上げると、あの男性と目が合う。考え事をしているうちにレジに来ていたようだ。男性のぐしゃぐしゃの髪には開花したらしい桜の花びらをいくつもくっついていた。先週降った雨で散ることなく咲いたらしい。
私は慌ててカウンターに置かれた商品の清算をしていく。その途中、商品の中にいちご牛乳があることに気づいた。初めていつもの商品以外が買われたので珍しいなと思いつつ、レジ袋に入れて渡す。
そのままなぜか動かない男性。まあ今日もこの時間は、お客さんはこの人しかいないのだが。
いつもならすぐ立ち去るのに、今日は何やら受け取ったばかりのレジ袋をごそごそし始めた。
そして先ほど会計を終えたばかりのイチゴ牛乳をカウンターに置いた。
何かイチゴ牛乳でキャンペーンあったっけ。
「・・・あの?」
私が窺うように声を出すと、男性は頭をかきながら、
「・・先週は失礼しました。これ、そのお詫び代わりの差し入れです。いつもお疲れ様です」
そう言って、顔をほんのりと赤らめ目元にしわをつくりながらふわりとやさしく微笑んだ。
突然のことで今度は私がフリーズしてしまった。
「お仕事頑張ってください。では」
そう言い残し、男性はサンダルを鳴らしながら去っていった。
男性が去るのと入れ替わりに暗闇から桜の花びらがひらひらと店内に入り込む。
花びらが床についた頃、私も床に座り込んでしまった。今の私の顔はこの前の男性より真っ赤だろう。
あんなの、反則だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




