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アイリーン  作者: 恵梨奈孝彦
4/4

空気

    明転。

四場  一週間後の文芸部室。愛理と松永が、座ったまま話している。


愛理  あれから一週間かぁ…。

松永  上の方は大変だったみたいだけど、授業も部活も普通にできてたから、あんまりそういう気持ちにはならないけどね。男バスは大変だったけれど。大友くんも普通に学校に来ているし。

愛理  昼休みに学食で、白身魚とエビフライの定食をおいしそうに食べてましたよ。

松永  人間、ご飯を食べられるようになれば大丈夫だよ。

愛理  北川先生、辞職しただけじゃなくて、離婚して、子供とも離ればなれになって、引っ越しまでしちゃったそうだね。

松永  私の口からはなんにも言えないけど。

愛理  みんな知ってますよ。

松永  だから、私からは何にも言えないって言ってるでしょ。

愛理  拓哉くんにはぺらぺらしゃべってたくせに。

松永  あの日とは状況が違うでしょ。あの時は、一刻も早く彼を下校させる必要があったんだし。

愛理  だけど、あたしもあれから色々考えたことがあります。

松永  どういったこと?

愛理  あたしは、現実っていうものは、あたしみたいに弱虫で、不器用で、努力不足で、何をやっても半人前な人間にだけ厳しいと思ってた。だけど違った。北川先生みたいに、能力があって、実績があって、みんなに努力が認められているような人にさえも、現実は残酷なまでに、そんな人から全てを奪ってしまうほどに厳しいことがある。

松永  私は、たった一度の軽率な行動でも、信頼を根こそぎ失うってことしか感じなかったけどね。

愛理  現実ってものは、あたしみたいな子にだけ厳しいだけじゃない。だったら、少しだけ頑張ってみようとか思った。

松永  「少しだけ」ねぇ…。

愛理  いいんですよ。北川先生みたいな成功者になろうとか思っているわけじゃない。自分なりに「頑張れた」って思えればそれでいいんです。

松永  それは…、いいと思うよ!

愛理  それから、あたしみたいな子でも、誰かの役に立てるんじゃないかと思った。

松永  それは、北川先生を見て思ったことじゃないでしょ。

愛理  あれだけたくさんのチームを優勝させた北川先生が、今は誰の役にも立ってない。役に立つ、立たないは、単純に能力の問題じゃないのかもしれない。北川先生は、いま、「無敵の人」みたいなものだけど…。


    拓哉が部誌を持って登場する。


拓哉  そうです! 北川先生は無敵です! いまに立ち直って、きっと僕らに、元気な姿を見せてくれるに違いありません!

松永  (立ちながら)そうだね。私もそう思うよ。

愛理  むろん、拓哉くんのおかげでもある。

拓哉  何の話ですか。

松永  愛理ちゃんがね、「少しだけ頑張ってみよう」って思ったんだって。

愛理  いきなりたくさん頑張ると、またくじけた時にきついからね。拓哉くんは今度の部誌をつくるとき、たくさん頑張ってくれたけど。ごめんね。あたしが破っちゃったせいで。

拓哉  僕は、どうしても読みたかっただけです。

愛理  こんなことを言ってくれる人がいるから、あたしは「少しだけ」頑張れる。もし、それでもだめだったら…。

松永  だめだったら?

愛理  (拓哉に)また「もう少し」頑張るよ。

拓哉  とても、いいと思いますよ。

愛理  こんなことを素直に言えるのは君にくらいだよ。こんなことを言うと、「甘えてる」だの、「中途半端にやるくらいなら最初からやるな」だの、そんなことを言ってくる人ばかりだからね。そんな人たちの前では、やる気がなくてもあるふりをするか、何も言わずに黙っているかのどっちかだし。

拓哉  僕にはそんなことは言わないで下さいよ。(持っている部誌を顔の横に上げて)今回も良かった。また、「やさしい世界」をつくって下さいね。

松永  (笑って)わたし空気だなあ。


    松永、静かに退場。


拓哉  だから…、よろしく先輩。


    拓哉、手を伸ばす。


愛理  よろしく後輩。


    愛理、拓哉の手を取る。

    拓哉、愛理を立たせて引き寄せる。

    BGMが鳴る。

    愛理と拓哉、クラッシック系のダンスを踊る。



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